故郷の残り香 想いと記憶
小さな騒ぎを収めるべく待ち人は到着する。
遠くで囀る小鳥たちの声も相まって彼の印象は " 癒し " そのもの。
一見優男に映るのだが、二人は彼を知らぬわけではない。
優男は頭をかきながら兵士達の輪へと入っていく。
「いやぁ~ごめんごめん。
気が付いたら日が昇っているじゃないか。びっくりだよね。ハハハッ・・・
んんっ、これが新しい目録かな。
忙しくさせてしまってすまないね。ハハッ。」
「はぁ・・・ご苦労様です。アイネス様。
では、我らは作業にかかります」
「うん、頼むよ。
それが終ったら休んでくれ。
交代はすぐ来るからね」
アイネスは視線を門兵から胸を撫で降ろす豪商モーガンへと向ける。
その表情は重ねた歳と容姿が相まって、
見る者によっては恐ろしく惹きつけられるだろう。
「いやぁ~面目ないね。僕が頼んだ物なのに迷惑をかけてしまった。ハハッ」
「・・・・・そのようにございますな」
豪商の鷹の様に鋭い眼差しがアイネスを襲うが、彼にはどこ吹く風。
アイネスは口元を緩めたままモーガンへと近づき手を差し出す。
対するモーガンの表情は何かを察したのか、それともいつも通りなのか、
豪商は眉を顰めジトッとした表情から一転、商人のそれよりはマシな笑みを返す。
「アイネス様であれば不要。
しかしこれも貴族の面子と言うヤツですな。
儂も商人の端くれ、出された物は頂きますぞ」
「ハハッ、そんな大そうなモノじゃないですよ。
急な依頼に対する礼? 違うね・・足止めしてしまった詫びもかな。
そんな感じのヤツだから貴族の面子じゃないよ。
でっ、落ち着いたら館に頼むね。時間は調整するよ」
「はい。 積もる話もございますからな。
それと、この度は・・長子を同席させて頂きたいのですがよろしいですかな?」
モーガンは表情に暗雲を浮かべつつも、笑みに満ちたアイネスに問う。
返る答えは二つ返事と言うほどではないが以前よりは穏やかだ。
「んん~・・・そうだよね。彼の仕事だったか。
妹が許したのなら僕が拒絶する道理は・・・無いよ」
「では、今夜の夕食時にでもいかがですかな?
ラウドトラウトの良い物も仕入れてございますので是非」
会話だけでは彼らの表情は闇を孕んでいそうなものだが、
しかし実際は真逆だ。
気の知れた知人同士が釣果を報告し、御裾分けでもするかの様。
互いの笑みはここが検問の場であることを忘れさせるほどだった。
その為だろうか、気の緩んだゴロツキの一部は門兵へ対応を間違え連行されている。
ヨハン達は連行される者の情けない叫びを横目に列を進めた。
列はゆっくりだが着実に進む。
時に野太い叫びがあり、時に慈悲を求める懇願。
問答にも似た勧誘の様なモノすらある。
時は進むもそれに見経った列の進みではないが効率が悪い訳では無い。
陽が一つ分に天辺に向かう頃、ヨハン達は番を迎えた。
「次の者、身分を証明する物はお持ちか?」
片田舎の町の門兵にしては言葉が丁寧な事にハイネスは目を見開く。
しかし、一拍置き何か納得をする表情へと変わった。
それもそうだろう。あの二人を輩出した領地だ。
不思議なことは何も無い。
小さく笑みを浮かべたハイネスは門兵へ文官長である事をを示す首飾りを提示。
そして名前を告げた。
「ハイネスだ・・・・ハイネス・エルグリム。
この度は、エルグリム領も国も関与はない。
私的な訪問だ。領主へもそう伝えてくれないか」
兵士は彼の言葉と提示する物品で表情は不信から警戒へと変化。
とは言え、相手は文官長の一人、国そのものともいえる存在だ。
頭を下げ丁寧にハイネスを門の内へと案内。
続くのはヨハンだ。
ヨハンはベーゼンに託された文を門兵に手渡し、身を明かす。
「私はヨハン。ベーゼン様の侍女だ。
ヴィアファブリックへは文を届ける為に来ている」
門兵は出された文を手に取ると封の家紋を確かめ納得するも表情は暗い。
ヨハンに返る言葉はその表情と同じだ。
「ベーゼン様の文ですか・・・確かに家紋は我らが領地の物なのだが・・・
このご時世ですので、貴女の身柄を証明するに値するかはまだ怪しい。
それに、ベーゼン様の侍女であれば女性のはず・・・
一人旅で・・・その服装も・・・確かに男にしては綺麗な顔だが・・・
いや・・・失礼した。」
舐めるような視線がヨハンを襲う。しかしそこには下卑た下心など皆無。
だた職務を全うしているに過ぎず、続くのは兵からの問い。
「ではヨハンさん、この文はベーゼン様本人より預かったという事で間違いないか?」
「ああ、勿論だ。
ベーゼン様が私に託された物。
内容の検めは控えて欲しい。直接領主へ渡すものだからな」
長らく土地を離れた事が招いた事態なのだろう。
ヨハンの顔見知りの兵などいない。
想定はしていたが、やはりかと思わせるだけの時間は過ぎている。
一方で二人のやり取りに痺れを切らすハイネス。
幾度となく仲介に入ろうと視線を向けるのだが、
ヨハンはそれを視線だけ送りそれを制止させる。
陽は更に一つ分進み、別の列は半分ほど掃ける頃だろうか懐かしい声が問答を止めた。
「えぇ~やっぱりじゃん。ヨハン? ヨハンだよね?」
問答に割り込む声は門兵の視線をヨハンから声の主へと移す。
門兵の表情は何処かホッとしている様にも感じられた。
「兵士長。お知り合いで?」
「うん、たぶんね。
あんたヨハンよね? あたしの事覚えてない?
ん~・・・アイネス様に憧れて兵士になった・・ほら‥ねっ?」
女性の様に高く柔らかい声の兵士長は兜を脱ぐと纏められた髪がその背を流れる。
ニッっと笑う表情は惹かれない者など少ないだろう爽やかで愛嬌の塊。
忘れ様が無いはずのそれなのだがヨハンは違った。
怪し気に親しみのあるニカッとした笑顔に眉と目を顰める。
「いや、すまないが覚えがない・・・・誰だ貴女は?」
その反応に女兵長の表情もヨハンと被る。
しかし女兵長の口元はへの字だが、それはすぐに開かれた。
「いや、ちょっと・・・ほら。
ってか、この状況でそれって無くない?
あんたらしいっちゃ、そうだけどさぁ・・・」
女兵長は前髪の一部を片手で纏めるとまた笑みを浮かべる。
しかし、やはりと言うべきか少しがぎごちない。
それを見つめるヨハンの表情がそうさせるのだろう。
「ね?・・・・ほら」
ヨハンは腕を組み、主人の様に記憶の海へと意識を落とす。
それは現実で十数秒だろう。
ハッとするヨハンは、目の前のぎこちない笑みを浮かべる女兵長へ頭を下げる。
「すまない、名前を教えてくれ。
私は仕事上、記憶を消す事があるんだ。
貴方からは悪意を感じない。本当にすまないが頼む・・・」
「・・・・はぁ・・・・・アンタ、本当に変わらないわね。
ソレイヌよ・・・ほら。猟師の娘のさ・・・覚えてないの?」
悲しみの満ちた瞳と閉じられた口。
流石のヨハンでも心にじわじわと痛みを伴うほどだ。
その影響は普段冷静を保とうとするヨハンを動揺させる。
とは言え、今でこその冷静さだろう。
その姿を眺めるハイネスはどこか懐かしさを感じている。
一瞬の間がさらに重い空気を呼ぶが、腕を組み悩むヨハンはハッと手を叩く。
そして、ソレイヌの手を取り笑みを浮かべるもぎこちない。
年月は、互いの見た目、立ち振る舞いを変え別人に見せるのだろう。
しかし、想いは眠る記憶を呼び起こす。
美談の様だが、互いに胸を撫で降ろす姿は滑稽とも言えた。




