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望む涙

数日前には雪が降っていたというのにその日はシトシトと静かに雨が降っていた。

透き通るとまでは言えないガラスには内も外も濡れている。

回廊を兵士達に囲まれ進む姿はまるで要人にでもなったかの様だが、

重要(・)参考人(・)である為、あながち間違ってもいない。

ベーゼンは、脚を止め静かに濡れるガゼボを見つめた。

目に入る光景はいつもと変わらない。

しかし、人の為に自分がこれ程感傷的になれることに小さくため息が出た。

だが、その小さな時間ですら彼女を囲む者達は許さない。



「何を止まっている。さっさと歩け!!」


「ㇺッ・・・はいはい、ハァ・・・」



感傷と共に感情を押し留めるベーゼン。

表情は一瞬の反発から重く沈む、そこに頼んでもいないため息は生まれる。

あの明るく思えた回廊の景色はそこに無い。

灰に包まれた様に寂しく、そして味気なく映った。

一行の進む先は、荘厳と言えただろうが今のベーゼンには嫌味でしかない。

厳格と言えば聞こえはいい。しかし望まぬ主役にとってはただの地獄。

重苦しく開らかれた両開きの扉。

目に見えるはずのない引き込む様な空気の流れ。

嫌な笑みを押し隠す貴族や、それに準ずる者達が傍聴席を埋めていた。

指示されるまま中央に用意された席へと座る。

程なくして、あの扉からは咳き込む女性。

続く様に手かせをされた女性が入室。

その姿にベーゼンは眉を顰めるも、耳に入る咳に動揺した。



「ゴホッゴホッ・・・・私はここに座ればよいのですか? ゴホッ。

 ・・・はい、そうですか。ゴホッゴホッ」



無機質な返事に小さく会釈するイセリナは、咳を押さえながら腰を下ろす。

その姿に手かせをかけられたフェデルテは叫んだ。



「イセリナ様!!」

 


ガシャガシャと音を立てる鎖。

だが、ガシャンと大きな音を響かせ彼女の行動を制止。

それに続く声は、被告人に対するソレにしては強すぎる。



「貴様、これ以上勝手をすれば、我々が法に代わり切り捨てる!」



暴れる飼い犬のリードでも引く様に鎖は金属音を響かせ張り詰める。

その瞬間、フェデルテの体は一瞬中に舞う。

彼女は咳きと共に殺意に満ちた視線を向ける。

その姿に室内には騒めき。

それはどれも彼女を蔑むモノか憐れむモノ。

望まぬ空気に辟易するベーゼンだが視線を奪われた。

空間を包む嫌な空気を掻き消したのは、重い咳と共に投げかける優しさだった。



「フェデルテ! 私は大丈夫です・・・ゴホッゴホッ。

 だから・・・だから、貴女は無理をしてはいけません。

 私達は悔い改める事など何もしていないのだから・・ゴホッゴホッ。

 明日からは今まで通りに過ごせますわ・・・ゴホッゴホッ。

 だから、少しだけ堪えてくださいフェデルテ・・・ゴホッゴホッ」


「イセリナ様・・・・」



静けさを取り戻す空間。

地を引く鎖の音が止み、3名の被告人が控え席で時を待つ。

目の前の法壇の席が埋まり、始まるのは人間による人間の為の裁き。

スラスラと述べられた罪状など3名の被告には心当たりはまるでない。

威圧的ともいえる口調は、本当に裁判なのかと思える程だった。

対する3名は真実を言葉にする。

そこに付け加えられる虚構に乗せた弁護人の涙。



「私は実の姉を信じています・・・

 しかし、挙げられた証拠の品々もまた真実。

 私は・・・私はそれでも姉を信じたい。

 叶うのなら・・・・証拠品など嘘であって欲しい・・・・うっぅぅ・・」


「ルイーナ・・・

 裁判官、俺・・いや、第二王子たる私も義理とはいえ姉の言葉を信じたい。

 しかし、証拠がある以上は、王族としてその罪を償い妹の気持ちに報いて欲しい。

 裁判官、どうか寛大な判決を・・・・」



顔を隠す二人。

傍聴席からは作ったような感嘆の騒めき。

ベーゼンは、その光景に頷く裁判官の一人を睨み思う。

ハメられたのだと。

罪状は、連合国での殺人。

だというのに、この場には獣の毛すら存在しない。

いくら見まわしたところで連合の者はいないのだ。

進む裁判、提示される証拠。

確かに見覚えのある衣装。

似たモノを見た記憶は大いにある。

一年ほど前にイセリナに相談を受けた品だ。

初めて妹に頼られたのだと。

証拠品のそれは一部を赤黒く染めている。

細部に目をやると、確かにレースは彼女の実家の家紋にも見えた。

しかし、先日の視察では持参していないと弱々しい声は訴える。

それを強調する様に残る被告は鎖を引きずり訴える。

その感情は語尾を強くさせ、無用を呼び込む。

室内に鳴り響く硬質なハンマーの打音。



「静粛に!!

 では弁護人、続きを頼む。」


「・・・うぅ、はい私は姉イセリナの言葉について ──── 」



被告弁護とは名ばかりの訴訟弁護は感情で押しきろうとする。

ベーゼンは、その光景にため息と共い思考を巡らせた。

茶番の結末など用意され変える事など出来ない。

では、その先にあるモノは何か、その裏で動く者は誰なのかと。

雨音は、嫌なざわめきを掻き消す様に窓ガラスを叩く。

空間を埋め尽くす纏わりつく様な嫌な熱気。

時折響くハンマーの硬質な音。紡がれる現実。

それは予想通り碌な方向には進まない。

深いため息は導かれた様に重く落ちる。

目の前で繰り広げられる茶番に飽き視線を部屋全体に向け時を待つ。

そこにいる筈の男は居ない。

ベーゼンからは、もはやため息すら出なくなっていた。

声は響く。



「これをもって判決とする! 以上、閉廷!」



ベーゼンの意識外で茶番は終わった。

結果、ベーゼンは魔導研での席を失う。

身柄など以前ジェラールに当てがわれた部屋で監禁。

以降は追って通達との事だった。

残る2人は、それぞれ別の監獄へと送られた。

姫であるイセリナは監獄棟の最上部へ監禁。

その従者であるフェデルテは最下層の掃きだめへと収監。

そして、この場に姿が無い第一王子もまた離宮での監禁を命じられた。


入室時と変わらず大名行列の如く進む廊下。

違和感を感じたベーゼンは言葉を思い起こす。

小さく漏れる声は無意識だろう。



「何故監禁で留まる・・・?

 いや・・・・階級差は?」


「ブツブツと煩い女だ、さっさと歩け売国奴が!」



背をつかれる様に押され思考を止める。

振り返りベーゼンは兵士に告げた。



「アンタほど単純じゃないのよ私は・・・

 そもそも私は罪人じゃない・・・まだ被告のはず。

 コミュニティーに属するなら、そのルールに従いなさいよ!」


「コミュ・・? 判らぬ言葉を・・・

 魔法でも使ってみろ、正当防衛で即刻切り捨てるからな魔女」


「脳筋も極まれりね・・・」



回廊を雨音と共に進む。

ベーゼンの体は重く、鉛でも纏わりついてる様だ。

季節に合わない雨は、彼女達の感情を表す様に翌日も降り続いた。


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