33 飛び出し注意
大家さんに鍵を返し、まだまだ気になることはあるが車に乗って帰路についた。
街はすっかり夜の空気に包まれ、街灯や対向車の明かりが賑やかに行き交う。
日中から薄暗く感じていたが、ぽつぽつと小雨が降り始めていた。
フロントガラスに水滴が溜まるたび、ワイパーが拭き取っていく。
「口止めされたこと、忘れないでくださいね」
運転するヨシさんに釘を刺され、助手席の私はミルクティーのペットボトルから口を離す。
「家賃収入なくなった大家が地縛霊になっても嫌だし、さすがに黙っとくよ」
大家がアパートを買う前に起きた事件で、元より住むおばあさんから教わって初めて知ったらしく不動産屋に最後まで腹を立てていた。あるよなー、そういう物件トラブル。
それにしても、ずっと何かが胸につかえている。
あるいは、脳のシワのとこに何かがひっかかってる。むずむずする。
「……あ、そうだ。思い出した」
「何をですか?」
「燕原小学校」
何かで見かけたような気がしていたが、新聞のアーカイブで見たんだ。
「──盛り塩団地であった十年前の事故について、図書館で調べたんだよ。新聞のアーカイブを漁ってさ」
「やたら外出が長いと思ったら……」
「んで、見つけたわけ。やっぱり、団地の子供が川で溺れて亡くなっててさ、『Q県の燕原小学校から転校した直後の悲劇で友達の参列も難しく……』みたいなことが書いてあったの」
「ははぁ。学校名には『祟り』の検索候補。その小学校に関わった二世帯で不幸が起きている。しかも、どちらにも盛り塩の怪談が継承されている」
「なんかあるよね、こ」
れ。と最後まで言えずに舌を噛みそうになった。ヨシさんが急ブレーキを踏んだからだ。
夜と雨の暗い視界の中、黄色い通学帽子にランドセルを背負った子供が車道に飛び出してきた。
本当に突然の出来事で、
今のは、はねた。
が、ぶつかった感触も、ボンネットに乗り上げたものもない。
車が突っ込むのと同時に、子供がまるで霧みたいに消えた。
ブレーキを踏んだままヨシさんが目をぱちくりしている。
私はドアを開け、雨に濡れるのも構わず前と後ろを交互に見る。
車の前側に倒れている人の姿はない。
後続車もなくて良かった。急ブレーキで突っ込まれる危険もあったから。
車内に戻り、軽く濡れた髪を袖で拭いた。
「……僕が運悪く人をはねるなんてこと、地球が喋りだすよりありえない。あれは人間じゃない」
「ほな、幽霊だわね」
私は初めからそんな気がしていた。大体、こんな時間にあんな子供が傘もささずに歩いているのもおかしい。
しかも、あのワンピースを着ていた。
「ヨシさん。私を溺れさせた子、ついてきてる」




