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想いの交錯

街道を彩る白雪は世界から色を奪い豪雪へと変わる。

それはまるで其々の想いを隠すように降り積もった。

街道宿の窓辺には、小さな燭光に二つの影が浮かぶ。

透明度など二の次と言わんばかりの硝子を挟み空を見つめる。

シトシトと降り続けるその向こう。

消えるはずのない太陽はそこに無い。

一方は眉を顰めそれを睨む。

また一方は視線を机に落とし、小さくため息を吐き捨てる。



(あれから、大分経ったな・・・・

 ベーゼン様は・・・あの方は大丈夫よね・・・)



与えられた仕事を終えたからだろうか、

ヨハンの心には主人を想う瞬間があった。

置かれた状況など大きく好転している訳では無い。

むしろ不安要素が増えたともいえる状況。

鈍色の空に映し出される幻影は何を想うのか。

ヨハンは、静かに視線を正面へと戻す。

同じように濁る空へ向けていた視線は今は違う。

交わる視線。

ヨハンに返されたソレは、優しくもどこか自信に満ちている。



「準備は万全ですよヨハネ。

 不安に思う事はあるかもしれません。

 それでも、君はやり遂げたのではありませんか。

 君の頑張りは私も見ていました。間違いなど在りませんよ。

 今は休みましょう・・・・

 これはきっと神からの贈り物ですから」


「贈り物・・・そうですね。

 私も・・・・私もそう思いますハイネス様」



ハイネスの笑みがヨハンを包む。

音を吸い込む世界。

優しく細められた瞳の男は、小さく笑い彼女に告げる。



「二人でいる時ぐらいは不要と言ったではありませんか?

 " 様 " はいらないと、ヨハネ」



時と共に変わっていくモノは多い。

互いの想いが重なるのなら、それは行動もまた重なる。

シトシトと降り続く白雪は、その想いを世界から隠す。

傲慢な秩序は、ヨハンを女主人と同じ心境へと引きづり込んでいく。

秩序の轍から外れた元領主は静かに思う。この優しい笑みを守ろうと。

ゆっくりと流れる灰色の世界。

同じ空は時に色を変え、それらの想いを眺め続けるのだろう。




小さな猫の様な存在は窓を眺め陽にあたる。

女主人は眠気眼でそれを眺め、大きく欠伸。

そこには、彼女にとって少しではない雑務の増加もあったからであろう。

ヨハンとハイネスがエルグリムを発って3か月が過ぎた王都。

それは、ヨハンがベーゼンの元を離れて半年が経っていた。

何も変わらぬ王城。眼下の街もまた気持ち悪いほど平穏。

一方でエルタニア側には何も動きが無かったわけではない。

王都にエルタニアの国王と王妃が訪れたのだ。

娘であるイセリナが拘束された当時は書面による声明のみ。

それが動いたのだ。

王宮の奥で始まる会談。

来訪したエルタニアは、王と王妃、そして彼らの家臣団。

対するは現国王と宰相、そして第二王子とその妃、

数合わせとばかりの宰相の取り巻き達。

一見すると、よくある光景なのだが、現国王以外は一つの思想の集合体。

謁見の間で静かに始まった会談は、エルタニア王からの謝罪で幕を切る。



「ハインリッヒ殿、この度は本当に申し訳なかった。

 これを国家としての謝罪とさせていただきたい」



話し始めたエルタニア王だが何処か違和感がある所作を見せる。

農奴ですら感じるであろう状況は誘導でしかない。

ハインリッヒ王は眉を顰めるも、

それに乗る以外には無いのだろうと小さくため息。

エルタニア王と視線を合わせることなく発せられた言葉は業務的。



「何かお在りか? ハインリッヒとエルタニアの仲ではないか。

 気がかりがあれば申して欲しいのだが・・・・」



王は書記官に視線を送り首を横に振る。

その姿を確認したエルタニア王は、視線を王から妻へ。

視線の先にある存在が違和感の元凶なのだろう。

王妃が王の肩に手を置き寄り添う姿。

親睦の場ならそれも良い、しかしここは公且つ会談の場。

それも、国家間の未来を揺るがす程の内容だ。

しかし、彼らの所作のその原因が ” 娘 ” からくる心労かと思うと、

ハインリッヒ王国から口出しする者はいない。

エルタニア王は、空気を呼んだのか準備していたのか、

表情を変える事無く言葉を続けた。



「ハインリッヒ殿、妻は " アレ " を産む時に体を悪くしてしまってな。

 すまないが、妻にも椅子を願いたいが構わぬか?」



そこに在るのは伴侶への愛。

だが優しさの裏に潜む闇が、その言葉を聞く者に違和感を与える。

王は眉を顰めそれを眺めるも、その尻尾を掴むことは出来ない。

その為、彼の言葉に問答することはなかった。

一拍置き、ハインリッヒ王は小さく頷く。

視線を配下に送り椅子の用意させた。

対するエルタニア王は笑みを返し、妻に腰を下ろす様促す。

何事も無く始まる会談は厳か。

しかし、ハインリッヒに映る仲睦まじい夫婦の姿は、やはり違和感でしかない。

その口から続く言葉もまた同じだ。



「アレの身柄は、嫁ぎ先である貴国にある。

 したがって、我が国が口出しすることは何もない・・・・

 ただ、アレの為に涙を流したルーナの優しさを無下にして欲しくはない。

 我らが望むのはそれだけだ・・・もちろん捜査協力は惜しまんよ」



場の空気がそれを隠していたのだろうか、

罪人としては妥当だろう、しかし身内にしてはおかしい。

しかし、彼らの表情はさも当然の様。

ハインリッヒは眉を顰めたまま、その微かな闇を覗く。



「アレ・・ですか・・・・・・。

 協力いただける事は理解したが、アレとは・・・・

 罪の疑いがある事は変らぬが、それでも血を分けた家族では?」



目の前では、首を振る王妃、ため息を吐き捨てる王。

取り巻き達は、二人の作る空気を拒否、否定をする姿は皆無。

むしろ、懐疑的になる自身がおかしいかの様な空気が漂う。

待てど、エルタニアから返るのはため息のみ。

漂う空気は集団圧力にも似た重さを孕む。

ハインリッヒ王は言葉を飲み込むしかなかった。



「いや、わかった・・・・何かあれば頼む。

 話を続けよう・・・後は宰相からになるが良いな。

 クリーバス、後を任せる」


「はっ、それでは、宰相である私クリーバスが引継ぎし、進行させて頂きます」

 まずは、被害国であるエルニア連合と他国に対する表明から ─────── 」



王ハインリッヒは腕を組み、会の進行を眺めた。

自国の提案に対し、合意以外の無いスムーズすぎる会議。

内容に興味をしめなさいエルタニア王家夫婦。

そんなモノかとも思える光景は、何処か居心地が悪い。

会議は終盤となり、議題は被告人とその夫の処遇。

あれだけ興味を示さなかったエルタニア王家夫妻だが、ここで見違えた。

ハインリッヒは、またかとため息を吐き捨てる他ない。

クリーバスの提示に対し、合わせ示したかの様、合意し言葉を足し固める。



「では、イセリナ妃の収容は、ルイーナ妃の嘆願に基づき、

 引きつづき待遇を変えず、離宮の北塔。

 その夫、ジェラール第一王子もまた共謀の疑いがございますので、

 同宮、彼の無き母君が使用していた部屋で軟禁。

 よろしいですな?」


「構わぬ・・・・先刻もお伝えした通り、アレは貴国の管轄。

 貴国ルイーナ妃の嘆願を叶えられるのであれば、我々が拒否する道理はない」


「では、こちらに陛下のお名前を・・・・・・・こちらですな。」



クリーバスは、席を立ち書面をエルタニア王の元へと運ぶ。

そして、説明した記載場を改めて伝える。

そこには、やはり違和感しかない。

変らぬ視線でハインリッヒ王は違和感を言葉に変える。



「エルタニア殿、イセリナ妃は以前より体調がすぐれないと聞いている。

 ルイーナ妃の ” 姉の身を案じた ” 声に従いはしているが、

 イセリナ妃の解放は、いつになるかは皆目見当がつかん。

 むろん、季節も変わることもあるであろう。

 愚問ではあろうが・・・・良いのだなエルタニア殿」



書類にサインするエルタニア王は、それを終えると視線をハインリッヒへ。

今までの様なエルタニア王から妻へ向ける視線は無い。

一拍ほど間を置き返された言葉は、愚者を見る様に冷たかった。



「・・・愚問ですな。ハインリッヒ王。

 繰り返す様ですまないが、アレは貴国に属するモノ。

 貴国の提案に拒否することはありえぬよ」


「・・・そうか・・・愚問だったか。

 繰り返させて申し訳なかったなエルタニア王、それにエルタニア王妃よ」



儀礼としての謝罪ではあるが、

ハインリッヒ王の表情は、公ではなく子を案じる親そのもの。

対するエルタニア両名は、隠す様に小さくため息。

ハインリッヒ王から視線を外し、言葉を返す王妃。


「ハインリッヒ様・・・・火の無い所には煙は立ちません。

 農奴ですら分かる事です・・・・私は悲しい。

 アレが・・・アレが国同士の関係を悪くし・・・・

 そればかりか、ルイーナちゃ・・さんに心労を与えたなどと・・・・

 ん、んんっ・・・アレに非が無いというのなら、

 それは容易く証明されましょう。

 ましてや、アレも王族に連なるモノ・・・・

 体調がすぐれないからと言って温情など・・・不要です。

 民草に示しがつきません。

 それに、ハインリッヒ王が懸念される程、時間など・・・・」


「・・・・そう・・・ですか」



ハインリッヒに見せた王妃の表情。

それは、母であることは間違いないのだが、

発せられた言葉には公である。

ハインリッヒの顰めた眉は、和らぐどころではない。

ハインリッヒのたじろぐ感情を取り残し、エルタニア王妃は続けた。



「ハインリッヒ王、仮に長引き季節を跨ごうとも、

 アレが潔白であれば神がどうとでもしてくれましょぅ?

 何がアレの身に起ころうと、それが神の下された道。

 我々は毅然と事を公平に扱う。

 それが王族の務めであり、敬神ではなくって?」



質問の様で諭すような言葉遣い。

眉を顰めたハインリッヒの組まれた腕は既に解かれている。

一方の手は、残る腕の肘を支え、支えられた腕は自らの口を隠す。

刺さる様なエルタニア王の視線。

ハインリッヒは同じように視線を返す事は出来ない。

無意識にため息は喉元を離れる。

それは向けられた二人の想いからだろうか。

それとも、王妃のソレに籠るモノが憎悪にも似ていた為だろうか。

夏だというのに異常なまでに静かな空間。

カチカチと魔導具の音だけが耳に入る。

嫌な空気なのだろうが、それで気を揉まれる者は居ない。

宰相は、場を纏める様に会議を終えた。

その後、エルタニアの両名はルイーナと面会。

そこに在る姿は、先ほどとは別家族なのかと疑問すら浮かぶ程。

声の届かぬ孤塔は夏だというのに冷たい風が吹きつけていた。




天井裏から廊下へ。そして、窓から風を追う。

小さな猫はトコトコと歩く。さも獣の様にトコトコと。

観る者に癒しを振りまき進む小猫。

ひょいっと窓の桟から城壁の上、そして屋根へ。

一見足場など無い場所なのだが、

小猫にとっては、手が一つ分収まる縁がある。

尻尾を立て優雅に歩く小さな姿は、慣れたの順路をトコトコと進んでいく。

手を振る侍女たち、笑み浮かべる強面の兵士、いつもと変わら日常だ。

トタッと静かに着地する小さな猫だが、その着地先は妙に柔らかい。



「ぐぶっ・・・」



あからさまに何かに乗っているが、場所を間違ったわけではない。

小猫はチョコンと座り顔を洗う。

だが、そこには姿に合った猫らしい表情は無い。

眉を顰めた猫は手を止める。

猫の視線は柔らかい地面。

次の瞬間、体を小さくし力強く柔らかい大地を蹴り飛び上がる。



「ぎゃぁ・・・・やめてよっラスティ・・・昼っ寝なんだから・・・」



二度、三度と繰り返される跳躍と対になる声は会話にならない。

4度目ともなると、猫に返る言葉には揺らぎない意志が籠る。



「やめてって言てるじゃん・・・もうっ! 起きてるでしょ!」


「ラスティは働いたもん。 ベーゼンだけズルい」



5度目の跳躍は、魔力によって阻害。

着地することは叶わず、強引に抱きしめられる。

猫の悲鳴と共に映るのは、一見可愛いく見える猫を抱く女性の姿。

しかし猫の後頭部では、おそましい小さな吸引音。

ベーゼンは体勢を整え椅子に掛ける。

そこには、不本意とでも言いそうな表情を残すベーゼン。

ゆっくりとラスティを顔から放し、机の上にそっと下ろす。



「ハァ・・・やる事も無いし、待つのは暇なの。

 寝てたっていいじゃない・・・・で、どうだったの?」


「えとね、 ──────────── 」



小さな猫は、王たちの会談を身振り手振り大きく伝える。

それは人形劇の様であり、ベーゼンに新しい楽しみを与えた。

話し終えた猫は、皿のミルクをチョロチョロと飲む。

半刻もするとベーゼンの部屋は、彼女のひとりごとで埋め尽くされた。

何か誰かと話している様だが、それが会話なのかどうかは外からでは判らない。

ひと昔前であれば、扉を叩かれ煩いとどなられていただろう。

しかし彼女は、よくいる軟禁貴族ではない。

兵士然とする彼らでもやはり人の子。

怪我もすれば、病もする。そこは神も平等扱いなのだろう。

扉の外で聞こえる小さな嘆きや愚痴を、暇なベーゼンが逃すはずも無い。

暇を持て余した魔導士は、その魔力を工業から医療へと変化させる。

自己流以外の何物でもない民間魔導療法。

いつかの記憶は東洋西洋入り乱れ、病める兵士や侍女たちの体を癒す。

それは噂となり、人の流れを生み、彼女の評価を変え、感謝と言う絆を生む。

気が付けば、 " 魔工廠に巣くう魔女 " と呼ぶ者は減り、

多くの者は "魔工の聖女" と呼ぶ様に変わっていた。

その評価は、意外にもベーゼンの癖である独り言すら浄化。

兵士達の間では、部屋から聞こえる彼女の言葉は神への感謝、

国の未来を願う祈りととられた。

イメージとは怖いものである。

神への感謝(ただの独り言)を終えたベーゼンは、顎に手を当て頬杖をつく。

壁に向けられた視線は、視点など合っていない。

囚われの聖女は。新たな策を文へとしたため鳥を飛ばす。

群鳥は強い風に煽られながらも、大空へと溶け込んでいく。

その先では、青々とした山々を重い雲が包んでいた。


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