28 マイエンジェル【2】
ヨシさんと再びアパートに戻り、おばあさんが住む部屋のインターホンを押す。
……出かけるところを見ていないので在宅のはずだが、なかなか出てこない。
「えいやっ」
ピンポンピンポーン。
もう一度押し、おまけにもう一回、押しといた。
横でヨシさんが「心里さん!」とハラハラしているが無視した。
「はいはい、ごめんなさいねえ。耳が遠くてなかなか気付かないの」
扉が開き、ハトに餌をやっていたおばあさんが現れる。
「こんにちは、私は戸羽っていいます。あっちの部屋に住んでるヤツの友達で」
男性が住んでいる部屋のほうを指さすと、おばあさんはパッと笑顔になった。
「ああ、南さんね?」
「そうそう、南さん」
このおばあさん、素直だな。オレオレ詐欺に引っかからないか心配になる。
「朝のハトの餌やり、頼まれて続けてませんか?」
今日はこの後にもやることがあるから、さっさと本題に入った。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「……私も恋路を応援したくて」
きょとんとしていた顔が、みるみる世話焼きお母さんの表情になっていく。
嬉しそうに手を取られた。しわしわの温かい両手と握手する。
「あらあらあら、そういうことなの。若いっていいわよねえ。私もあの子たちを応援するくらいしか楽しみがなくってねぇ」
やっぱり。
「昔からエサやりはしていたんだけど、あるときからああいう風にしてほしいって言われてね。いつも塩があるわけじゃないから」
「もっと話したいからですよね」
「ええ、ええ。いじらしいじゃない」
朝の時点から違和感はあった。パンなんて撒いておけばハトが食べ尽くしてくれる。なのにわざわざ塊にして置いていくなんておかしい。意図があると思った。
そして入居男性と女性の話を聞くうち、関連があるように感じたのだ。
男性は女性──南さんに気がある。
南さんは盛り塩や夜ごとのノックに怯えている。
彼女が怯えるほど、彼にはチャンスが巡ってくる。しかも彼の部屋は彼女の部屋の隣。玄関扉のノックくらい簡単にできてしまう。
「おばあさんを巻き込んでまで盛りパンなんか仕込まずに、普通に塩を置けばいいのに」
「そんなことしたら怖いじゃないの」
このおばあさんも盛り塩の不幸を危惧しているようだ。
あの男性もそうなのだろう。盛り塩が呪いのアイテムとみなされているこのアパートで、それをオモチャにしてバチが当たることを恐れている。
ノックはなんとかなると思っているのだろう。たとえば、扉の前でウロつく不審者に気付いて部屋から出たところ、不審者は逃げた……とか言い訳できる。
夜中に彼の犯行を目撃できなかったことについては、私たちの監視が完璧ではなかったというだけの話だろう。
あの野郎~。隣人ストーカーじゃねぇか。
気を付けて南さん。あなたの本当の敵は幽霊とか祟りとかそんな可愛らしいもんじゃねぇ。もっと身近な生きた肉だぞ!
「早く付き合ったらいいのにねえ」
おばあちゃんは純粋な善意で手伝っているようだから、なおさら胸が痛む。
こういう素朴な人がショックを受けなくて済む世界であってくれよ。
「──ところで、そちらの方はあなたのお父さん?」
「あっ、コレはおまけなんで、どうかお気になさらず」
おばあさんの視線がヨシさんの左手の薬指をなぞり、目付きが鋭くなった。
何もわかってない顔をしているヨシさんを車のほうへ追い払う。
人間って何歳になっても現役なんだな。
「おばあさんはここに住んで長いの? 盛り塩っていつ頃から始まったか覚えてる?」
「そうねえ……前の管理人さんが置き始めたのは、かなり前よねえ」
「前の管理人さんが置き始めた!?」
おい、急な答え合わせじゃん。
「そうよ。二階のお部屋で不幸があってから……あれは供養のつもりだったのかしら、それともアパートを清めるつもりだったのかしらねぇ……いやぁね、昔の話はやめましょう。人のお家のことだし。──あなた、どら焼きは好き? お父さんのぶんもあるから、食べていきなさいよ。あったかいお茶を淹れるから」
「魅力的なお誘いだけど……予定があるので」
「そう……じゃあ持っていきなさい。またお話ししに来てね」
どら焼きをふたつ貰った。
いい人だな。暇してるようならお茶友達くらい喜んでなろう。そして私がおばあさんをオレオレ詐欺の魔の手から守る。




