32 二階の怪【2】
特別に鍵を貸してもらい、該当の部屋に入らせてもらった。202号室。
大家は体調が本調子じゃないからと自分の部屋でテレビを見ている。
私たちは靴を脱ぎ、埃が積もった床を歩いた。
「そりゃ言いづらいですよね。あったことが無理心中だなんて」
「ホラー的には超王道伏線じゃん。そうこなくっちゃ」
「あなたって本当、恐ろしい人ですよ」
「お褒めに預かり光栄至極だねっ」
家具もなく、がらんとした空室。壁紙の日焼けぶりが長いこと入居がないことを示していた。
事件のあと何組かは入居があったらしいが、どれも長持ちせず逃げるように退去したらしい。その理由は大家もよくわからないとのこと。
「占い師の綾目さんの事故物件っぽいって読み、当たってたね」
年月が経過しすぎていて事件当時のおもかげを感じ取ることはできないが、確かにここでそういうことがあったらしい。
中年の男と幼い息子、その祖母が遺体で発見された。男の妻はその数週間前に突然死している。
部屋の奥から、ガラッと浴室のドアを開ける音がした。ヨシさんの声が聞こえる。
「お風呂だ。懐かしいレトロさですよ」
私は大きめの声で返事をしてあげた。
「母親がその風呂に浸かりながら死んだんだって」
「わああっ……わぁっ……」
ヨシさんが浴室ドアを閉めて慌てて戻ってきた。
私たちはキッチンからリビングを眺める。
「このアパート、そんなに広くないじゃん。リビングが寝室を兼ねてて、テーブルをどけて布団を敷いて家族で寝てたらしいよ。で、みんなが寝静まってるときにグサっ、グサっ、グサっ、最後に自分をグサっ」
「む、むごい……」
「妻が亡くなって、将来を悲観した夫がやったらしいよ。怨霊になるとしたら誰だと思う? やっぱり犯人の夫? 私が会ったのは子供の幽霊だから、子供かな」
でも、この話に出てくる子供は男の子だ。ワンピース姿の女の子じゃない。
……この矛盾、団地のひろきくんと同じだな。
「殺されて、無念だったんでしょうか……」
占い師が警戒するほどの、盛り塩では鎮められない邪悪さがこのアパートには渦巻いている。
それほどまでの怒りや恨みがあるということなのだろうか。
「ここに泊まったら何か起きるかな?」
「明日は大学があるでしょう? 卒業できなくなりますよ」
「ぶー」
心残りがないように、キッチン棚も開けて見た。
埃ばかりで前入居者の忘れ物さえない。
部屋を徘徊し、押し入れも覗き込む。すると、奥の壁に何かが見えた。
薄暗いそこをスマホで照らすと、色えんぴつやクレヨンのらくがきがあった。
子供向けのフレークシールも貼られていて、何枚かは剥がそうとして失敗した状態になっている。
この押し入れは程々に広くて頑丈そうだし、子供の秘密基地になっていたのかも。
「ペェポくんだ」
「なんですって?」
「ほらこれ、見てよ」
ヨシさんが横に来て、私と同じように押し入れを覗き込む。
「ペェポくんですね」
「こっちのマークはなんだろう?」
交通安全と書かれたシールに、ペェポくん──警察のマスコットキャラと、何かのエンブレムが印刷されていた。
「ライトそのままにしててくださいね……」
ヨシさんが腕を伸ばし、エンブレムをスマホで撮った。
類似画像検索にかけると、小学校の校章がヒットする。
「燕原小学校? それってQ県の学校じゃない?」
「なんで知ってるんですか?」
「なんだっけ。なんかで見たんだよ、その学校の名前」
このアパートからはまったく遠い。そこから転校してここに引っ越してきたのかな。
ステッカーは大きく、『こうつうルールをまもります』という印字の下に、日にちと名前がマジックで手書きされていた。十年ちょっと前の日付だ。名前は『ほどい あおこ』。学校で講習かなにかを受けた記念シールなのかも。
「事件があった家族のかな?」
「古さからしてそうかもしれませんね。……あの、検索バーに学校の名前を入れたんですけど、これってなんだか──」
スマホ画面を見せられ、ギョッとする。
学校名を入力した検索バーの検索候補が異様だった。
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燕原小学校 祟り
燕原小学校 いじめ
燕原小学校 死亡
燕原小学校 花子さん
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「不穏すぎる」
「ここにも《祟り》という言葉が関わってくるんですね……」
よく調べてみると、数年前に廃校になっていることがわかった。少子化のあおりらしい。




