ノブレス・オブリージュ
優しい木漏れ日がテーブルに陽を落とす。
いつもと変わらない鳥たちの囀り。
ほんの少し前までと何一つ変わらない空間。
しかし、その全てが妙に気を散らす。
笑顔で話すイセリナ。それを聞く二人。
1人は相槌や笑いその全てがどこか上の空。
ベーゼンにとっては願うはずのない状況だ。
無駄に回転する思考。その無駄は伊達ではない。
解決策など反射的に出たそれ以外無い挙句、タイミングの悪さ。
それを分析する冷静さが逆に仇となり、行動に変化を与える事は無い。
残る一方は、気にする事も無いのだろうかいつもと余り変わらない。
「 ──────── なんですよ。ねっ、ジェラール様。
私、初めて食べたんです。コホッコホッ。
あんなにテカテカなのに、スッキリしていて美味しかったです。
なんてお名前でしたか・・・・んん~・・コホッコホッコホッ」
「あれは、スケープゴートという羊だ。
味はいい・・・味はいいのだがな。
西の高原で飼いならされ、人の手で改良されたモノ。
私には業深く思える・・・
しかし、これを除くと特産の無い地域だ。
君の様に、心から感動し感謝できる事が羨ましい」
他愛も無い夕食の話。
会話をする者とそれを聞く者。
一見ただの夫婦とその友人に見えるだろう。
しかし、ベーゼンはあの式典からジェラールと未だに気まずい状況。
一方的に話を切り上げ店を出た事に多少後悔はあった。
ジェラールはと言うと、気まずさはそれ程ないように見える。
そして、晴れる事の無い悩みの性格は頗る良い。
実際、ベーゼンは彼女と接していて嫌な思いをした事はない。
むしろ、貴族社会においては気分が良いまである。
借りてきた猫の様なベーゼンを他所に繰り広げられる夫婦の話題。
笑顔で話すイセリナには、悪気など一切ない。
ただ、体験と感情を共有したいと精一杯で表現する。
ジェラールはと言うと、いつもと変わらぬ表情を浮かべる。
とは言え、内心はベーゼンに対し気まずい。
あの頃も、ベーゼンの機嫌を治そうともした。
しかし、いくら謝っても変わらない塩対応。
かと思えば、今まで通りに笑顔で話す事も。まるで分らない。
とは言え、ベーゼンだけを気に掛ける訳にも行かなかった。
本意でなくとも継承者争いに舞い戻ったジェラール。
急に沸いた婚姻の儀。
文通していたとはいえ名前以外知らぬ相手。
しかし、妻は妻である。
人としての礼儀は必要、それが王族同士であれば国同士のそれに。
妻となった者への気遣いは相手国へと繋がる。
子をなせば、その繋がりは絆へと変わるのだ。
恋や愛など二の次だとばかりの風習。
治世の安定した国なら聞こえはいい。
しかしそれは国交の為の婚姻。
一対で事が終わるはずがない重婚の始まり。
貴族の風習とは言えジェラールにとっては複雑。
弟ほど世間慣れしていない上、複数の相手を体よく愛すことなど難しい。
とは言え、今は婚姻を結んだイセリナを愛していない訳ではない。
気が弱っている時ほど悪魔はよく囁く。
不安、心の痛みなどと言った感情は、奴らが好まぬはずがない。
当時のジェラールは、気がゆるみイセリナとの傷のなめ合いに繋がった。
ジェラールとイセリナは夫婦。それが悪いわけではない。
繰り返される行為は絆へと変わっていった。
一方でベーゼンとの仲もまだ繋がっている。
それは、彼にとって彼女がイセリナとは違う唯一無二の存在だからだろう。
自分の命を救ってくれたからだけではない。
しかし、ジェラールにはその感情をうまく言葉には出来なかった。
国の為と感情を殺し、先延ばしにせざるおえなかった二人の仲。
当時は、必死で二人の結婚の為と彼女の立場を準備した。
しかし、その夢は押し流される様に遠のいていく。
努力などと思える程に叶わなかったのだ。
耳に入る声は、楽しそうに話す妻のモノ。
平常を装うも言葉なの半分が抜けていく。
彼女の欲しい言葉が、それでは無くともそれ以上は難しい。
そして小さい丸いテーブルという物は、否が応でも二人を視界に入れてしまう。
笑顔で話すイセリナと、長い付き合いから思考中と判るベーゼン。
王宮の庭園は、茶の席でなければ冷戦の様だ。
貴族達との会議よりもジェラールの思考は巡る。
何が正解なのか判らぬまま時は過ぎていく。
とは言え、逃げ腰の打開策はあった。
「フフッ、そうなんです。フェデルテはいつもなんです。
だから私は元気がもらえるのかもしれませんわ。コホッコホッコホ」
「そうか。イセリナ、楽しそうに話す君はいい。
しかし、咳がひどい。日も陰ってきた。
さあ、部屋へ戻ろうか。
ベーゼン女史、長く付き合わせてしまた様だな。
またの機会にイセリナの話を聞いてやってくれ。では失礼する」
「あっ、ジェラール様、まだ・・・・・・はい。コホッコホッ」
まだ話し足りないといった表情のイセリナだが、彼の優しい表情に言葉を止めた。
ジェラールは、フェデルテとハイネスに目配せし席を立つ。
二人の従者は其々にベーゼンへ一礼。そして其々の作業に移った。
残されたベーゼンは、大きなため息と共に椅子の背にもたれ掛かる。
太陽はその表情を除く様に蜘蛛の合間から顔を出す。
タイミングとは実に惨い。
回廊からは聞きなれた少年の声。
「ねえ・・所長! いつまで休憩してるんですか!」
小走りに駆ける音は聞いていても気持ちが良い。
しかし、それは平常である時に限る。
トゥーンへ向けられたどんよりと曇りジトッとした眼差し。
反応に困る少年もまた近い表情で返す他ない。
最近はそう悟った。
「なんだよ姉ちゃん・・・
っていうか探したんだよ。ほら、立って行こ。
作業止まってんだからさ」
「ハァ・・・・・遅い・・・ってトゥーンは悪くないか。
タイミングって何だろうね・・・・」
変らない日常は退屈だが、不要な刺激は欲しくない。
ベーゼンは、トゥーンに引っ張られながら研究棟へと帰っていった。




