アルベドに隠されて
世界は薄っすらと白銀に包まれて大分経つ。
町行く人々の多くは習ったかの様に自らの息で暖をとる。
指先だけが赤く染まる両手。優しく吐く息は白く暖かい。
相変わらずの鐘の音は、思い出したかの様に時を告げる。
しかし、駆ける者は少なく、鐘の音は屋根に積もる雪に吸われる様に消えた。
ベーゼンは、いつもと変わらない道を従者と共に進む。
歳を重ねる毎に減る感情は、小さいため息を生む。
無駄に明るい光景に辛うじて映る人影。
向けられた笑みは、天候と重ねる様に明るい。
それは、ベーゼンにさらなるため息を生む。
「ハハハッ、相変わらず不景気な顔してんな。
ほら、これ食ってシャンとしろよ。ベーゼン先生」
無駄に明るい露天商。
ベーゼンはいつもと変わらぬ視線を返す。
午前中は静かに過ごしたいと考えているからだ。
さらに言えば、王都でも有数の商人が露天をすることに疑問すらあった。
新たに生まれたため息は深く重い。
しかし、ベーゼンの後方から彼に返される声はいつもと変わらない。
「おはようございます。ウェイス様。
いつもありがとうございます。こちらで預からせて頂きますね」
「ヨハンさんは、主人と違って礼儀なあるよな。さすがは従者ってところか?
ベーゼンも見習えぇ、愛想さえ良きゃ・・・いや、無いわ。
お前は、それが一番だよな。ハハハッ」
ウェイスは、ヨハンにホットサンドとコーヒーのは入った籠を渡す。
それを受け取るヨハンは頭を下げ先を行くベーゼンを追う。
先をゆっくる進む主人は、従者のソレに習うことは無いが声はウェイスへ向かう。
「いつもありがとウェイス。
アンタも良い顔ばかりされる訳じゃないんだから、そういうのやめなさいよ。
それに理由付けて・・・・う~ん、やっぱりやめとく」
小さくなっていくベーゼンの背を見送るウェイス。
届くとは思っていないが軽く手を振る彼の表情は明るい。
研究棟はここ最近、時間を問わず世話しない。
研究員に指示を出すのは、少しだけ背が伸びたトゥーン。
ベーゼンは、その光景を満足そうに眺め頷く。
暫くその姿を眺めウェイスから、露天商から贈られた朝食を食む。
一月ほど前に比べ慌しい研究室だが、その空気感は何も変わらない。
いつも通りのベーゼンと魔導研の研究者達。
数時間もすると、王宮からは集中力を削ぐ優しく芳ばしい香り。
匂いと共に廊下に響く足音は無駄に元気だ。
ベーゼンは、時計に意識を向け研究員達に声を掛ける。
「皆、区切りの良い所で休憩してね。
無理はダメよ。遅れたって、ミスるよりはいいわ。
煩いのは隣の爺だけなんだからね。はい、さぁ~休んだ休んだ」
彼女の声を皮切りに、それなりに静かだった研究室に会話の花が咲く。
タイミングを合わせる様に雑だが丁寧なふりを装い叩かれる扉。
続き間髪を置く事無く有無を待たず開かれるソレ。
「ベーゼン様は、いらっしゃるっすね?」
礼儀ある様には見えない彼女の礼儀。
逆光でその姿が神々しく見える事に不意の笑いを生む。
小さくため息をつくベーゼンは、フェデルテをウェイスを見る様に見つめる。
返る言葉は、ウェイスと変わらない。
「やっぱ居るじゃないっすかぁ。あーしの感は完璧っすね。
何すかその顔はぁ~。辛気臭いと幸せは逃げるって言うっすよ」
「顔は素からよ。で、何の用事よフェデルテ。
昨日誘われた食事は覚えているわ。中庭で合ってるよね?」
背を向け準備するベーゼン。
彼女の声に続くフェデルテ、その声は時折止まり何かを齧る。
「場所が変わったんすよ・・・・ハムハム。
中庭からイセリナ様のお部屋っすね・・・・モグモグ。
あっ、すいませんっすヨハンさん・・・・ゴクゴク」
この時間の彼女は、仕事中でも休憩色が強い。
しかし咎める者は少ない。
ベーゼンは、彼女の食むラスクの様な物を見つめる。
「フェデルテ、時間の変更はないわよね?」
「ゴクゴク・・・フハァ~。はい、変更は無いっすね」
ベーゼンは、ヨハンに視線を向ける。
朝と変わらず整った出で立ちは、目の前のフェデルテと比べては失礼だろう。
視線に気づく彼女は一瞬目を閉じ頭を小さく下げる。
「私は済ませておりますので」
「うん、わかったわ。
今回もお土産貰えるか聞くね。後でトゥーン達と一緒に食べよ」
優しく笑みを浮かべ小さく頭を下げるヨハン。
日に日に改善される所作からは彼女の努力が伺える。
準備を終えたベーゼンは、少しだけ質の良いコートを羽織り王宮へと足を向けた。
階層が上がる毎に静かになっていく宮殿。
石造りの為か静けさと比例する熱量。
しかし、目的の部屋へ近づくにつれ春の陽気へと変化していく。
ベーゼンは、扉の前で止まりフェデルテとヨハンに視線を送る。
二人は、静かに小さく頷きベーゼンの後に控える形をとる。
コンコンと優しく木の硬質な打音が響く。
部屋から返る声は、何処か儚いが明るく弾む。
「は~い。開いてますわ。コホッコホッ」
扉を開けるとベーゼンの足元を一瞬暖かい風が広がる。
しかし、それを押し返す様に冷たい風が地面を這う。
優しくも儚い声は、ベーゼンの手を引く様に席を勧めた。
「いらっしゃいまし。ベーゼンさん。
急に誘ってしまい、ごめんなさい・・・・でも来てくださって嬉しい」
「改まって何ですか、フフッ。
よいしょっと・・・・今日はどうしたんですか?」
「あの・・・ですね。以前に相談させて頂いたお礼じゃダメですか。
それに・・・・・・コホッコホッコホッ」
イセリナは、俯き視線だけを小さく向ける。
その姿は、ベーゼンには意地らしく映った。
ベーゼンの表情は本人にも判らない。
しかし、ヨハンにはその小さな変化が読み取れる。
「礼だなんて、気にしなくていいのに。
でっ、今回は旅の話がしたくなったってことかしら?フフッ」
「・・・お邪魔でしたか?
やっぱり、お忙しいですわよね?」
ベーゼンは、トゥーンをいじる様な表情を小さく浮かべる。
そして、少しだけ仰々しくため息。
「そりゃあ、忙しいですよッ。
イセリナ様達が結んできた協定で忙しくなりましたしッ」
ベーゼンの尻上がりの言葉と悪戯な表情はイセリナを俯かせる。
傾く角度に比例しもじもじとするイセリナ。
それを眺めるベーゼンの瞳は悪戯だが優しい。
「それじゃあ・・・・あまりお時間は・・・・コホッコホッ」
「フフッ・・・・あ~無理、無理。
イセリナ様って小さな女の子みたいで可愛いっ。
嘘ですよ。仕事はトゥーン君にまかせてますから大丈夫。
アッ、後でまたお菓子のお土産貰えすか?」
「えっ・・・それじゃあ・・・コホッコホッ」
俯き重く暗かった表情は花が咲いた様に明るく変わる。
比例する様にイセリナは身を乗り出す様に話を始めた。
一生懸命に身振り手振りで伝える言葉は彼女の感情を乗せる。
用意された食事もその地域の土産であり、それは新たな国交の証。
話はその地を見知らぬベーゼンにも光景が目に浮かぶ程。
感情のまま紡がれた言葉では全てが伝わることは無い。
しかし、街の様子、魔導研の作業量からも何が起こっているかは理解できた。
第一王子とその姫の旅は視察先の国との縁を強く深める。
しかし、旅をした本人達ですら思い知らぬ所で闇は深くなって行くのだった。




