50 村の社(やしろ)
傘を借りて外に出る。空を見上げても雨が降りそうに思えないが、山の天気は変わりやすいと言うし、地元民の助言には従おう。
来た道を引き返すだけだから、資料館には簡単にたどり着けた。
立て付けの悪いスライドドアを開けると、なんと無人だった。
埃っぽいにおいがする。古紙レベルの図書コーナーや枯れ木のようなベンチがあり、壁沿いに置かれた長テーブルには黄ばんだプリントやノートが置かれているだけ。壁は年代ごとの記念写真が歴史資料として飾られていた。
村の設立についてのあたりは資料が古すぎて、解説のプレートを読まないと何が何だかわからない。昔の人ってなんでこんなに達筆なんだ。
「ごがん祭りのコーナーは……ここだ」
手作り感あふれるファイルを手に取った。過去の地元新聞の切り抜きや写真、手書きからパソコンソフトによる資料まで、さまざまなものが綴じられている。
ぱらぱらとめくると、《ごがん祭り》の添え書きされた最中らしき写真が現れた。日付はほどほどに古い。
「これが桔梗さんたちが参考にしようとしたお祓いですか?」
「たぶんそう。オリジナルに近い情報が欲しいんだけど……ここにある写真は近年の簡略化されたバージョンだね」
「なにこれ、しめ縄の幼体ですか?」
ヨシさんが奇妙なものを見る目で写真を眺めている。
テーブルに短いしめ縄が置かれている写真だ。
その手前には一対の盛り塩。
別の写真では、しめ縄が燃やされていた。
次の写真では、火のそばで村人が樽酒を分かち合って笑っている。
「うーん、解説はあるけど、ざっくりしてて詳細がわかんないな……」
写真に添えられた文章には『一年の穢れを祓い、今年も清らかな気持ちで生きられるようリフレッシュするお祭り』とある。
「この現場、村のどのあたりだろ?」
「背後に鳥居が映ってますね」
壁に貼られた村の地図を見上げた。
端の方にある鳥居のマークを指差す。
「ここ、神社っぽい。行ってみよう」
顔を上げるのとほぼ同時に、外から雨音がした。本当に降ってきた。
傘をさし、地図が示した方角へ歩いていく。
村は静かで、なかなか人とすれ違わない。本当に人が住んでいるのか疑いたくなってしまうが、耳を澄ませれば薄い家壁の向こうからテレビの音がしたりして、すぐそこに普遍的な日常があることに驚かされる。
「足腰が鍛えられる土地だな……」
斜面にある村だからか、石階段が多い。
えっちらほっちら進むうち、やっと色褪せた鳥居が見えた。
「ここだ」
エレベーターのカゴくらいの容量しかなさそうなお社が一軒ぽつんとある。
お社の扉には錠がかけられていて入れない。覗き込んでスマホのライトで照らすと、獣の毛皮が飾られているのが見えた。劣化がひどく、ほとんど毛が抜けていて、乾燥した皮が割れている。何十年ものだろう。
「なにしとる」
「わあっ!?」
突然声をかけられて、ヨシさんが大げさに驚いていた。
腰の曲がったおばあちゃんがレインコートを着て立っている。手にはバケツを持っていて、その中には掃除用っぽいタオルと、お供え向きの食べ物と酒が入っていた。お社の手入れをしてる人かも。
「珍しいお社だなと思って……」
「見せもんじゃねぇ」
手で追い払われる。余所者に対する露骨な塩対応だったが、愛想の良い顔を作って改めて挨拶をした。
「私たち、この村のうしサマにまつわる話を調べていて~……。その、古いお話が世代交代の中で消滅してしまわないように、記録を残したいんです」
普通に無視された。
私の無念を継いで、ヨシさんが質問をしてくれた。
「祀られている毛皮は《うしサマ》ですか?」
おばあさんはチラリと横目でヨシさんを見て、それからまたお社に視線を戻す。お社の扉の鍵を開け、中のお供え物を交換しながらぽつりと答えてくれた。
「これは《ひもろきサマ》だよ」
私とヨシさんは顔を見合わせる。
桔梗さんの霊能ネームの元ネタだ。
作業を終えて錠をかけなおしたおばあさんはのそのそと道を引き返していく。
その背中を見ていると、彼女は振り返って言った。
「来ないのかい」
「え」
「調べとるんだろ」
そう言ってまた歩き出したおばあさんを、慌てて追いかける。




