巡るめく季節の様に
闇にユラユラと浮かぶ青い灯火。
涙にぼやけ滲む世界は、その姿をゆっくりと取り戻していく。
吐く息は、感情の波と共に荒く不安定。
二本の細い腕が、自身の体を辛うじて支える。
時折押し寄せる不快の波は、口内に饐えた香りを齎す。
向けられる声は、微かに届く。
しかし輪郭がぼやけ、ただの音でしかない。
だた彼女の瞳は、力なく横たわる一人を見つめるだけ。
深夜だというのにせわしなく動く集団。
だが、彼らはその先を見つける事ができ無い。
机をベットに見立て、ボロボロのジェラールを寝かせる。
彼の手足は、力なくダラリと垂れ下がるだけ。
口は微かに動くも、その度に乾燥した唇が痛々しい。
彼に最も忠実で共に信頼し合う男は、ボロボロの手を握る。
ハイネスの声は自責もあるのだろう、
感情と共に掠れ、握りしめる手を涙で濡らす。
「王子、聞こえますか・・・ジェラール・・・
私が・・・私があの時・・・・・・・
何で、お前が・・こんな姿にならなければ・・・」
微かに動くジェラールの口は音は無い。
しかし、意志を示す様に形を成していく。
ハイネスは微かに聞ける囁きに耳を傾ける。
その姿は、床に落ちたガラスを拾う様に丁寧に、そして注意深く。
彼にしか聞こえない声。
それを復唱する声は、涙で掠れた。
「オ・・ソ・・イ・・・・そうですね・・・本当にそうです」
ハイネスを見つめ返すジェラール。
彼の瞳はゆっくりと形を変える。
微かに光を残す瞳を振り絞る様に流れた涙。
何かを悟った様な微笑み。
その姿にハイネスの声が大きく変わる。
「おい?・・・ジェラール?・・・冗談はやめろ!
おい、疲れたじゃねぇよ!!」
ぐったりと王子の首は、雑に造られた枕に沈む。
ハイネスに握られた腕もまた、あの頃の様に力はない。
ハイネスの瞳から溢れ出す涙。
王子の乾いた頬を濡らし、なおも流れ続ける。
嗚咽で沈むハイネスの姿に、肩を落とす騎士たちの姿は正に喪失。
ベーゼンを抱きしめ彼女の背を擦るヨハンもまた、彼の感情に押され涙を拭う。
時にして数分、感覚にして永遠にも思える程。
それは、ベーゼンの意識を戻すのに十分な時間だった。
「ヨハン、ありがと。
私はもう大丈夫・・・・本当にごめん」
ベーゼンの瞳には強い意志が籠っていた。
ハイネスの腕に手を添え、彼に視線を向ける。
彼の視線に対しベーゼンは、首を左右に小さく動かす。
それは、喪服の列に残された小さな子供を諭す母の姿にも見えた。
ハイネスの表情は、絶望の末の笑み。
既に涙は枯れている。
声は微かに震え、現実を否定する様に弱い。
「ベーゼン様・・・・ジェラールが・・・
王子は・・・・」
「ハイネス様・・・」
ベーゼンは、肩を落とすハイネスに対し、首を小さく振る事が背一杯。
ハイネスの腕に添えていた手は、横たわるジェラールへと向かう。
ジェラールの腕、肩、胸、首筋。
ゆっくりと記憶を辿る様に進むベーゼンの指先。
微かに震えるその指先は、優しく彼の頬を撫で、欠けた耳たぶを温める。
「ジェラール・・・・・ジェラール?」
ベーゼンは、涙にぬれる頬を拭う。
場違いに浮かぶ小さな微笑み。
それは、空気に飲まれた自分に対しての笑いへと変わった。
「フフフッ・・・ハイネス。
彼は、寝ているだけよ・・・・
ジェラールのバカッ・・・・・心配させて・・・・馬鹿」
喪中かの様な空気は、少しだけ春の様相を見せる。
ハッと視線を向けるハイネスの表情。
いつもの彼からは、かけ離れ新鮮だ。
ハイネスは、我に返り一つ咳払い。
医療の心得を持つ騎士を呼び、王子の状況を確認させた。
しかし、それは新たな絶望を呼ぶ。
「ハイネス様、確かにベーゼン様の言う様に呼吸は有ります。
しかし・・・・これは、ひどすぎます・・・
同じ王子、同じ甥だというのに・・・
宰相は、何故この様な事ができる・・・・」
肩を落とす衛生騎士に掛ける声は、彼女を責めることは無い。
「すまない。はっきりと状況説明をお願いします
ゆっくりで構いません、大丈夫ですよ」
それは優しく、彼女の感情をゆっくりとほどく様。
女性騎士は、一瞬瞳を強く閉じると、小さく息を整え説明を始めた。
「はい・・・ベーゼン様の言葉にある様に命は有ります。
しかし・・・・
しかし、王子は1人で動く事は、もう出来なかもしれません。
時間がどうこうする可能性は、全く無いとは言えませんが、
望みを賭ける事は、王子の負担になるかもしれません・・・・
もちろん、私達第一王子派にとってもです・・・」
「負担か・・・・・・
ふむ、確かに今の王子は、瘦せ細り威厳など皆無です。
しかし、養生し、元の姿を取り戻せばよろしいのでは?
いや・・・今の状況を詳しくお願いします」
女性騎士は、表情暗く辺りを見回す。
そして、悪戯を隠す少年の様にハイネスに視線を向ける。
ハイネスはその意を汲むも、部屋に集う者達をそのままに彼女を促す。
「大丈夫です。私達は事実を受け止めます。
それが私達に絶望を齎すとしても、皆覚悟はできています。
それに、私達は、王子に仕える存在ですよ。
仕える者が、主人の体調を知らずして職務の全うは叶いません」
女性騎士に向けられた表情は、凛とする中に優しさが満ちている。
それは彼だけではなく、覚悟を決めた騎士たち全てが同じ表情だ。
女性騎士は、唾を飲み込み小さく頷く。
そしてゆっくりと口を開いた。
「ジェラール様の状態は、先ほどお伝えした通りですが、
問題は、手足の腱は断たれた事。
これでは、一人で立つ事も物を持つ事も困難に思えます。
それに傷は、既に塞がっています・・・
おそらくは・・・・」
女性騎士は言葉を飲み込み、口を強く閉じる。
ぐっと握りしめられた拳は、目の前に残された現実への怒り。
そして、この状況を作った第二王子派閥に向けられているのだろう。
言葉の先を彼女から拾い上げるハイネスが続ける。
「二度と元には戻らない・・・・・か。
ハァ・・・・・・・・・なんてことを・・・・
いや・・・嫌な役を任せてしまい、すいませんでした。
説明、ありがとう・・・・・」
闇の中に訪れた春は、余りにも短く、余りにも儚い。
ハイネスを含め、その場に集う騎士からはため息以外なにもない。
静まる空間に響く規律的な機械音。
時を刻む魔導具は、一行の心に暗く深い憎悪を刻んでいく。




