嵐吹く執務室、花は互いを支え合う
王城の一画だというのに、そこは裏路地の様に薄暗く冷たい。
闇に沈む様に複数の足音はゆっくりと静かに進む。
回廊から南棟へと侵入。
離宮は、元々現王宮が建つまではその機能を有していた場所。
その為、構造も似通っている。
構造情報を得ているベーゼン達にとっては迷うなどあり得ず、
目的の部屋を目指すのみ。
手元の魔導ランタンは、薄紫に先を微かに映す。
コツコツと響く廊下、
足音は回廊の様に発散されることは無い。
視線の先、闇に浮かぶ微かな光。
廊下を曲がり、浮かぶ光景は明るい。
小さな光はその全貌を表した。
扉の向こうから聞こえる声は数名だろう。
微かに聞こえる会話の内容は理解しがたい。
しかし、何もわからない訳では無かった。
全ての声は男だが、ハイネスとは真逆の口調。そして耳触りは最悪。
ベーゼンに分かることはそこまで。
そして、そこにジェラールは居ない事だけだ。
集団を率い、先を歩くベーゼン。
彼女の歩みにあわせる様にハイネスは横に並ぶ。
そしてハイネスは、ベーゼンに耳打ちする様に声を届けた。
「べーゼン様、アレは我が国の兵ではありませんよ。
あの訛りは、エルタニア南部のモノ・・・
ヨハン殿も同意。
王子はここには居ません。
両国の取り決めでは駐屯は無いはずです・・・」
「そうよね、ラスもそんな事言わなかったし・・・密約?
ん~ん・・・あり得ないわ」
眉を顰め口をつむぐベーゼンは、脚を止め群れの歩みを制止した。
ハイネスの隣に控えるヨハンは、一瞬ハイネスへ視線を向ける。
一拍置きヨハンは、ベーゼンを見つめ口を開く。
その表情は、いつに無く不穏を隠せていない。
「ベーゼン様、聞こえる会話は碌なモノではありません。
聞き耳を立てるより、彼らを吊るし上げましょう。
これはメイドである私の仕事。
主であるベーゼン様は私の後ろ。よろしいですね」
ベーゼンの表情は一瞬曇るが、ヨハンの事は理解している。
何を行おうとしているかは手に取る様に判る。
しかし、状況を完全に把握できていない。
承認か制止かと、ベーゼンの思考は巡る。
その間、隣の男は二人を制止する様に一歩先へと進んだ。
「ヨハン殿、ここは我が主人の軟禁部屋のはずです。
不法侵入者は、お引き取り願うべきです。
それに・・・主人に用事がある者のならば、私がお伺いするのが道理。
ヨハン殿、ベーゼン様、私が先にお伺いに向かいましょう」
言葉を残すハイネス。
すれ違いざまに見せる表情は、規律や冷静など微塵も無い。
勢いよく開く放たれた扉。
合わせる様に鳴り響くフィンガースナップ。
部屋は魔力に覆われ、外部には音が漏れることは無い。
ハイネスは、冷静を装う様に客人へと歩み寄る。
反応し叫ぶ野盗風の男達
「なんだテメェは!
ヒツジなんざ呼んじゃいぇぐふぅ・・・・・」
ハイネスは、机にあったシルバーのトレーを自然に掴む。
それは彼の手に張り付き、勢いよく盗賊風の男の顔へと走る。
角度こそ可笑しいが、トレイに乗せられた男の顔は、
強い衝撃音と共に壁との隙間に収まる。
むろん男は、一瞬無重力を味わう。
その間わずか数秒の出来事。
残る野盗風の男達の声の向く先にはハイネスは居ない。
「何やってんだぁオメェは~ッ!!」
叫びに答えハイネスは振り返る。
ため息など吐き捨てる必要すらない。
じっとりとした視線を向け、メガネの位置を直す。
そしてゆっくりと口を開く。
「私は羊ではない馬鹿者ども。
壁に埋まりたいのなら、何杯でもくれてやる。
それが嫌なら、先ほど口にした王子の事を話しなさい」
執事然と歩く姿は美しい。
しかし、彼の纏う空気はそれだけにとどめない。
コツコツと響く足音は、世界の終焉を告げる鐘の音。
粋がっていた男達は息を飲み後ずさり。
しかし、自らの存在を振り返り立ち向かう勇者もいた。
「こっちは、国から依頼を受けてんだ!
どっちが馬鹿か教えてやんんぐぅ・・・・・」
野盗風の男は、ショートソードを抜き放ち、
縮こまった感情を吐き捨てる様に飛び掛かかる。
間違った事など何も無いと繰り返す様に怯える足を前に出す。
しかし、冷静さなど扉の外に置いてきたハイネスには国など関係ない。
流れる様に男と交差するハイネス。
彼の手の平にはトレーなど無い。
今あるのは、男の顔が一つ。
それを追う様に砕けた歯が飛び散る。
その姿は、彼が文官である事など誰が信用するであろうか。
会話が終わる前に彼は動いている。
聞くつもりなど初めから無いのだろう。
残る野盗風の男は二人。
一人は部屋の隅で頭を抱え震え、念仏の様に言葉を紡ぐ。
もう1人は、彼の行動を止める様に足に縋り命乞い。
「知らなかったんだ、アレが王子だなんて・・・
なぁ、頼む・・・・村に残してきた家族がいるんだ・・・金が要るんだよ」
「俺は雇われただけなんだ、俺は雇われただけなんだ ──────── 」
ハイネスは、縋る頭を鷲掴みにし、そのまま持ち上げる。
映える立ち姿は伊達ではない。
決して小さくない野盗の脚が宙に浮く。
必死に腕にしがみ付く野盗は、痛みに叫び命乞いは過熱する。
「た‥頼む・・助けてくれよ‥‥頼むよ。
は・・・話す…何でも話します・・・助けて‥」
「では、先ほど貴様らが口にした囚人について詳しくご説明を願えますか?
そうですね・・・
先ほどは確か知らなかったとも話されましたが、それも含めお願いします。
勿論、雇い主の事も・・・・詳しく」
ハイネスは、手を放し男を解放する。
項垂れる様に床に落ちた男には、逃走と言う文字は頭に浮かばないだろう。
入り口はベーゼンと彼女の声明に賛同する者達が押さえ、
窓にはメイド姿のヨハンを筆頭に数名の女性騎士達。
頼る仲間など一人は生死不明。
残り一人も大人としては情けない姿を晒す。
鼻を挿す様な香りが立ち込める部屋で始まった尋問。
主導するのは二人のサーヴァント。
地獄の窯を覗いたような光景は現実味など皆無。
ベーゼンは目を背け耳を塞ぎ、早く終わる事を祈り待つ他なかった。
半時も過ぎると、ベーゼンの肩を優しく叩き聞きなれた声が彼女を呼ぶ。
いつもなら笑顔がそこに在る優しいヨハンの声。
しかし、何処かいつもよりも重苦しい。
「ベーゼン様・・・終わりましたよ。
ジェラール様の居場所はわかりました。
さぁ・・・行きましょう。」
「ヨハン・・・わかった、急ぎましょう。
・・・・ごめん」
「ベーゼン様、ハンカチですよ」
ベーゼンの想像は自らの感情を揺すり、無意識に涙を溢させた。
部屋を後に更なる闇に足を進める一行。
ベーゼンと並走するヨハンの表情は、主人の言葉で口元がかすかに緩む。
それは、主人も同じ事だ。
互いの考えなど完全に理解することは出来ない。
しかし、互いに思いやる優しさは感じ取ることが出来る。
長く連れ添う主従関係は概念を越え、家族や親友になりえるのだろう。
静かな廊下、冷たい階段を下へ下へと進んでいく。
まるで地獄へと誘われるかの様に。




