27 マイエンジェル【1】
「朝は大きな声を出してごめんなさい。寝不足でイライラしやすくて」
「謝るのはこっちのほうっていうか……。物陰から飛び出して驚かせてごめんなさい」
私たちが朝の二人組だと気付いたお姉さんはやっと落ち着きを取り戻してくれた。
改めて、大家から雇われたメンテナンス業者だと名乗り、目撃したことをすべて話した。
「なにそれ。ユーチューバーのせいってこと?」
配信者がみんなユーチューバーとは限らないんだけど細かいことはまあいいか……。
「ともすれば、祟りなんてないですよ。安心して塩は燃えるゴミに出してください」
私が撮った動画という証拠があれば、住人の不安は取り除ける。
ニコッと笑って見せると、お姉さんはどこか消化不良そうな顔で笑い返した。……何か引っかかっているのだろうか?
「あのね……夜な夜なドアを叩くイタズラもあってさ。それもそいつらのせいかな? 昨日も……ああ、思い出したらムカムカしてきた!」
「え……」
昨夜は私たちが車から見張っていたが、アパート付近に車は止まらなかったし、人影は見ていない。
夜な夜なノック……か。
団地で見た夢のことを思い出した。
今回の件が人為的なもので祟りなんかないとしたら、私が盛り塩をくすねて水の事故にあったのも偶然ということになる。
お姉さんが曖昧な表情をするのと同じように、私も歯切れの悪い気持ちになっていた。
いや、私の体験はともかく、お姉さんの体験を霊的な現象と疑うのは早計な気がする。
昨夜ねむねむだった私たちは、車のような大きなものは見逃さなくても、ちょっとした人影なら見逃したかもしれない。
彼女だけが他の部屋と違う盛り塩を経験していて、怖がらせるようなノックにも悩まされている──そうだとしたら、お姉さんが危ない。
怪異を疑うよりずっと現実的な可能性が他にある。
「お姉さんのそのブレスレット、手作り? かわいいね」
なんにせよ、無闇に怖がらせても仕方がないからいったん適当に話をずらした。
「これ? お守りなの」
彼女は手首に付けた独特な数珠を見せてくれた。ただのアクセサリーではないらしい。
「人気の占い師さんの手作りでね、いつもお世話になってるの。盛り塩を捨てたほうがいいっていうのも、その人に教えてもらったんだ」
「へぇ……!? それって最近?」
「私が入居したすぐ後くらいからだし……かなり前からだよ」
「もしかして、盛り塩があったら退けないとダメっていう話、お姉さんが広めた?」
「どうだろ。確かにあっちの部屋のおばさんにも話したし、今まで入居してた人にも教えたことあるけど、このアパートに入ってくる人ってだいたいもう知ってない?」
卵が先か、鶏が先か、みたいになってきたな。
お姉さんが教えるより先に、数年前に広めた話が巡り巡っているだけだと思う。
どうやら、盛り塩禁止アパートの怪談は全部がネットの創作というわけでもないらしい。
今でこそ怪談を継承しているのは配信者だが、発端は別にあるのかも。
なら、ネットで有名になる前は誰が盛り塩を置いていたんだろう?
この怪談、まだまだ奥がありそうだ。
「あなたも興味あるなら、占い師のお店を教えてあげるけど」
「……ぜひ!」
■ ■ ■
出勤のため部屋に戻る女性を見送り、申し訳程度にアパートの廊下を掃除した。
良い汗をかいて車に戻ると、朝食を済ませたであろうヨシさんが着物の衿に腕を突っ込み、汗拭きシートで身体を拭いているところだった。
「わあ! 見ないでくださいよ!」
「そんな恥ずかしがらんでも」
慌てて着衣を整えるおじさんを尻目に、トランクへ掃除用具をしまう。
「掃除、ありがとうございます」
「ヨシさんは運転があるから、体力残しておいてもらわないとね。さて」
「占い師のところに行くんですよね?」
ハンドルを握ろうとするヨシさんを止め、「いやいや」ともったいぶって言った。
「その前に、まだ話を聞いてない住人がいるよ」




