25 ゆるあわたち【3】
「私たちはアパートのメンテナンスで来てるんですが、ここやあなたの部屋の前に盛り塩があった場合は退けても構いませんか?」
入居男性に対し、ヨシさんは私と同じ芝居を打つことにしたようだ。昨日のうちに大家が出してくれた助け舟に乗らない手はないのである。
しかし……私はコンビニで買った安っぽい上下服。ヨシさんは和服。一体どんなメンテナンス業者ならこんな風貌になるだろう。
男性は私たちを頭のてっぺんから足のつま先まで眺めていた。頼む、騙されてくれ。
「……俺が置いてるわけじゃないし。盛り塩はぜひ片付けてほしいね」
いけそうだ。運良く騙せたぜ。
「噂には聞いているんですが……みなさんも盛り塩があったら裏の公衆トイレに?」
ヨシさんは男性から情報を引き出そうとしている。私は邪魔をしないようにじっとして、聞き耳を立てた。
「ダメなのはわかってるんだけどね。噂通りにしたほうが無難そうだからさ」
運んだことがあるらしい。
あの噂──『玄関ドアの外側に見知らぬ盛り塩があったら、それをアパート裏手の公園の公衆便所前へ移動させないと祟られる』は事実なのだろうか。
「やっぱり祟りが?」
「なんとも言えないけど、盛り塩を適当に扱った後に何かあると、関係があるのかなって思っちゃうよね。実は入居した直後くらいにさ──」
ちょっとしたことで全治三ヶ月の怪我をして苦労した話をされた。予後が悪く、無視していた盛り塩を公衆トイレに運んだらやっと症状が改善したらしい。
他の部屋の住人が盛り塩を放置して不幸にあうところを見た話も。
忙しさにかまけて長く放置すると塩が黒ずんできて、嫌な目にあったことを思い出して怖くなるという。
「このアパート、一階あたり四部屋あるんだけど、入居してるのは三部屋だけなんだ。俺と、お隣の女性と、あっちの老人。二階は大家の部屋もあるけど、たまにしか来ないし」
「ほとんど空室ってことですか」
「そ。盛り塩のせいかわからないけど、人が入ってもすぐ出てくよ」
「こんな怪しいアパートに住んで、あなたは平気なんですか?」
「現実に祟りとか幽霊があるとしても、決定的なオカルト体験はしたことないし、ちょっと奇妙なくらいなら家賃が安いっていう魅力が勝つかな」
「メンタルが強いですねぇ」
「住めば都ってやつ」
隣は綺麗な女の人だしな。
この男、チラチラ通りを見ている。ランニングに行った女性が帰ってくるのを待ってるんだ。
スーツ姿からして出勤前だろうに。だからこそヨシさんとこんな立ち話をしてくれているんだろうが……。
「ただの疑問なんですが、盛り塩はここの住人が魔除けのために自分で置いてるわけじゃないんですよね?」
「俺も他の人も置かないって。このアパートにおいては縁起の悪い邪魔もの扱いだし」
「誰が置いてるのかは知らない?」
「ほとんど仕事で出かけてるし、いつも気付いたらあるよ」
犯人が気にならないのだろうか。勤め人は厄介事に首を突っ込むほど暇じゃないのかな。
「盛り塩を捨てないと祟られるってストーリーは誰から聞いたんです?」
「町の噂になってるみたいでさ。ここに住んでることを会社で話したときに面白おかしく警告されたよ」
男が腕時計を見た。残念そうに言う。
「もう行かなきゃ」
「お話ありがとうございました。いってらっしゃい」
彼の出勤を見送り、私たちは顔を見合わせる。
「なんかこう……謎の盛り塩があるのは事実だけど、パッとしないね」
「祟りや心霊現象のくだり、パンチが弱い感じはありますね」
通りから車のエンジン音が聞こえ、すぐそこで停車する気配があった。
見ると、他県のナンバーがついているワゴン車が停まっている。
ドアが開き、ぞろぞろと若者が降りてくる。中には立派なカメラを持っている者も。
私もヨシさんも、直感的にアパートの影に隠れた。




