19 おそうじだいすき
《盛り塩禁止アパート》の話をヨシさんに教えた翌週末、私たちは富弥町に訪れた。
想像と違い、自然多めのレトロな町だった。雑木林に錆びたガードレール。遠くから聞こえる鳩のくるっぽー。風情ありまくり。
近くには自然公園があり、空も快晴でピクニック日和。
けれど私たちの目的はそんな爽やかなものではない。祟りに会いに来た。
「ヨシさんってよくこんな奇行に付き合うよね」
道の脇に車を停め、スマホの写真と目の前のアパートを見比べた。
「僕ね、新しいカメラ買ったんですよ」
「そしたらイイ写真撮りたいねぇ──あのアパートで正解っぽそう」
富弥町にあるというヒントしかなかったが、ネットの写真を参考に、マップのストリートビューを駆使して見つけた。オカルトマニアキショスキルのひとつだ。
運転席のヨシさんは、スマホで近くに駐車場がないか探しているようだった。
「コインパーキング、この先にあるみたいなので移動しますね」
「うん」
彼の《幸運》ならどこに違法駐車したって駐禁をとられないと思うのだが、それでもちゃんとルールを守ろうとするので偉い。
やろうと思えば運だけでどんな完全犯罪も遂げられるだろうに、日常の当たり前を遵守し、ささやかに生きることを楽しんでいる。聖人すぎ。
その横に私という低モラル配信者がいるという事実がバグである。
もしかしたら神様は、清い心を学ぶように私をヨシさんに引き合わせたのかもしれない。残念だが、私がヨシさんに悪い生き方を教えている。オカルトスポット巡りはだいたい不法侵入だし。
駐車場に車を置いて、徒歩で戻る。
アパートは二階建ての木造で、昔のドラマに出てきそうな感じ。古めかしいが小綺麗に掃除されていて、陽の光が当たって明るい雰囲気がある。
塀には『盛り塩禁止』と太ペンで書かれたコピー用紙が透明なビニール袋で濡れないように保護され、貼り付けられていた。
そっと近付いて塀の中を覗き込む。
「おお」
思わず声が漏れた。
ほぼすべての部屋の前に盛り塩が置かれている。
二階に上がっても同じ光景があった。
噂によると、団地のように住人が魔除けとして置いているわけではないということが興味深い。
見知らぬ盛り塩が玄関にあったら、すぐに退けないと不幸になる──どういう類の祟りだろうか。何をきっかけに始まったのかも気になる。
「ヨシさん、なんかわかる? 邪悪な気配とか」
小さな声で話しかけると、小さな声で返事があった。
「僕も霊感が零感なので」
「私もなぁー、ないからなぁ」
「霊感が零……いや、いいんです」
一番近い盛り塩の前まで行くと、しゃがんで指先を突っ込んだ。案外柔らかい。
指についた白い結晶をぺろっと舐める。
「心里さん!?」
「ただの塩だね」
「青酸カリとかコカインだったらどうするつもりだったんですか」
「治安悪すぎでしょ」
「──ちょっと、あんたら何?」
唐突に目の前の扉が開き、恰幅の良い中年男が現れた。ヨシさんのカメラを見て、明らかに警戒を強めている。
困惑や恐怖より、腹立たしさを感じているように見える。このアパートの大家っぽい。
それはそれとして。
「ねえ……大丈夫なの?」
男は額に冷感シートを貼り、首に長ネギを巻いてパジャマ姿だった。マスクの中は鼻水で大変なことになっていそうだ。
「気にしないで、感染るようなもんじゃないよ。で、誰? その盛り塩、キミらの仕業なら通報するけど」
おっほ、やばい。
私が大家にみねうちをかまして逃げ出そうとするより先に、ヨシさんが前に出て名刺を差し出した。
「こういう者でして。この塩は僕たちが来たときにはもうありました」
ヨシさんの柔和な微笑みにメロらない人は既に運命の番がいるか、人の心がないかだ。例にもれず大家も警戒を緩めて名刺を受け取っていた。
とはいえ、完全には心を許してくれない。
「住んでる人がいるんだから、野次馬だけでも迷惑になるってわかんない?」
それを言われると弱いのだ。
「弁解の余地もございません」
ヨシさんと一緒に頭を下げる。
このまま黙っていれば丸く収まりそうな空気の中、つい好奇心を抑えられずに口を挟んだ。
「この盛り塩たちはどうするの?」
「みんな捨てるよ。捨てても捨てても置かれるけどね」
大家は玄関の内側から|箒《ほうき《|とちりとりを取り出すと、なぜか私に「はい」と渡した。
盛り塩を片付けろということらしい。
仕方なく受け取り、掃除を始める。
やるのは構わない。だが、タダ働きは嫌だ。せめて情報を貰わねば。
「誰が置いてるのか、わかってないんだね」
「忘れたころに置かれる、の繰り返し。いい迷惑さね」
「得体の知れない盛り塩を片付けるの、祟りとか怖くない?」
「変なウワサで入居者がいなくなって家賃収入無くなるほうが怖いよ」
「それはそう」
ちりとりに塩を集め終えると、ゴミ袋が渡された。
「…………」
ゴミ袋に捨てる最中、塩をティッシュでひとつかみ包んでズボンの尻ポケットにねじ込んだ。
何食わぬ顔で袋の口を縛る。
「俺より先に入居者が見つけるとさ、アパート裏の公衆トイレに捨てにいっちゃうんだよね。ああいうの、僕が市から怒られるんだよ。うちじゃありませんってとぼけてるけどね。ちゃんと燃えるゴミに出してほしいよ」
そう愚痴って、大家はごほごほと咳をした。
「それじゃー、私たちはこれで……」
掃除グッズを返してキリよく退散しようとしたところ、何か思いついたように引き止められた。なんかめんどくさい予感がする。
「そうだ。物書きってのは頭の良い人の仕事だろ? 塩を置かれない方法を考えてくれよ。明日一日、このアパートの写真撮ってくれていいからさ。入居者には今夜のうちに建物メンテの撮影があるとか周知しとくから」
「明日、ですか?」
「日帰りの検査入院するんだけど、その間アパートのことが心配なんだよ。あんたらがウロついてりゃ塩の犯人も寄りつかないだろうし。どうせ暇でしょ」
ヨシさんは困ったように私を見たが、「まあいいんじゃない?」という顔をしておいた。どうせ暇なのはその通りだから。
この盛り塩がなんらかの呪詛行為ならたどる楽しみがあって良い。
ただのイタズラなら、ケツの毛までむしり取って我がチャンネルのPV数の足しにしたる。




