仄暗い水の中へ
東の空が青黒く染まる頃、西の空は焼ける様に赤い。
肌寒く変わった風が悪戯に頬を撫でる一方で、領主館は活気に満ちていた。
仕立ての良い馬車が、領主館に横付けされている為だろう。
人の流れは2つ。
一方は領主館の正面扉など気にせず裏口へと急ぐ。
その波に指示を出している壮年の男は、調理の為だろうか白を基調とした姿。
顔には深い皺、白髪交じりで野獣かと見誤る程の髭、
一方で髪など不要とばかりに光る頭皮。
言葉遣いなど丁寧とはかけ離れ蛮族そのものだ。
しかし、蛮族も人である。理性も知性も持ち合わせている。
よって、礼節をわきまえている。
彼の対面には、脂がのった笑みを向ける男が一人。
スキンの蛮族は、受領書らしき書類から視線はずし、部下たちに指示を出す。
「おめぇら、ちゃっちゃと運ばんと腐っちまうぞ!
魚は直接調理場だ。あとは、貯蔵庫だ。
今日必要なモン以外は貯蔵庫にブッこんどけや!
そういや、果物もあったか・・・・そしたら ───────── 」
「「「へぇーい!! / はーい!」」」
傍から見ていても気持ちのいい動き。
それを観せられた豪商もうんうんと頷かせる程だ。
指示を終えると蛮族風の料理長は豪商に頭を下げた。
「モーガンさん、こんな良いモンばかりを回してもらって、いつもすまんな」
厳つい笑顔を向けられたる脂ぎった笑顔。
一見綺麗なモノでは無いのだが、旧知の中の様な姿が無駄に眩しい。
それは互いに仕事であって遊びではないからなのか定かではないのだが。
「いいんですよ。私共と領主様、ベーゼン様の仲。
同じ額なら良客により良い物を回すものです。
それに、料理長にも良い物を頂いていますしね。ハハハッ」
豪商の裏の無い笑いに、光り輝く頭皮を叩き照れを隠す壮年料理長。
いやいやと謙遜しながら出る言葉は、その顔には似合わない。
「俺は何もしちゃいないさ。
家内やらオルガさんの指示を続けてるだけだ。
それに、アレを考えたのはベーゼンお嬢様だぜぇ。
俺ぁ何もしちゃいないさ。
だた作って、礼って言いながら渡すだけだ。ハハッ」
謙遜合戦は始まるかと思いきや、豪商はやはり褒めるのみ。
しかし、続いた言葉は詐欺師のさ行ではない。
「料理長の腕は王都でも十分以上に通用しますよ。
あの菓子だって、儂も妻もベーゼン様に頂いて以来首ったけ。
それに王都で同じものを求めれば、どれだけ待たされるか分かりませんわ。
時ほど高い価値のある物は有りませんからな。ハハハッ」
料理長の照れ隠しは止まらない。
光る頭皮は、その腕力で紅葉状に赤くなる程。
互いが解放されたのは、其々の部下からの声があってからの事だった。
「ガンビーノ料理長、失礼いたします。
お館、領主様との会議が控えておりますので・・・・・」
「パ・・料理ちょ~、アタシが捌いちゃっていいよね~!」
二人は、互いに頭を下げ其々の作業へと戻る。
一方は、対外に品良く映る所作。
もう一方は、やはり山賊かと思えるほどのが鳴り声。
「問題ない様ですね。では、こちらは皆で美味しく頂かせて頂きますよ。
それでは、失礼致しますガンビーノ料理長」
「あぁ、いつもすいませんな。
これ以上あんたの足を止めちゃわりいし、俺も急かされてるみてぇでね・・・・
セドリア! オメェの腕じゃあまだ早えよ!!
グロリスか、シーマは居ねえのか?
いやぁ俺の豚児でして、センスはイイんですがね、ハハッ。
これで失礼しますわ」
領主館正面ロータリーは少しずつ穏やかな姿に戻る。
それは音だけではなく人の流れも含めて。
その一方で調理場の活気は最高潮。
無駄口の無い戦場は、包丁や料理器具、そして指示を飛ばす声だけが響く。
しかし何枚かの壁を挟んだ先では真逆。だが本質は変わらない。
静かな空間では領主と豪商、そして来客が話題を進めていた。
主に話題を振るのは来客の二人。
合の手かの様にタイミングよく情報を追加するのは豪商だ。
「 ──────── となり、ベーゼン様のお考えに沿う形になりそうです。
また、ベーゼン様からの書状は先ほどお渡しした物が全てになります」
「私も、ベーゼン殿の考え、ヨハン殿の知見から賛同しました。
・・・・正直、私自身が救われたのですがね。
とはいえ、真実は何処にあるのか判りません。
主観が多少有れど、状況証拠、論理立てた仮説どれも納得できる。
結果がどちらに転んだところで後悔はしますね。
しかし私は何も行動を起こさないよりは寝覚が良いと考えました。
ヴィアファブリック卿・・・彼方にも熟慮の上で良い答えを頂きたいですね」
「アイネス様、家の愚息の情報でも概ね同じ見解です。
今時のエルタニアは外交に注視しつつも、金属需要が高まっていますな。
数年前に嫁入りをさせたにしては、少しきな臭い動きですぞ・・・・
まあ、” きな臭い ” は儂の意見であって状況ではないですが」
3人から出る説明、意見に若き領主は頬杖をつき顎を触る。
それは、ヨハンの主人がよく見せた光景に酷似する。
アイネスの視線は、妹から家長あてに送られた手紙、
そしてウェリントンの家紋の入った書類を飛び交う。
部屋を包む静けさは、時を刻む魔導具、
そしてかすかに聞こえる調理場の音を沈めていく。
時を刻む魔導具の最も細い針が数回天辺を過ぎた頃、
アイネスは小さく咳払いし、視線を3人へと返した。
「ハァ・・・・なんともね。
ベーゼンは、いつも抱え込むし、碌手も無い事を持ってくる・・・
まったく・・・昔のままだね。ハハッ。
ヨハン、ベーゼンには手紙に従うと伝えて欲しい。
もちろん、この手紙も誰の目にも止まらぬ様に処理したと伝えて。
あと・・・・こっちの事は気にするなって伝えて。
僕は君の家族であり兄だって・・・故郷は守るよ。
僕達はベーゼンの敵に回ることは無し、何が起きても迷惑なんてないってね」
「はい、畏まりました。アイネス様」
アイネスは、ヨハンの返事を聞き終えると笑みを返し頷く。
そして魔力を高め小さく詠唱し、ベーゼンからの手紙を青い炎で包む。
一瞬、ポッっと音がしたかと思うと手紙は灰も残さず消えた。
続くのはアイネスの笑みと声。
「ねっ・・・これで完了。
まったく、珍しく手紙が届いたから保管だ~って思ったのに。
碌な内容じゃないよ・・・そろそろ妹離れの時かな。ハハッ」
そこ言葉に2人の男性は苦笑い。
一方でヨハンは、ハッと残念そうな表情を浮かべたが、理性がそれを刹那とした。
そんな事は差し置き、ハイネスは目に力を籠めアイネスに声を掛ける。
「良い判断ですよ、ヴィアファブリック郷。
いや、アイネス殿。
と言いたいところですが、後の世で共にそうあったと言える様に動きましょう」
言葉を受けたアイネスは、笑みを浮かべ手を差し伸べる。
互いに手を取り強く握りしめた姿は、さながら絵画。
誓いを立て、共闘を誓う官軍の将である。
その姿は、ヨハンにも何処か誇らしく思えた。
一方隣で頷く豪商もまた笑みを湛えるが、その瞳は鷹の様に鋭い。
しかし、その口からは物腰やわらか。
どの立場でに対しても棘は無く感じられる。
「良いですぞ!良いではありませんか。
エルグリムとヴィアファブリック。
救国の英雄・・・すばらしい。
私共は影ながらご助力致しますぞ。
なにせベーゼン様の導きもありますからな。ハハハハッ!」
これが其々の未来を大きく変えていく会談になっていた事は、
ヨハンの思考範疇を越えていたのだった。
重要な話し合いを終えた4人は、希望を抱きモーガンの用意した食材に舌鼓をうつ。
希少だが、その身は大きく銀河を切り取った様な体色の魚ラウドトラウト。
見た目とは裏腹に味は繊細かつ癖の塊。
その為か、貴族たちの間では評判は良くない。
窓の外では、青白い月が魚が深みへと消える様にゆっくりと山影へ沈んでいった。




