感情は、論理の先に潜む現実
足音だけが響く螺旋階段。
数刻前に比べ、少しだけ温かい。そのせいか、湿気と共に絡みく。
地図に無い区画である事がさらに気持ちを重くさせる。
唯一光るランタンの青い灯火。
それだけが一行のストレスを辛うじて押さえていた。
感覚では半時、実際は数分程度だろうか。
コツコツと響く足音に場違いな声が交じり始めた。
それは、怪鳥でも飼われているのかの様にけたたましく響く。
声色は二つ。男女であろうことが確認できた。
「かぁ~強情な王子様だな。おい。
もうどんだけ経つんだぁ・・・
命乞いも悲鳴もねぇ・・・
楽しみも糞も何もねじゃあねぇかぁ~・・・・
なぁ・・・おまえ、つまんな・・・・」
「えっ、ホントにそれ!
ん~んっあっ・・・・カプっ・・・むぐむぐ。
あっれぇ~、やっぱり反応薄ッ・・・あたしら不要説ぅ~。
キャハハ、あ~た~し~はぁ、命乞いが見~た~い~!
痛がる顔もぉ~観~た~い~!!」
微かに聞こえる会話、時たま混じる破裂音。
嫌な光景が一行の脳裏に過るも、どのくらい歩けばいいか判らない。
螺旋を描き下る路。
ベーゼンはもちろん、ハイネス達でさえも苛立ちを隠せない。
ようやくストレスから解放された先には赤い炎。
視界に入る世界は軟禁とはかけ離れた世界。
炎が揺らめく通路に並ぶ鉄格子は重々しい。
未だに聞こえる苛立ちの根幹はさらに奥からだ。
ハイネスの口元は微かに空き、顎に強く力が籠る。
握りしめられた手は、それを包む白い手袋を赤くにじませた。
その感情の変化は、彼だけではない。
真っ直ぐと伸びる廊下に静寂は無い。
風を孕み駆ける音は規律を失っている。
リズムのわりに重い響き。
ドンッと扉の前で踏み込まれたハイネスの脚。
地面に薄っすらと跡を残す。
止まることなく放たれる蹴りは重い。
正面の堅牢な扉は跡形も無く飛び散った。
破壊音と共にハイネスの感情は声へと変わる。
「ジェラール様!」
反響する叫び声は王子を探す。
纏わり付いていた重い空気は消えた。
返る声は呼びもしない2つの声。
ハイネス達を嘲笑う二人組は、雌雄の怪鳥でしかない。
一行の抱いた不安は怒りへと変わり、空気をビリつかせた。
「夜食? まだ、お腹空いてないんだけど・・・早くない今日?」
「はぁ、おまえさっき食ったろ。そいつの耳たぶ。
ってか食うなよ・・・顔はNGつったろ!
っつうか、まだ食うのかよ。
って、なんだてめぇらは・・・・・
おっ、良い表情じゃあねえか、そこのメガネ。
おっほ、イイねイイねめちゃ映えるわ君達。
でっ何、あんたら・・・・
へへっ、おっヤべッ、涎出ちまったじゃねぇかぁ~ハハハハァ」
女は蛇の様に王子に絡み、その首筋を舐める。
視線だけは、挑発的に向ける。
一方、嫌な笑いを浮かべる男は舌なめずり。
視線は、ハイネスからベーゼン、ヨハン、そして女性騎士達へと変わっていく。
「お前たちは、何をしている!
国同士の協議を反故にするのか!」
ハイネスは、数刻前と変わらない圧を纏っている。
しかし、目の前の男女の纏う空気はソレを否定する様に軽い。
拮抗する圧、漂う相容れない空気。
鋼鉄の鎖につながれた様に動かない体。
どれもがハイネスの脚を踏み止ませた。
一方、笑いを含む奇声は大きくハイネスを小馬鹿にした。
「何をしてんだだぁ~・・・ア~ハッハハハハ。
見りゃわかんだろメガネ。
そのメガネ、度があってねんじゃね?
それとも、ファッション的な?
言っとくけど、俺らは仕事してんのぉ・・・
お仕事ってわかる?」
爪を研ぐ様にナイフの先をいじる怪鳥男。
一見すると、見た目は良い。まともにしゃべれば声も悪くない。
服装は、よくも悪くもチンピラでしかない。
更には、男女差別する事無く舐め散らかす視線。
そして、嫌でも視線を奪う所作が始まりかける。
集めた視線の誘導先は異常だ。
状況にそぐわない異常隆起した下腹部を強調。
ただの変態としか認識できない状況を作り上げた。
しかし、それがフェイクかの様に宙を舞う刃。
ナイフはハイネスの頬を掠める。
一瞬の間を置かず、空気の震えは怪鳥男の奇声。
「ヒャッハー・・・堪んねぇなあ、その面。
イッちまいそうだわ・・・・
なぁ、そうだろ。後ろの女ぁ・・・ハッハァ~!
ハァハァ・・・もっと蔑めよぉ・・・
なぁ、もっとゴミを見るような眼で俺を見ろ!
ア~ッハハハ・・・国が何だぁ~?
俺らはさぁ~ソレに雇われてんのッ。
ここ、城だろ?・・・・馬鹿?お前馬鹿?
ヤッべッ・・・・奥の女!
ヒヒッ、い~表情してるじゃあねぇか・・・」
油断を誘う為なのか、それとも本性なのか理解できない姿。
男のネットリとした表情と声、そして視線。
その全てに対し、ため息と共に振り返る怪鳥女。
しかし、そのため息と表情は紐づかない。
「えっ、空気ヤバッ。
ムフフッ、その子の表情ぉ~。
踏みにじっちゃいた~い!!
ってかお前は、今シコんなよ・・・
ハァ~何その顔、あたしも同類に見るとかなくない?
んっ?!ア~ッ、魔女じゃん。
きゃ~、インテリメガネもいるしぃ」
ハイネスの眉間から皺が消えることは無い。
首筋に浮き上がる広頚筋。
圧を振り払う様に押し出される一歩。
それは重く鈍い音を響かせる。
しかし、それを止める様に割り込むメイドは冷静だ。
「・・・ハイネス様。ダメです。
今、殺ってしまっては裏が取れない。
お願い・・・・冷静になってハイネス」
ヨハンの声に反応し、視線を彼女の背に向けるハイネス。
引きずる様に微かに下がるハイネスの脚。
彼の眉間にきざまれた皺は、さらに深く刻まれる。
「くっ・・・すまない、ヨハネ・・・・ありがとう。」
「いえ・・・出過ぎました・・・・
では、ハイネス様は、空間を。
ベーゼン様は・・・隙を見てジェラール様を。
騎士の皆様はタイミングを合わせ、あの二人を確保です」
展開される魔法空間。それぞれを囲う義勇兵の陣。
一方、男の形をした欲望は、口元を大きく緩める。
「ハァ~? ハハハッ、野郎しかいねぇ。
だが、それがいい。
はぁ~ん、いい目してんな、おい。
たまんねぇよぉ・・・・なぁ、兜とって顔見せろぉ。
なぁ、もっとだ、もっと見てくれ・・・なぁ・・・アハハハッ」
声に反応する事無く陣形は整う。
凛とした男性騎士の声が陣を動かす。
「魔法が封じたからと言って油断はするなよ!
一気に抑えるぞ!!」
騎士達は「、ジワジワと距離を詰め飛び掛る。
次の瞬間、独りの兵は違和感に苛まれた。
天井に人が立っている。
いや、空中が回るような感覚だ。
(あれは、娘に貰った花の首飾り・・・・俺の体・・・)
「ヒャハハハ、温ったけえなぁ~。
まぁ~だ、サラサラしてやがる。
あぁ・・ヌメヌメん中に突っ込みてぇ~・・・アハハハッ」
吹き上がる鮮血、真っ赤に染まる怪鳥男。
拷問室も赤く不快に彩られた。
戦争など経験しない騎士達では、感情を保つことは出来ない。
数歩たじろぐ者もいれば、頭を抱え悲鳴と共に腰を落とす者もいる。
対するもう一方の変態娘は、雄のそれと同じ表情。
「ふ~ん、可愛いじゃ~ん。
なに、そのカッコ。男受け狙ってんのぉ~。
ムフッ、ムフフフッ。尊ッ。
えっ、アタシちゃん、胸アツぅ~」
二頭の獣は、解き放たれる。
力なき者は、その軍門に降る事すら許されない。
まるで楽団の指揮でも執るかの様に心酔し、刃と共に奔る。
一人、また一人と肉塊に成り果てる騎士達。
響くのは二つの奇声と絶望の叫び。
空間からはハイネスの魔力が消える。
それと同時に終わるベーゼンの独り言。
「元素たる精霊たちよ、我が声に耳を傾けん。
伝えし構成に従い、その形を表せ・・・・・
クッ・・・魔力持ってかれる・・・」
光は二頭のケダモノを包み、それぞれの胴を締め上げる。
二つの笑いはさらなる奇声、そして悲鳴へと変化。
一つの光は、無慈悲にもその胴を断つ。
アッと部屋に響くベーゼンの声。
続くのは感情の逆流。
流れ込む思念の渦は、命の重みなのだろう。
獣や魔物を狩る事は幾度もあった。
しかし、同じ言葉を発する存在は初めてだ。
赤く彩られた部屋に、饐えた香りが漂う。
しかしそれは、既に存在する香りを濃くしただけだ。
ベーゼンはその場に屈みこみ、感情の収まりを待つ他ない。
思考と現実はまるで違う。
感情とは、机上で操れる程かわいいモノでは無い。
それほどまでに重い感情はベーゼンにとって幾度も無い。
全ての感情を飲み込み、押しつぶし、逆流させる。
だが魔導には関係ない。
伝達を完了し、形成を完成した鎖がその動きを止めるは無いのだ。
未だに足掻く獲物を締め上げる魔導の鎖。
肉の山を築こうと、鎖の空間は狭まり続けた。
一方で冷静さを取り戻したハイネスは叫ぶ。
「ベーゼン様!! 魔力の制御を!!」
彼の叫びと共にヨハンはベーゼンの元へ駆け付ける。
そして、四つん這いで体を支える女主人を包み込み、優しく促す。
「ベーゼン様、大丈夫・・・大丈夫です。
ベーゼン様は悪くない・・・・大丈夫です。
魔力の制御をお願いします・・・お願いベーゼン様」
二人の声は辛うじて命を繋いだ。
ベーゼンの意識がハッキリとしているかは分からない。
しかし、魔導の鎖は収縮は止める。
その結果、雌獣は生き延びた。
経ち切れた肉塊からは鮮血が滴る。
そこからは、錆の匂いに交じり微かに栗の花の香りを残していた。
雌獣は、吐き出した空気を吸う様に息を大きく吸い咳き込む
その表情は、とよだれと共に卑猥な笑みを残し意識が飛んでいた。
場に残る者たちは、王子の手枷を外し、床えと下ろす。
ベーゼンは呆然と、その姿をヨハン越しに見つめる事しかできなかった。




