29 占い屋フィービー【1】
「前の管理人が清めの意図で盛り塩を始めて、入居者が盛り塩の解釈を塗り替える噂を流して、配信者が怪談として定着させたってことですか?」
「たぶんそうみたい?」
車で街中に向かう。運転するヨシさんの横で、私はメロンパンをもりもり食べていた。メロンパンはフルーツのパンだからヘルシーで、どれだけ食べても良いと経典にも書いてある。
私たちの目的地は、入居女性に教えてもらった占い師の店だ。車を停めるところが近くにあればいいのだが。
「盛り塩を置くようになったきっかけが二階の部屋の不幸……っていうのは」
「そこまでは聞けなかったよ。調べないとね」
■
駐車場付きの店舗だ。ありがたい。……なんかあのバイク、見覚えあるぞ。
車を降りて店に向かおうとしたとき、ヨシさんのスマホが鳴った。電話らしい。
「占いのお客さんは一人で充分でしょう。僕は待ってますよ」
「じゃ、運勢占ってもらってくるね」
手を振れば、スマホを耳に当てたヨシさんも振り返してくれた。
彼は車に戻り、私は店の扉を開ける。
「おうっ」
なんとも言えない香の匂い。
薄暗くて狭い一本道の通路はゴシックを基調としたデザインで、黒い絨毯と真紅の壁がおどろおどろしい。国籍も用途もわからないアイテムが所狭しと飾られている。
うおっ、壁にかかってるこれ、ウィジャボードだ。
こっちの心臓の模型にバツを描いて針を刺してるやつ、メソポタミアに伝わる呪術だ! この店、裏で人を呪い殺したりしてないか?
おいこれは邦ゴシックロックバンドのボーカルのブロマイドだろ。趣味混ざってんじゃねえか。
「昔ながらのオカルティックでダークな占いの店だな……。一般人にウケなさそう~……」
通路の先にはカーテンがあり、抜けると椅子とテーブル。向かいには人間。
「いらっしゃ……ん?」
「あれっ、あの時の」
外のバイクに見覚えがあると思ったのは、昨日見たからだった。
テーブルの向かいでタロットカードをいじるその人は、無造作なショートヘアで、ガチャガチャと無数のピアスをあちこちに着けていて、ゴスパンクの世界から来たみたいな服装をしている、用水路で溺れる私を助けてくれた人だった。
「あんた、懲りずにまだウロついてんだ」
「あのときはありがとう。恋愛占い30分お願いします」
「恋愛運ないよ。ない。はい、おしまい」
「じゃあ今年の運勢」
こいつ帰る気ないな、という嫌な顔を露骨にされた。仕事しろ。
渋々、テーブルの大きな砂時計がひっくり返された。30分のカウントが始まったようだ。
「で?」
彼女はテーブルに頬杖をついて私を見る。タロットカードを広げてさえくれないじゃん。
私が占い目的じゃないことをとうに察しているらしい。
「富弥町のアパートに入居したんですけど、嫌がらせみたいなことが」
「警察行きなよ」
「そこをなんとか、最後まで聞いて」
「言えるのはひとつ、盛り塩はよそに持っていって捨てな。いつまでも持ち歩くのはナシ」
「……それってどういう根拠なの? あのアパートに住んでる人にも同じアドバイスをしたよね?」
「私はね、霊感があるの。こんな商売やってるくらいだからね。だからわかるんだけど、事故物件でしょ。あそこ」
「幽霊がいる?」
「わかんないよ、近寄らないようにしてるし。とにかくね、あんな禍々しい場所、盛り塩したところで逆効果だよ」
「そのこころは?」
私のふざけた態度、めちゃくちゃ嫌そう。こういう意思が強くてキツい顔した女性に軽蔑されるの、ちょっと興奮するんだよな。
「塩は邪気を吸うけど、浄化できる量には限界がある。あんなヤバいところにちょこっと塩を置いたくらいじゃ、塩が負けるの」
「風呂上がりの浴室に除湿シートを一枚放り込むような無駄ってこと?」
「…………まあそう。一瞬で除湿シート死ぬし、湿気を吸ってびたびたのシートがかえって湿度の原因になる。邪気をたんまり吸った盛り塩を置きっぱなしにしたら、さらに悪いモノを呼ぶだけ」
「外に捨てさせるのは、湿気を残さないためなんだ」
「そ。ゴミの日まで保管してたら同じことだし。拝み屋に祓ってもらえないならどこかに移すしかないよ。穢れを押し付ける行為だから、せめて公衆トイレみたいな誰も住んでないとこに。苦肉の策だね」
「なるほどなぁー」
ひとつまみの塩をポケットに入れて出歩いただけで(あのトイレを使ったせいもあるだろうが)私は溺れた。占い師の助言が噂となって広まるまでの間、どれだけの不吉がアパートで起きていたのか想像もできない。
「ところで」
「はい?」
「それ、なんの加護なの? 昨日、あたしはそれに呼ばれて溺れてるあんたを見つけたんだけど」
「にゃ……にゃんのことですかな?」
すっとぼけると、あきれた顔で「しっしっ」と手で払われた。
まだ砂時計の上側に砂が残っているのに席を立たされ、しっかり料金も徴収された。
ひどい店だ。二度と冷やかしにくるなとはっきり突きつけてくる。




