11 盛り塩団地の夜【3】
「んがっ」
自分の鼻息にびっくりして起きた。いつの間にかウトウトしてしまっていたらしい。
スマホの時刻表示は丑三ツ時(深夜2時)だった。
トン。トントントン。
「……風の音?」
どこからか叩くような音が聞こえて、寝袋から起き上がる。
スマホの明かりを頼りに扉のほうまで歩いて行った。
耳を澄ませると、また同じ音が聞こえた。
少し遠い。
サトウさんが体験したような寝室ドアのノックではなさそうだ。
寝室を出ると、音はさらに鮮明に聞こえた。
コンコンコン。
廊下の先、玄関のほうだ。
近づくほど、冷たい玄関扉が外側からノックされている音だと確信できた。
インターホンを押せばいいのに。私が気付かなかったらどうするつもりだったんだ。
バン!
痺れを切らしたように扉が叩かれた。
「はいはいはい。どなたですか」
声をかけると、向こう側からの返事はなかった。
時間が時間だから、子供のイタズラと考えるのは難しい。住人女性目当ての不審者という可能性はありえる。
コンコンコン。またノックされる。
「名乗らないなら警察呼びますよ」
私はそんじょそこらの小物にいちいち怯えたりしない。大抵はスマホで水戸黄門のテーマ曲を流せば事足りることを知っているからだ。怪異だろうが変質者だろうが、鉄板どころの演歌が流れると萎えるらしい。外国の怪異はもれなく困惑する。
なお、強力すぎる怪異や変質者には当たり前に効かないので、尊厳が大事な人は真似してはいけません。
扉の覗き穴を覗いた。深夜だからレンズの向こうは暗い。けれど人がいればさすがにわかるはず……誰も立っていなかった。
コンコン。けれどノックの音は今もする。
聞こえてくる位置が低い。身長が足りてないから覗き穴からは見えないんだ。
……ならば、郵便受けから見てやろう。
膝を曲げてしゃがみ、ドアポストの蓋を開ける。直接覗き込めないため、片手でポスト口をこじ開け、スマホの先端を差し込んだ。静かな空間に呑気なシャッター音が響く。
スマホを回収してすぐにカメラロールを見る。
ちゃんとフラッシュライトをオンにしたから、共用廊下の風景を捉えられていた。が、何も写っていない。
気が付けば、ノックの音もしなくなっていた。
私がまともに怖がらないから、向こうも飽きて帰ったかもしれん。
「むむ……何も写り込んでないとか……。これで終わりなんて……」
スマホ画面を見ながら立ち上がる。背後を振り返った。
「あっ」
天井まで届く黒い柱がすぐ前にあり、ぶつかりそうになって驚く。
一歩足を引くと、背中が扉に当たって音を立てた。
さっきまでなかった柱を呆然と見上げる。デカい。
柱のてっぺんあたりに目がついていた。腐って濁った子供の目だ。ぎょろぎょろとせわしなく動いて辺りを見回している。
私を探している。
黒い影の中から、ぽこぽこと様々な特徴の目玉が複数現れる。
それらがすべて、一斉に私を見た。
吐息が聞こえる。複眼の黒い頭がゆっくりと私のほうへ屈んでくる。
ぜんぶの瞳と目が合って、直感的に思う。
これ、演歌程度じゃダメなやつだ。




