偽り
湖面に映る複数の影。駆ける先には静かな農村が広がる。
群鳥に導かれた者達が集う地。
そこは遅すぎる収穫祭の様相を成した。
その中心、村の集会場は王都の酒場。
だが、統制が無いわけではない。
咳払いで静まる姿は、軍規にも似ていた。
席を立ち、静かに進む立ち振る舞いは王族を引き立てる為の所作。
皆の前に立つハイネスは手慣れた様に場を動かす。
「この度は、我が主人の為にご支援ご協力を賜り、感謝至極に存じます・・・
いや、皆さまに感謝は有れど、この場を纏めるのは私では役不足ですね。
ベーゼン様、よろしいですか?」
無駄に堅苦しい言葉を眺める女性は、笑顔で小さくため息。
ハイネスの作り出す空気は、周囲を巻き込み、彼女の背を押した。
その見えない力は、彼女の表情に偽りの笑顔を作らせる。
小さく首を横に振るも、彼女は彼に代わり話を進めた。
「ハイネス様・・・それは卑怯です。
ですが、私が始めた事と言われれば否定できませんし・・・
仕方・・・ありませんね。
皆さん、集まっていただいてありがとう。
これから行う事は国に対する反乱行為・・・・
ですが、この行為が悪だとか間違っているとは思っていません。
それに私は、あの宰相が嫌いです。
皆さんの気持ちも同じはず!
─── それでも、私達にも正義がある。
この闘争、勝ちましょう。勝てばそれが真の正義です!」
「「「違いねぇな、ベーゼン! / ハハハッ!」」」
「王子を取り戻しましょうぜ!」
ベーゼンの笑みに呼応する騒めき。
ハイネスにより引き締められた場の空気だが、今は少しだけ温かみが戻る。
それは、ハイネスの凛とした表情にも変化をあたえる。
不甲斐なさからか、凛とした表情の内に隠された苦い表情は
男泣きとはいかずとも、何か救われたかの様。
静かに紡がれるハイネスの心の声は溢れ出し音へと変わる。
「ベーゼン様、皆さま、ありがとう・・・本当に」
隣の席に座り感情に震え俯く男にベーゼンは視線を向け労う。
それは、彼と共に場を整えた自らの最も信用のおける女性に対しても同じ。
「まだ感謝はダメです。
それに、感謝するなら動いてくれた貴方とヨハンに私がするべき。
ありがと、ハイネス様、それにヨハン」
「ベーゼン様・・・・私は、ベーゼン様の侍女。
感謝などと・・・・皆に示しが尽きません。
そうですよね、ハイネス様。 フフッ」
幾つかの円卓から向けられた視線は温かくも痛い。
3人の世界に入りかけたていたのだろう。
一人の若い豪商が声を上げ進行を促す。
「ベーゼン、皆が待ってるぜ。
商人界隈じゃあ、時は金なり、鉄は熱いうちに打てってな。
計画の詳細を頼む。俺達はどう動けばいい?」
急かす声は決して攻撃的ではない。
ただ優しく大らか。
優しく包み、ベーゼンの背を押す様に穏やかで温かい。
ベーゼンは視線を二人から声の主へ向け小さく頷き返す。
そして視線を全体へ。
その姿は、熱意こそあるが威圧は無い。
穏やかで耳心地よい声は集会所に広がる。
「そうね、時間なんてある様で無いものね。
あの糞宰相に見つかる前に始めましょう。
計画は ───────────────── 。
これが、最後にはならないわ。
長い戦いになるはずよ。
それでも・・・それでも生きて大切な者の待つ場所に帰りましょう」
ベーゼンの言葉が終わるも呼応する声は上がらない。
だが、そこに集まるモノの表情は熱くそして力強い。
場を一望したベーゼンは、目を閉じ小さく言葉を紡ぐ。
「主よ・・・
(祈りなんてした事無いけど・・・)
ここに集まった皆が大切な者の元へ帰れる様、どうか導いてください」
ベーゼンは瞳をゆっくりと開き皆を見つめる。
静まり返る酒場の様な集会場は、夜だというのに淡い光に満ちた。
感情は、彼女の涙腺を緩め、表情に憂いを持たせる。
あのベーゼンと呼ばれる程活発だった女性はそこには居ない。
魔力の光と聖母のような表情は、ベーゼンを偽りの女神へと昇華させる。
「皆さん、悠久の生をもつ我らでも、胴を断たれれば命は有りません。
決して命を粗末にしてはいけません。
人の犠牲の上に築く幸せなど有ってはなりません。
これだけは忘れないでください・・・・・・
それでは、開始しましょう」
言葉を終えるとベーゼンは魔力を解放する。
集会場のはずだが空気感は、まごうことなき礼拝場のそれ。
優しく暖かい光が全てを包み、福音とでもいわんばかり。
彼女の姿を見る者は驚きを、その姿を聞き知る物は涙しその場に跪く。
「これが聖女様のお力・・・・神の福音・・・・おぉ・・・」
「噂は真実なのね・・・聖女ベーゼン様‥」
「古傷の疼きが消えた・・だと・・・・」
目の前で繰り広げられる事象は大衆心理を容易く捕らえる。
意図して行った行動ではないにしろ、纏まった意志は何よりも強く恐ろしい。
少し離れていただけのヨハンですら、その視線は敬神。
場の空気を崩す事無くベーゼンはソレに徹する。
むしろ他は許されない。
真実を隠し、聖女然とした彼女は一部隊を率い王都へと動き出した。
既に雪解けも終わり、小さの芽が顔を覗かせる街道。
先行する馬蹄を追う様に進む数台の荷馬車。
王都の門兵と握手を交わし、何食わぬ顔で目的地を目指す。
荷馬車の群れは、馬車の背を見つめ卑しく笑う門兵を残し王都の中へ。
坂を上り、城門をくぐり、奥へ奥へと静かに進む。
裏庭を越え離宮の前でそれは静かに止まった。
御者台を見上げる兵士は2人。
「見ない顔だな・・・それに明日?だよな・・・
確か、明日の日中の到着ではなかったか?」
訝しむ視線が御者台の商人を襲う。
ねっとりとした視線は、商人から布で覆われた荷台へ。
商人は、それを遮る様に御者台から飛び降り兵の元へと駆ける。
声は、自信に満ち同性でも魅かれる程に深い。
「ご苦労様です。
あぁ、確かに書類には明日の日付がありますね。
これは、申し訳ありません・・・
つっても、日付は・・・ほら今変った。
いやぁ、春ってのは意外と速く着くもんでね。
予定がちっ~とばかし、くるっちまたんだよ。
っても、たかだか数刻の違いだ。
ほら、言うだろ兄さん、時は金なりってね。
早く着くってのも悪いことじゃあねぇよ・・・な?」
商人の瞳は、闇を隠す様に優しく誠実さを湛える。
一方で彼の手は、先ほどの門兵への対応と変わらない。
手の内に仕込ませた小袋は、その容量の割に重い。
隠し手渡される重みは、兵の手を圧す様に規律を圧し潰す。
「そぉ、そうだが・・・・・
ふむ、この度は仕方があるまい。春だしな。
宰相殿には、私から上手く伝えておこう。
遅れるよりは、はるかに良いからな。ハハハハハッ。
荷の中身も、いつもと変わらぬな?」
返された言葉は警備兵なりの礼なのか、
商人の瞼をピリつかせるがそれは刹那。
視線は、兵士の身なりを隅々まで舐め尽くす。
そして表情の裏を築かせる事無く、仰々しく頭を下げ言葉を返した。
「あぁ、いつものヤツだよ。
以前の業者は、色々とやらかしちまってな。
そんで家に変わったって訳さ。
これは、宰相様も周知の事だから気にしなくていい。
それでは兵士長さん。これからもご贔屓に」
「そうしたいものだな、ウェリントンの若旦那殿」
ウェイスは御者台に戻ると、何食わぬ顔で馬に鞭を入れる。
静かに動く車輪は、ガタゴトと石畳を弾く様に回る。
ウェイスの瞳に映る風景は、王城の敷地内だというのに廃墟の様相。
その上、深夜だという理由でも違和感しかない冷たく寂しい空気。
兵士でもないウェイスでも、その瞳を商売敵でも見る様に鋭く研ぎ澄ませていた。




