納品が辛うじて繋ぐ縁
薄っすらと雪化粧した山々からは冷たい風が吹き下ろす。
眠気眼で城下から研究棟へ向かう女性は、身震いし手と手をこすり合わせた。
後方からは彼女の従者の声。
「ベーゼン様、こちらをお使いください。
冷えは美容の大敵と言います・・・だったかしら」
ベーゼンは振り返り差し出された手袋を冷たく睨みため息。
視線を少し上げ口を尖らせてヨハンを見つめた。
「誰の受け売りよ?
っていうか、これお母様が置いていったのじゃない。
う~ん・・・嬉しいんだけど・・・うん」
ベーゼンの感情は居場所を失くし、表情を諦めへ変化させる。
若干の微笑みは、嬉しい迷惑を噛み締めた結果だろう。
手渡された手編みの手袋は、丁寧ではあるが作者の性格が窺えた。
離れてわかる愛情。あの時の口煩さもまた愛情だったのだろうと。
少し小さい手袋は、見た目に反し心地よい。
ベーゼンは、前を向け研究等へと歩みを戻す。
視線無くヨハンへ返る言葉は彼女の表情を和らげた。
「ありがとヨハン。
自分じゃ使おうって思えなかったわ。
家族って・・・良いわよね。フフッ」
「はい、ベーゼン様」
何一つ変わらない風景。
彼女にとっては、いつもと変わらぬ世界だ。
しかし、魔光を灯す街灯は増え前世で言う ” 近代化 ” は進む。
城からは数台の馬車がガタガタと坂を降りて来る。
家紋は王家の物。
すれ違うベーゼンは、視線を向けることは無い。
それは疎んでいるわけではなく理解しているからだ。
ヨハンもまた主人に習う。
しかし、ヨハンの声は主人に向かった。
「本当によかったのですか?
個別とはいえ、お二方からお誘いがあったというのに」
ベーゼンは振り返らない。
しかし、声はいつもの様に返っていく。
「行けるわけないじゃない。
視察って言ったって新婚旅行みたいなもんでしょ?
私は嫌よ・・・・嫌味とか悪意が無くても、そう感じちゃうし・・・
それに、イセリナにとっては初めてでしょ。そういうの」
「そういうモノですか・・・
第二王子は、また囲う女性を増やしたと聞きますし、
国王にも妃は3人。亡くなられたジェラール様の母君を入れると4人でしたか。
それに、ベーゼン様もイセリナ様との時間は楽しそうですが」
ヨハンの視線の先では、振り返ることなく頭をかくベーゼン。
歩みを止めることは無いが見てわかる脱力感。そして続く大きなため息。
「そういうモノなの。
線引きって大事よ・・・・
って言ってる割にできてないか・・・ハァ。
私って押しに弱いのかな?」
「ハッ?・・・いえ、その様で」
一瞬歩みを止めるヨハンだが、続く言葉を飲み込み主人に付き従う。
目の前でピクッと反応する主人だがその先は無い。
城下に響く鐘の音。時を告げている様だが、その実正確性は皆無。
しかし、その音に背を押され駆ける者も意外と多い。
路地からは、その一人が焦り駆ける。
その姿にベーゼンは、懐中時計の様な魔導具を取り出し雑に眺めた。
一瞬悩むベーゼンだが、口からは声が彼へ飛ぶ。
「トゥーン! 急がなくても大丈夫だよ~!」
一瞬振り返る少年。声は返るも聞き取りずらい。
その姿は小さくなり研究棟へ消えて行った。
ベーゼンは小さく微笑み懐中時計をしまう。
そして教会のある方向を静かに見つめため息。
伝統を否定する気は無いが、合理性の駆ける習わしに疑問があるからだ。
視線を戻すと、馬車がベーゼンを追い抜き研究棟へと駆けて行く。
ベーゼンは思う。習慣とは容易く拭えないモノだと。
魔工研の研究棟に横づけされた馬車。
その荷台からは、大量の魔鉱石やそれに準じた素材が降ろされていた。
それに交じり、必要か疑わしい何かも同じ様に。
せわしなく動く商家の者達。それを指揮する男は視線に気づき振り返る。
男の目に映る女性は、来城する女性の様に着飾ってはいない。
どちらかというと農家の娘が収穫祭で精一杯背伸びした様な服装だ。
男は一瞬視線を外すが、意を決する様に視線を女性に戻す。
「お世話になっております。ベーゼン様、ご機嫌麗しゅう」
男は見るからに商人と判るが、成金の様な風情はない。
しかし、一代目特有の鋭さもそこには無かった。
足元から頭にかけて良い物であろう服装だが主張はない。
しかし顔やガタイが主張する。
それはベーゼンの記憶にある男。
ベーゼンは小さくため息をつき、いつも通り声を返す。
「な~にが " 様 " よ。それに私は、今不機嫌なの」
男は、鼻で小さく息を吐き捨て小さく笑う。
そして、部下に指示を出しながら彼女に声を返した。
「相変わらずだよな。お前。
ほら、これ飲んでシャンとしとけ。
体裁は、ここの長だろ?そんなじゃ部下もガッカリすっぞ?」
ベーゼンは、放り投げられた小さな瓶を抱える様に受け取る。
それは、柑橘系の果汁に蜂蜜を混ぜた飲み物だ。
ベーゼンは不意に緩む自らの口元に、理性をもって表情を曇らせる。
それでもベーゼンは感情に流され口を付けた。
そこに貴族らしさは良くも悪くも無い。
男の表情もベーゼンらしいその姿に緩む。
「何時も悪いわね。ウェイスさん」
「へいへい、ベーゼン様。
そろそろ " さん " は無くならねぇかな?
おっ、トゥーン・・・・お前も所長に似てボサボサだな。ハハハッ。
ちったあ、身だしなみ気にしろよ。ほれ、納品書だ」
研究棟から駆けて来たトゥーンは両手を膝に一呼吸を置く。
その姿を見つめるベーゼンの手は無意識に動く。
トゥーンは、若干頬を紅くするも情況を拒否したくはない。
トゥーンの跳ねた髪を無意識に撫でて直すベーゼン。
それを見るウェイスは鼻でそれを笑った。
「フッ、やっぱり変わらねぇな。
良かったなトゥーン、上司がコイツで。
隣の爺じゃ、えらく罵られるだろうな」
「何だよそれ。
姉ちゃ・・所長が優しいのは、いつもの事だよ。
それにお前、姉ちゃんになれなれしくするなって言ってるだろ!」
ウェイスは、眉を上げ遠くを見る様に目を細めトゥーンを見つめる。
その口元は、トゥーンをイラつかせる様に緩んだ。
「トゥーン、お前じゃない。ウェイスさんな。
それに俺はいいんだよ。これで。
そうだろ?ベーゼン様。
俺がペコペコしてたら気持ち悪いだったよな?」
ウェイスは同意を求める様に顎を上げ視線をベーゼンへ。
瓶を空け、手の甲で口を拭うベーゼン。
満足そうだが、彼に対し眉を顰めジトッと返す。
「そうね。気持ち悪い・・・・うん、気持ち悪い。
それに馬鹿にされてるみたいでムカつく。
前もそう言ったし・・・・まぁ、いいんじゃないかなウェイスだし。
でも、トゥーンを虐めないでね。
トゥーンもあんまり喧嘩しない。
あっ、そういえば・・・・・フフッ、まぁいいか」
ベーゼンは、表情を戻し改めて二人に声を掛ける。
それは、気軽ではあるが所長としての言葉。
「着替えてくるから、研究室で待ってて。納品確認と、いつもの押し売りよね」
背を向け手を雑に振るベーゼンに向けられる感情は様々。
ため息は二つのため息と、どこか満足そうな笑み。
それから少し経ち、品物の搬入を終え研究室で待つウェイス。
研究室では、トゥーンと数人の研修者がせわしなく品物を確認している。
商店でよくある光景と変わらない。
ウェイスは、少しづつ関係の戻っていく状況に小さく幸せのため息をついた。




