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引きこもる才媛

王都は珍しく白く彩られ、何も知らない子供たちの弾む声が響く。

商店街から王城へと続く石畳を一人粛々と登る一つの人影。

彼女は背に浴びせられる鐘の音を睨む。

口から洩れる息は白いが、その言葉は皮肉めいて黒い。


「もう昼だというのに・・・

 遅れたのなら鳴らさなければいいモノを。

 しかし、ここまで結託していたとは碌なモノでは無いな」


さえない町娘にも男性門兵のウチの一人にも見える彼女。

いつものメイド服とは、色こそ似通っているが華やかさは皆無。

化粧もそれに合わせたように色を押さえ、あえて印象を地味にしていた。

ギュッギュッと浅い足跡を残し主人の元へと進むヨハンは人混みえと消えて行く。

城門を横目に魔導研へ向かい、入ることなくそれを過ぎる。

目の前には彩り程度に植えられた木々。

ヨハンは辺りを見回し、外壁を器用にそして颯爽と駆け上がった。

城の屋根まで上がると、軟禁の為彼女に与えられた部屋を目指す。

彼女の通り過ぎた後には足跡は無い。

原理など、魔術ですと言われれば納得せざるおえない。

だが、暗殺を生業とする者達であれば鼻で笑う言い訳だ。

目的地に着くとヨハンは、影を残す事無く部屋へと飛びこむ。



「ニャ! ヨハンいつ戻った? 探したんだよ」



小さく可愛い悲鳴が部屋に響く。

だが、大半は羽交い絞めにされ口を押さえられた為か辛うじて聞き取れる程。

傍から見れば、モブ娘が小さな猫を抱きしめているだけ。

しかし、会話の内容は穏やかではない。



「ラスティ、私は朝からここに居た。

 お前が寝ぼけて見つけられなかっただけだ・・ぞ」



羽交い絞めにされた小猫の様な存在は、脚を振りまわし器用にも逃れる。

それは、完全に拘束したと確信しているヨハンを驚かせる程だ。

チョコンと床に座る猫は、視線を合わせる為机に飛び乗る。

この小さな存在は、自然な存在ではない。

ヨハンの主が暇を持て余し、趣味を奇跡の領域に昇華させた結果だ。

神族の毛玉から生成された存在だからこそとも言えなくもないのだが。

そんな存在は、顔を洗い終えると耳をピコピコとさせならが小さな口を開く。



「ベーゼンが呼んでたよ」


「ああ、わかったよ。 私もベーゼン様に報告があるからな」


「ん~・・・今日のヨハン、いつもと違うよ? なんか、トゲトゲしてる。

服もヒラヒラしてないし・・・男っぽい? ヨハンは男なの?」



小首をかしげる小猫に背を向け衣装を変え化粧を整える。

視線を返す事無くヨハンは彼女の問い掛けに言葉を返した。



「私は女性だよ。 それに見た目が変わった所で本質は変わらないさ。

 口調は・・まぁ仕事だ・・・ ” 仕事です ” の方が聞きなれてる・・わね。

 ベーゼン様も言っているじゃありませんか。

 "評価なんて価値観の押しつけ"だと。

 ラスティも・・・・いえ、まだ解らないかもしれませんね。

 人間種というのは、自分の存在を確立したいのなのよ。

 アイツら・・・あの方々より優れてると。

 評価する方も、その範疇で評価される方もね」


「いつもの、ヨハンに戻ったね・・・。

 ラスティは、こっちのヨハンの方が好き!」



ラスティに振り返った女性の姿は、いつものベーゼンの従者姿。

小さな子猫を抱き上げると優しく抱え、籠を持ち自室を後にした。

回廊を進む彼女達には、交錯する感情を乗せた視線が突き刺さる。

猫に歓喜する者、顰める者。それを抱く女性をあざける者。

ヨハンは、いつもと変わらず感情を殺し進む。

辿り着いた先で息を整え、監視に声を掛ける。



「給仕です」


「見ればわかる・・・・中身におかしな物は無いな。通って良し」



ヨハンは監視の横を過ぎ、目的の部屋へとたどり着く。

コンコンと優しく扉をノック。そして名乗るヨハン。

中からは返る声は、聞きなれた主人の物。



「入っていいわよ・・・あ~、ちょっとまって!」



数週間前より声に張りが戻った主人。

戻ったのは声の張りだけではない。

返答を待つヨハンの次に耳に入るは彼女の悲鳴。



「ギャ! も~ぉ、なんで崩れるかな・・・

 バランスは保ってたはずなのに?

 あっ・・・ふむふむ・・この資料使えるかも」



扉越しに聞こえる主人の声に眉を顰め頭を抱える二人。

抱き抱えられた小さな瞳は頭上を見上げヨハンを覗く。



「仕事増えたね」


「・・・仕事なんてそんなものよ。ベーゼン様、入ります」



ヨハンは、ため息と共に扉を押す。

しかしガンッと引っ掛かり、更なる騒音が廊下に響く。

後方からは、何事かと駆け寄る監視。

一向に少しだけしか開かない扉。

抱えられた猫は言う。



「出た時は、空いたんだよ」


「それがベーゼン様だ。

 私達の推し量れる存在じゃないのよ・・・ハァ」



駆け付けた監視は先程とは雰囲気が違う。

その表情、声は共に優しい気のいいオッサンだ。



「おい、えらい音がしたが大丈夫なのか?

 いつもの事とはいえ・・・脱走だけはしないでくれよ。

 俺達はこれでも、生活を良くしてくれたベーゼン様には感謝しているんだ。

 だから、アンタらの捕縛だの誅伐はかんべんだぜ。

 怪我してるなら、医療班を回す様に手配するが?」


「いつもの事なので、お気になさらず。

 あなた方のお気持ちは主人に伝えておきます。

 それでは、失礼致します・・・」

 


引きつった笑顔で、頭を下げるヨハン。

崩れ塞いでいるであろう荷物ごと強引に扉を押す。

その力は監視さえも唖然とさせる。

しかし、それほど重くないと彼らを納得させる程のヨハンの苦笑いと会釈。

同じ表情を返し、持ち場に返る監視達。

静かになったかと思われた廊下は、再びガタゴトと雪崩の音と部屋主の悲鳴。

ヨハンの深いため息は、小さな子猫の耳をピコピコと動かした。



足元から刺さる視線は悲しみが満ち溢れているが、憎しみは無い。

ヨハンは、本に埋まる主人を雑に掘り起こす。

主人はムッとした表情だが、直ぐに落胆へと変わり深いため息を吐いた。



「ヨハンがいないと直ぐに山ができるよね・・・不思議」


「今朝は、なかったと聞きましたが?」



眉を顰め死んだ目で訴えかける主人。その表情は何かを見つけた。

どっしりと構えたような声色だが、目はやはり泳いでいる。



「ん~・・・よ・14400・・秒。

 そうよ、時計だって長い針がそれ程に時を刻んだのよ。

 山が出来てしまうのも当然ね。アハハハハ・・ハ?」



ヨハンの表情を窺う様に視線だけ向けるベーゼン。

その先にあるのは、ジトッと重い落胆の表情。

花序のから主人に返るのはいつもの深いため息。



「ハァ~・・・、たかだか四時間で、ここ迄なりませんよ普通は」


「本が読めって言うのよ・・・・

 それにイイ感じに重ねると、こう積まれちゃうのよ。

 私が積みたくて積んでるわけじゃないの・・・ねっ・・・・ね~ラスティ」



ベーゼンは、床でチョコンと見つめる子猫を抱き上げ話を切り替える。

強引ともいえる動作は、子猫の反応を越えいて回避の隙を与えない。

サッと抱き上げ、ここは貴女の居場所と言わんばかりに抱き抱えた。

その姿にヨハンから向けられた視線は、いつもの様に冷めている。

ベーゼンは、苦笑いから表情を改め、子猫を肩に移す。

散らかった本で新たな山を築きつつ会話を続けた。



「それでヨハン、どうだったの?」


「・・・ダメですね、ベーゼン様が想定した状況よりも悪い状況です。

 派閥争いは収束はしましたが、予想通り第二王子派優勢で次期王は・・・」


「そうよね・・・結果はそんな物ね。

 トゥーンは大丈夫かな?・・今どうしているか分かった?」



視線を合わす事の無い二人は黙々と本を片付ける。

その中で、互いに交わされる言葉は静かだ。



「トゥーンは、ベーゼン様の指示通り、意志を確認した上でチェーゼに戻しました。

 ベーゼン様・・・・やはりこの国は、予想される通りに荒れるのでしょうか?」


「絶対はないけど、裁判にジェラールがいなかった事とか、イセリナの件もあるわ。

 それに、イセリナの親であるエルタニア王、被害のあった獣人連合国の事も。

 不確定要素は多いけど、違和感が多いのよね」



顎に手を添え俯き悩むベーゼン。

手を止める事無く話を聞くヨハン。

なれたもので、部屋は短時間でヨハンやラスティの知る状態に戻った。

椅子に座り、食事をする3人。ヨハンの報告は続く。



「ジェラール様については、離宮への軟禁とされていますが、

 ハイネス様が王都からエルグリム領に戻されたそうです。

 かと言って、離宮へ向かうメイドや執事の姿はここ数日ありませんでした」



「モグモグ・・・・怪しいわね・・・続けて」



「はい、そもそも離宮など近年は使用していない場所。

 最後に使われたと言われるのが現王から数えて2代前の旧王家の幽閉。

 それ以降、人の出入りが記録されていないようです。

 しかし、罪人や奴隷が運ばれたことがあると噂がありました」



「そう・・・旧王家の幽閉ねぇ・・・・

 じゃあ、ジェラールのお母さんが療養で使っていた場所じゃないのね」


「はい、そこはまた別の棟の様です。

 だだ、どの情報も20年以前には全くありません。

 それに、どの情報にも宰相と共にエルタニア王家の名がちらつくのです」



ベーゼンは食事を止め、表情を曇らせた。

頬杖をつき焦点を合わせる事無くラスティを眺める。

食事を終え、丸くなった彼女は静かに寝息を立てるていた。


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