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42 ボーナスタイム【1】

「ヤバイよ。通報しないとヤバイけど、通報してもヤバイ。面倒に巻き込まれる」


「怪異に絡まれるより警察の聴取を面倒がるのってイカレてますよ」


 頼りない梁からぶら下がる死体を見上げて頭を抱える。私は心霊ホラー好きであってサスペンスホラーに興味はないのに。


 一旦、目をつむって三秒数えてから改めて見やった。が、死体が消えたりはしない。幻覚演出じゃないかー。


 後ろを振り返ると、ヨシさんがスマホから通報しようとしていた。


「だめーッ!」


「人が亡くなってるんですよ! ──って、え……!?」


 スマホの奪い合いをしているうちに、どこからか走るような足音が聞こえた。

 次の瞬間には、部屋に女性が飛び込んでくる。その顔を見て、ヨシさんが驚いた声をあげていた。


「そんな……間に合わなかった……っ」


「桔梗さん……!?」


 青い顔で息を切らしている女を、ヨシさんは桔梗さんと呼んだ。この人が秘諸姫こと垂川桔梗か。なるほど綺麗な(ひと)だ。


 死体を見つめていた彼女もこちらの存在に気付き、目を丸くしている。


「下哭さん? ということは、隣の方がお友達の……」


「心里です。お話は聞いてます、桔梗さん。──この死体、血縁者ですか?」


「……父です」


 やっぱり。顔が似なくても耳の形は受け継がれるものだな。遺伝子っておもしろ。

 ヨシさんはキョトンとしている。私が死体と桔梗さんの関係を言い当てた理由がわからないから。そのうち教えてあげよう。兄弟姉妹を当てる耳()()()するの楽しいよ、って。


 私たちがスマホを奪い合っていた姿から何かを察したのか、桔梗さんがスマホを取り出した。うんうん、代わりに通報してくれる人が現れて都合が良い。


「じゃ、私たちは帰りますんであとはよろしくお願いします」


「えっ」


「えっ?」


 桔梗さんとヨシさん、息ぴったりだな。


 スマホカメラでズームして頸部を観察する感じ、あの死体が人間による他殺である可能性は低いし──他者に絞められた場合は皮膚の擦れに特徴が出るが、それがない。縄を外そうと引っ掻いた傷もない。意識を失った状態で自殺を偽装されたとか言い出したら、そんなん手間暇かけすぎな推理小説の分野だろ──なんなら足元にも遺書があり、勝手に拾って読んだが「自分が災いを冥土へ持っていく」旨の文章だった。つまり、『私がつぐなう』。

 どうせ、命を宿した娘のためだ。


 もしこの男が野蕗ちゃんを道連れに逝ったなら、私の今回の冒険は終わり。出鼻をくじかれたもいいところ。

 あーあ、次は何しようかな。ターボババアのトンネルでも行くか。


「救急です、お願いします」


 私たちを無視して、桔梗さんはスマホを耳に当てて喋っていた。他人に構っている場合じゃないよね。そりゃそう。

 それにしても、110番の警察ではなく119番にかけたんだ。明らかに死んでるのに、健気な祈りだな。


 私はヨシさんの袖を引っ張り、部屋から出て行こうとする。

 扉を通ろうとしたとき、桔梗さんが動揺した声をあげた。


「……もしもし? もしもし!」


 立ち止まって見やると、スマホを耳から離したり、戻したりしながら「もしもし!」と声を張り上げている。電波の調子が悪そうだ。


 ──ザ、ザザ……ッ。スマホからノイズが聞こえた。スピーカーモードでもないのに私の位置まで聞こえる。


 ──ザ……ッ、──……い、……。


「ひっ……」


 私たちはノイズに紛れた《声》を聞き逃さなかった。

 驚いた桔梗さんの手からスマホが滑り、床に向かって落ちる。


 かつん。


『 もーいーかい? 』


 通話終了の通知音と共に、画面が暗くなって沈黙した。


 いまスマホから聞こえたのは、明らかに救急窓口の人間の声ではなかった。私もよく知っている、女の子の声。


「野蕗ちゃん……なの?」


 顔を引き攣らせた桔梗が、視線を部屋のあちこちへ漂わせた。


 急に寒気を感じた。腕をさすっていると、吐いた息が白く色付く。これは……。


 ──大切な人や物を奪って楽しむことを覚えた野蕗ちゃんが、チャンスとばかりに……桔梗さんをいじめに来たんだ。


「ボーナスタイムだ! ヤッター!!」


「心里さん!」


 ヨシさんに脳天をチョップされ、舌を噛みそうになった。なにするんだひどい。それに、かばうように前に立たれてもなんにも嬉しくない。前がよく見えないから邪魔だ。


 ──みしっ。


 家全体から嫌な音がする。ラップ音というか、これは……。

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