世間体なんて邪魔なだけ
カトラリーが奏でる小さな音が、かすかに聞こえる部屋。
無駄と思える程に広い空間に二人。
迎えられる側としての慣れなどヨハンには猫の額ほどしか無い。
対面に見える家主の表情を伺いつつ彼女の口は開く。
「ハイネス様、昨晩の続きになるのですが・・・ベーゼン様は動くと思います。
しかし・・・・」
言葉に引っかかりを残しヨハンの口は静かに閉じる。
それに合わせたかの様にカトラリーたちの音色も消えた。
一瞬の沈黙には圧力はない。
その流れた時間を追う様に、返された男の笑みはヨハンに拠り所を与える。
「ヨハン殿、解っていますよ。
貴女の考えは正しい。私もベーゼン様ならばそうすると思います。
その為に、貴女を寄こしたのでしょう?
とは言え、私でない貴族では大問題ですよ。フフッ」
「そう・・・ですよね。申し訳ありません。しかし・・・・」
「いや、いいんですよ。私はこれが正解だと確信しています。
貴女の行動も正しい。 何一つ間違ってはいないはず。
フフッ。断定はできませんが私はそう思っています。
それに王都から追放された私などを頼っていただけた事が嬉しい」
一瞬苦虫を噛む様な表情を浮かべたハイネス。
だが、それを繕う様にハニカム表情は、ヨハンには心地よかった。
朝食を済ませ続く会話は状況整理と問題の洗い出し。
時折俯くヨハンにハイネスは王都と変わらない対応をする。
そこに先程の様な安らぎは無い。
「───────────── と考えています。
ですので、文のお出し致しますのでそれに合わせていただければ・・・」
「ヨハン殿、言っていながら矛盾や無謀に気付いているではありませんか・・・
"従者たるもの確証無き情報は伝えるな、実行するな”
とお伝えしましたがお忘れに?」
「いえ・・・・覚えています。
覚えていますが・・・私では、これ以上どうにも・・・」
「んっんん・・・失礼。
貴方はここに来ている。それは私に情報を届ける為だけですか?
私は、先ほど食事の席で貴女に伝えました。
こんな私でも頼られて嬉しいと・・・・」
床を見つめるヨハンの視線は恐る恐るハイネスの表情を探る。
あるのは言葉とは相反する悲しみ。
返す言葉はヨハンには無い。
それは、社会の業がそうさせる。
言葉にしたら大した事の無い信頼であり頼みなのだが、
それを言える立場がヨハンには無い。
場に漂う沈黙は先ほどの様な心地よさは皆無。
嫌な空気だけが広がる応接間。
時を刻む魔導具の音が遅く感じたその時、ハイネスの声が優しくヨハンを包む。
「ヨハン殿、知っての通り私はこんな性格です。
ですので、貴女ならお察しかと思っていました。
申し訳ありませんでした・・・・」
「ハイネス様、やめてください。
私の様な下女に謝罪など・・・・ハイネス様が謝る必要など!」
領主の謝罪を止める為にヨハンの口調は感情につられ荒くなる。
それを聞くハイネスは、静かにそして優しく首を左右にゆっくりと振った。
「ヨハン殿、私は貴女を認めているのです。
ベーゼン様の侍女である貴女は、いわば同僚と同義。
貴女が考える程、格差など無い・・・・
先ほどもお伝えしましたが、貴女に頼られて私は嬉しかった。
貴女は一言言ってくれればいいのです。
領地など父や兄弟がどうとでもできます」
「しかし・・・私はだたの侍女・・・ベーゼン様もそこまでは・・・」
「はぁ・・・私は貴女達を謀反者にはしたくありません。
それに私の親書などでは貴女を信用る者は少ない。
逆に利用されてしまうのが落ちでしょう」
「それでも・・・・・・・」
ハイネスは、俯き言葉の途切れたヨハンにため息をつき頭をかく。
そして扉に向け声を投げた。
「爺、旅支度を頼みます! 私は出ますよ。
父上には、領地の運営を頼むと伝えてください。」
「はい承りました。
旅の準備は出来ておりますので後の事はお任せを」
珍しく張り上げられたハイネスの声。
それはヨハンの背を一瞬ビクンとさせる程だった。
だが、二人の空気は変わらない。
嫌味の様に戻る重苦しい時間。
だが、それを払ったのは声色を戻したハイネスだ。
「ヨハン殿、聞こえましたね。
私も同行いたします。よろしいですよね?」
「しかしそれでは・・・・王の命令が・・・」
「ジェラール様が軟禁では無く監禁であれば、それに仕える者は解放を願います。
私は王の従者ではない・・・・それに・・・・・」
「それに・・・・?」
ヨハンの視線は、床からハイネスへゆっくりと探る様に動く。
しかし、その動きが止まるまでに大した時間は必要では無かった。
床に片膝をつき、視線を合わせる様にヨハンを覗くハイネスがそこにあったからだ。
「貴女の力になりたい・・・ではダメですか?」
「私は・・・・・お願いしますハイネス様」
一瞬の沈黙、そして交わされる笑み。
ぎこちないやり取りは互いの主人に似たのだろうか。
しかし、やはりハイネスと言ったところだろう。
空気は明かりが点く様に切り替わる。
「では、これから旅路を話しましょうか。
路銀は・・・・・どうとでもなりますね。
まずは、ヴィアファブリック領を目指しましょう」
「・・・はい。
では、文が必要ですね。準備はしています」
「それは素晴らしい! では魔導具で転送しましょう・・・
次は─────────」
二人の話は水を得た魚の様に活き活きと進む。
太陽は東の空を後に西へと踏み込んでいた。




