24 ゆるあわたち【2】
車中泊なんていつぶりだろう。はじめは交代で寝ていたが、朝方になると交代のアラームが鳴っても二人とも目が開かなくなっていた。
夜明けの空がまぶしい。うとうとしながら隣を見ると、アイマスクをしたヨシさんが静かに寝ている。
膝に置いていた望遠鏡を目に当て、アパートの様子をうかがった。
「……ん?」
一階の共用部に、おばあさんが椅子を置いて座っていた。いずれかの部屋の入居者に見えるが……。
足元になんかいっぱいいる。ハトだ。
どうやらおばあさんは、食パンをちぎってハトに餌やりしている。
「鳥類への餌付けはご近所トラブルの鉄板だぞぉ」
まさかこの話、あのハトおばさんを追い出したいあまりの住人総出嫌がらせ祭りオチとかじゃないよな?
それだったら私がハトの地縛霊と交霊耐久配信したほうがまだ面白い。
アパートの前を新聞配達のバイクが走り去り、一斉にハトが飛び立った。
「……? なにしてんだ、あれ」
おばあさんが屈み、手をもちもち動かしている。望遠鏡をズームにして目を凝らす。
どうやら、パンでアスファルトをぽんぽんと叩き、散らばったパンくずを集めている。餌やりの証拠隠滅だ。
「んん?」
それからおばあさんは、手の中のパンをぎゅっと固めた。玄関横に放置し、椅子を引きずって自分の部屋へ──椅子を置いていた場所はただ日当たりが良いからだったようで、住んでる部屋はまったく反対側の端だった──帰っていった。
私は車を降り、現場をそっと見に行く。
「これ……」
置き土産の形が細いおにぎり型であることに感心していると、目の前の扉が開いた。
ランニング向きの格好をした若い女性と目が合う。彼女は私を見て困惑していた。うん、不審者だよね、そうだよね。
次に、足元の白い塊を見て叫ぶ。
「いやあぁぁっ! また!!」
「あっ、ちが、ちがうんです、大家さんから話があったと思うんですが私はメンテ業者で、それに、」
これはパンです。ディスイズパン。
"また"というのは、どっちの意味だろう。「またパンのゴミを置いていきやがって」なのか、「また盛り塩が置かれてんじゃねーか」なのか。たぶん後者だな。彼女は怖がっている。
「もう!! どっか行ってよ!!」
「ちが、あの、」
女性は忌々しそうに私の横をすり抜け、言い訳する隙も与えず走り去っていった。
ぽかんとしたまま、足元の細いおにぎり型──盛り塩のような形をした白いパンくずの塊を見下ろす。
なんなんだ、おまえは。
足音がして、眠そうに目をこするヨシさんが近づいてくる。
途中から望遠鏡で見ていたのか、面白がっていた。
「ススキも幽霊に見えるってやつですね」
「限度があるでしょ」
本物の塩の被害だけを受ける他の部屋と違い、この部屋の女性はモンスター隣人の被害も被っているらしい。
「掃除しておきますか?」
アパートのメンテナンス業者という曖昧な肩書きで潜入しているため、何もしないのも確かに怪しいかもしれない。
ヨシさんは車から箒とちりとり、ゴミ袋のセットを持ってきてくれていた。
ガチャ。隣の部屋の扉も開いて、スーツ姿の男性が出てきた。
彼もまたミニサイズの箒とちりとりを持っている。私たちの持ち物を見て「え」と困惑の声をあげていた。
「あんたたちも彼女に掃除を頼まれたの?」
「あー、まあ」
男、なぜ悔しそうな顔をする。
「もしかして、あなたはいつもここを掃除してあげてる?」
「まあね。あの子、怖がりで変なもの触れないって言うから」
なんだか嬉しそうだ。恋をしているな。
妙に辺りをキョロキョロしている。いつもならここで女性とおしゃべりしていたのかも。私が驚かせたせいで彼女はもう出発してしまった。すまん。
「あの女の人、これを盛り塩と勘違いしてるよね?」
「みたいだね。この練り消しみたいなゴミ、なんなのかは俺もわかんなくて」
パンの末路だよ。
「あなたが掃除してるから、彼女はよく見る機会がなくてずっと塩だと思ってるんだ」
「他の部屋と同じ被害を受けてると思うほうがいいよ。自分だけ違うとか、不気味で怖がらせるだけだろ?」
そうかも。……そうかなあ?
だが、数戸隣のおばあさんが犯人だと知ってもこの男性は黙っていそうだ。問題が解決したら、話すきっかけが無くなっちゃうもんな。




