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献身領主の小さな利己

東の空を少しずつ昇る陽に照らされ、疎らな人波を縫う様に進む一人の冒険者。

特徴的なはずなのだが印象に残らず、子供たちの視線にさえも止まらない不思議。

しかし影の薄いその者の足取りは、彼女を知る者が見れば何処か軽い。

その姿は見様によってはぎこちなくも映る。

押し殺す表情からも感情と思考の葛藤であるのだろう。

ヨハンは様式美を具現化した様な大きな門の前に着くと小さく深呼吸。

一瞬斜め上に視線だけを向け、直ぐに足元へと落とす。



「フゥ・・・忘れ物は無い・・・よね。

 なんだろ・・・ただ、ハイネス様に会うだけよヨハン。

 そう、ただのハイネス様。畏まる程の事など無いじゃない・・・ヨシ!」



小綺麗な身なりの冒険者はブツブツと主人の様に独り言。

表情豊かなそれを終えると自らの両頬を軽く叩く。

意を決し進む姿に門兵は一瞬たじろぐも次の瞬間それも消えた。



「何用だ。ここは領主の住まう館、約束無いものは立ち去れ!」


「・・・予約・・・・予約はしていないが、私はヨハンという。

 ベーゼン・ヴィアファブリック様の使いでこちらに来たと伝えて欲しい。

 できれば、今会いたい・・・・

 温かいうちに届けたのだが・・・頼めないだろうか・・・」



ヨハンは、バケットに掛った布を少しだけ捲る。

湯気は確かに上るが、その捲られた場所からではないだろう。

訝しそにのぞき込む門兵の表情は警戒以外はない。



「それは、私も頂いても良いのか?」


「はい、こちらは休憩中にでも検めていただいて構いません。

 守衛様への差し入れですので、後ろめたいのもではありません」



ヨハンの余所行きの笑顔に背を押される様に表情を嬢を和らげる門兵。

明らかに目じりは下がっているが、口元だけは必死に職務を全うしている。



「では、冷めてしまっておるこちらは領主様に出すには忍びない。

 お言葉に甘えて私達でいただこう。

 あちらに詰め所があるので、そこでしばし待て」


「はい、それでは失礼します」



バケットからは日に照らされ金属質の光が反射した。




ヨハンは門兵に見送られ、領主の館に隣接する詰め所でしばし待つ事に。

数名の衛兵が休憩する空間。

王宮のそれとは違い、どこかヴィアファブリックを感じさせる。

最初こそヨハンへの視線は有ったが、それも直ぐに無くなった。

ヨハンの意図した雰囲気だろうか、それとも人間とはそんなものなのだろうか。

椅子に浅く掛け目を瞑るヨハンだが予想は外れた。

陽が西の空へ向かうだろうと想定していたが一刻待つ前に事は起こる。

詰め所の扉を叩く打音。

無駄だろうが嫌味の無い丁寧なそれ。

どこか懐かしい王宮で聞きなれた彼の音。

一拍置き聞こえた声にヨハンの閉じた瞳は開く。



「私です、入りますよ」



詰め所の雰囲気は一気に変わるが、それは畏怖やその場しのぎのそれでは無い。

兵士達は姿勢を正す。そこに着席している者は1人もいない。



「「はい、ハイネス様!」」



丁寧な所作で開かれる詰め所の扉。

軋み音など無く、伊達に彼の屋敷ではないといえた。

続く領主ハイネスの声は兵士達の緊張を解く。



「いつも通りで構わなですよ」

 

「「はっ!」」



空気は元に戻り兵士達の団欒がまた始まる。

それは、心地よい町の喧騒の様でいて領主の会話を邪魔する物では無い。

ハイネスは、ヨハンの前に立つと一瞬笑みを浮かべた。



「ヨハン殿、元気そうで何よりです。

 おや、素敵な髪飾りですね。紅の色といい貴女を引き立てている。

 良いセンスたと思います・・・しかし顔色がよ・・・いや」



ハイネスは、久しい友人にでも会ったかの様に言葉を続けるも、

ハッと我に返り咳払いし自らを諫めた。



「んっんん・・・・長旅でしたね。さぁ向こうで話を聞きましょう」


「はい、ハイネス様も・・・元気そうで何よりです」



二人の空気に一部の衛兵の表情も緩む。

しかし、空気を読んでいるのだろう。

衛兵達は、 い(・)つ(・)も(・)通(・)り(・) を続けていた。

二人が詰め所を後にすると兵士達の声は少しだけ大きく変わる。

話題は日々のモノでは無く、領主の恋模様だろう。

理解するハイネスは、ため息を小さく吐き捨てるといつもの表情へと戻った。

後ろでは、少しだけ俯き、着き従う様に歩くヨハンの姿がある。



「すみませんね。この様な田舎町では娯楽など色恋と祭事ぐらです。

 そう言えば・・・門兵への心付けは感心しませんね」


「あっ・・・いえ、すいません。

 急いでいた・・・・とはいえ、ハイネス様の領地で・・・」



ヨハンからは前を進むハイネスの表情は伺えない。

背筋を正し、平民から見ればキッチリとした姿勢。

貴族からすれば堅苦しい程に整ったそれ。そこに感情の出る余地は無い。

しかし、返された言葉は彼にしては意外だった。



「いや・・・いいんです。

 こんな状況では・・・私の方が、貴女に謝らなくてはいけませんね。

 謝らせてしまい、すいません。

 癖・・・ですかね。

 ” 王族の側近として " などと育てられた影響ですか・・・

 いや、こんなこと・・・なんでもありません」



首だけ向け一瞬見せる表情。

真面目だが悪戯。

血色こそ良いとは言えないが、いつもの彼がそこには居た。

ヨハンは表情こそ崩さないが、少しだけ足取りは軽く変わる。

会話は弾む事など無くいが、空気は思いのほか軽い。

ヨハンにとっては、むしろ居心地は頗る良いと言えた。

応接間へ着くと二人。

彼はヨハンの知るいつも通りの所作で椅子を勧める。



「どうぞ、ヨハン殿」


「はい・・いえ、領主が客の席を引くなど・・・おやめください。

 私は、ベーゼン様の様に貴族でなければ、ましてや王族ではありません。

 ただの・・・ただの使用人です・・・」


「おっと、これは・・・習慣とはおそろしいですね。

 しかし・・・・貴女に礼儀を持ちたい事は本心ですよ。

 人は、大切にしたい相手には礼儀を持って接したいと思うモノ・・・

 実際・・・・んっんん、いや、やめましょう。

 さぁ、疲れたでしょう」


「あっ、私が淹れます。

 ハイネス様は領主なんですから座っていてください」



ヨハンは、それが普通である様に席を立ちポットに手を伸ばすハイネスを制止。

彼の作業を奪う様にポットを手にした。

見た目こそ冒険者だが、立ち振る舞いだけは王宮侍女やメイドだろう。

それを眺めるハイネスの表情は明るい。



「ヨハン殿、すいませんね。

 身の回りのものは、父上の屋敷に出しておりまして・・・

 私一人の為に・・・いや仕事なのですが・・・・難しいものですね」



苦笑いを浮かべるハイネス。

一方、ティーカップを差し出すヨハンの口元は優しく緩い。

注がれる紅茶の音、広がる香り。

何処までも優しい時間だけがそこにはあった。



「どうぞ、ハイネス様。

 それと・・・これ、お好きでしょ?」


「ありがとうヨハン殿・・・・これは!

 街のパン屋のモノですね・・・・確か今の店主はエラさんだったか。

 私はあの店のこれに目が無いんですが・・・・

 " 貴族たる者 " と家の者に名家の物を用意されてしましましてね。

  フフッ・・・頂いても?」



子供の様な笑顔を浮かべるハイネス。

それは、王宮では決して見た事の無い表情だ。

そこに生い立ちや血筋の闇を感じてしまう。

しかし、それ以上にヨハンへ笑みを与えた。



「勿論です。 ハイネス様の為にお持ちしたんですから。

 温かいうちにお召し上がりください」


「ありがとう。

 では早速・・・・・・・これは美味い!

 いや、美味しいですね。

 それに紅茶もいい。

 本当にありがとう。ヨハン殿」



ヨハンは、空いたハイネスのカップに紅茶を注ぎ終え席に着く。

目の前では、少年の様な明るい表情を浮かべ舌鼓を打つハイネス。

童心の青年を眺め、笑みを浮かべるヨハンだが、ふと我に返り表情を戻した。



「んっんん・・・・ハイネス様、それでは本題に入りますがよろしいですか?」



空気は重くは無いが、和やかなモノから一転。

王宮での二人のやり取りの際の空気へと変わっていく。



「これは、すまない。

 んっんん・・・それでは、はじめますか。

 この度の訪問の意図を聞きましょう」


「はい、私は ────────────────────────── 」



ヨハンの口から伝えられるベーゼンの考え。

そして、ヨハンの調査した内容の一部。

腕を組み頷き、時に内容を確認するハイネス。

太陽は西の空に沈み、青々とした月光が窓辺に差し込んでいた。


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