気遣いと迷惑は紙一重
ハインリッヒ王国では収穫が終わる頃、山々は色付き始める。
変化は城下でも無いわけではない。
商人達は品を入れ替え訪れる季節の準備。
農民もまた、田畑を放牧地へと変化させ来期の準備を始める。
一方、城のバルコニーではお茶を嗜む2人の女性。
1人は日々変化する光景に目を輝かせ、もう一方はその変化に想い耽る。
ベーゼンは、世話しない街の動きを眺め口元を僅かに緩ませた。
彼女が王都に来て間もない時期に比べたら、その忙しさは目に見えて違う。
その一端は、彼女の魔工学の研究にある。
研究は実を結び花開き、魔導炉へと形を変え生活水準を引き上げた。
それまでの魔導具は、高額な魔石を購入できる者か魔力がある者だけの物。
しかし魔導炉は魔力の価値を変え、魔導具作りを産業へと昇華させる。
当時は、魔鉱石の価格暴落や、安価な魔導具の増産と色々あった。
その変化を良しとしない者も多く、ベーゼンが刺されそうになった事などザラ。
とは言え、ある豪商の機転により魔導具は貴族や豪商だけのモノでは無くなった。
ベーゼンにとっては見慣れた風景だが、他国から嫁いだ者にとっては新鮮な様だ。
遠くに聳える山々を眺めてはうっとりと見惚れ、かと思えば城下の活気に燥ぐ。
年相応には見えない姿だが、幼く儚い見た目も相まって印象は頗る良い。
いつもの何気ないお茶会は、風景の感想から始まる。
「ベーゼンさん、見てください!
お山が衣替えなさるんですね。暖かそうですわ。コホッコホッ。
アッ!あちらのお山なんて、とても綺麗で素敵!」
「フフッ、あれはチェーゼの町がある山脈。
それを越えるとナビアの街となり低木の茂乾燥地へ。
その先がイセリナ様の母国エルタニアでしたね。
エルタニアの首都は、街並みが白く美しいと聞いたことはあるけど・・・
そう・・・・確か、砂原に面した国でしたね」
「そうらしいですわね・・・
私、窓から見た風景しか知りませんので・・・
ベーゼンさんみたいにお伝え出来なく残念です・・・・コホッコホッ」
咳込みながら、視線を戻すイセリナ。
口元を隠し俯く姿は上品を具現化した様。
だが、言葉の意味と咳き込む姿が儚さを強調させそれを覆う。
ベーゼンは、苦笑いで小さくため息をつき話題を変えた。
「そう言えば、今日は相談とのことですが・・・改まってどうしたんですか?」
ベーゼンは優しく微笑み、彼女に言葉を促す。
俯いたままで、上目遣いに見つめるイセリナ。
だが、その所作は歳相応のそれとは違い、困った時のトゥーンと被る。
「あの・・・ですね。
あの・・・妹のルイーナが、よくシサツ?といって出かけるんですね・・・
昔からよく、お父様やお母様と一緒に出掛けていたんです。コホッコホ。
この前も、エルニアのシサツのために衣装をと言っていましたし。コホッ」
「シサツ?・・・刺殺?
(ある訳ないわね、私じゃあるまいし・・・)
・・・あぁ、視察ね。
他の国に行って、どんな風に国造りを進めているのかって勉強する事ですね。
あぁ~それでなんですね。前の相談はエルニアのぉ・・・
あれ・・・国の予定には無かったはずよね・・外交」
ベーゼンは、乾いたのどを潤しながら用意された茶請けに目を輝かせる。
イセリナの流行なのか最近は、天草を使ったゼリー状の寒天菓子。
聞くところによるとウェリントンが流通をさせているらしい。
寒天ゼリーにフォークを入れながら耳だけはイセリナに向ける。
イセリナも同じように寒天ゼリーを口に運ぶ。
悩みなど吹き飛んだような表情を浮かべるが曇りは継続中。
「ガイコウ・・・難しい言葉ばかり・・・
私、王族なのに恥ずかしいです・・・」
「モゴモゴ・・ゴックン。 いいと思いますよ言葉なんて。
恥ずかしいって思えるのは、変ろうとしているって事ですもん。
言葉なんて、どこに行っても同じ何て事無いだろうし・・・・
イセリナ様が落ち込む必要なんてないですよ。
失礼ですが、必要な事から目を背け続けたエルニア王家が悪いんです。
自論ですけど・・・・・・
で、視察がどうされたんですか?」
ベーゼンは、自ら反れそうになる話題を元へと戻す。
イセリナは、顔を上げ口をつむぐような表情を見せる。
続くのは、小さく可愛らしい嫉妬だった。
「なんか最近思うのです・・・・妹だけズルいって。
視察って、大変そうですが外出できるんですよ・・コホッコホッ。
私だって、王子の妻です。体は弱いですけど・・・
私だって馬車で外出したいです・・・・いろんなとこ見たいです」
「フフッ、そんな事でしたか。
いいんじゃないですかぁ視察。
ジェラール様に伝えてみたらいいじゃないですか?
・・・そうですね。異文化交流の為なんて名目で。
私はルイーナ様達が行くより、よっぽど効果あると思いますけどね」
イセリナの表情は、小さな光を見つけた様に明るく変わる。
今でこそ、表情は豊かなモノになった。
数カ月前までは、表情も乏しく人形の様。
しかし、少しずつ顔色はよくなり笑顔も増えた。
意見や主張も少しずつ増えている。
ベーゼンにはその姿が、拾ってきた猫の様にも思えた。
いつもの様にお茶会は続き、相談は雑談に変わりる。
内容は、フェデルテの持ち帰る話やジェラールへの愚痴。
未だに気付いているのかどうか判らない反応。
嫌ではない関係は、ベーゼンの心のしこりを大きくしていく。
お茶が無くなりフェデルテが補充のために席を外す。
送り出すイセリナは、従者にも優しい声を掛ける。
「フェデルテ、急がなくていいですよ。
以前の様に焦って行って怪我をされては悲しいですからね」
「イセリナ様ぁ~、いくらベーゼン様の前でも恥ずかしいっすよ。
あーし、そんなせっかちじゃ無いっすし・・・
アッ。これでも、あーしは間諜だってしちゃうんすよ」
「はいはい、分かってますよ。コホッコホッ。
色々楽しいお話を届けてくれるあなたは掛け替えの無い宝よ。
だから、急がなくて大丈夫です・・・コホッコホッ」
声を掛けるイセリナの姿は、気のいい老婦人の様にも見える程。
気品はあれど、貴族らしさはない彼女だからベーゼンも寄り付くのだろう。
会話は、愚痴から世間話へと変わる。
とは言え、イセリナの話す世間などたかが知れている。
城内の噂や、料理の話。いつもならタイミングを見計らい退席する時間だ。
しかし、今日はフェデルテが居ない。
一国の姫を一人にしては何かあった時その責任はベーゼンに重く圧し掛かる。
退席のタイミングを失ったベーゼンは無意識に隠す様に唇を噛む。
始まったのは、昨晩の料理、そして彼女の部屋での話。
まだ両手で数てもおる指が余る程のお茶会。
とは言え、この限られた世界の中で旦那の交友関係など判らぬ者でも無いはず。
しかし、イセリナは明るい表情を変える事無く話を続ける。
そこに牽制や威圧は全くない。
ただ友人に近況を感情のまま伝えるのみ。
まるでベーゼンが、王子と付き合っている相手ではないと確信している様。
返せる表情など限られる。
仮面の様に造られた笑いしか浮かばないベーゼン。
視線は、皿に残る寒天ゼリーと、わずかながらの紅茶。
ベルコニーから望む庭、そしてその先の回廊へ。
ベーゼンは、ハッとするが時すでに遅し。
移動の為か回廊にはジェラールがにいる。
ベーゼンの反応は、イセリナに次の行動を与えた。
子供のような笑顔で大きく手を振り、旦那をお茶に誘うイセリナ。
「ジェラール様、御一緒にいかがですか~・・コホッコホッコホッ」
その視線はジェラールを捉えて離さない。
一生懸命に声を張ったからであろうか咳も少し酷い。
この世に駆け寄らない旦那がいない訳がない。しかも新婚だ。
その陰でベーゼンの表情は曇る。こんな状況は誰だって嫌だろう。
一つの決意を固め席を立とうとするベーゼン。
しかし、世界はそれを許さな。
ベーゼンが " タイミングが良い " などと思った事は一度も無い。
タイミングなどという言葉は、悪い時にしか浮かばない言葉だからだ。
使うのは、商人や司祭、そして平民に嫌われる様な貴族達だけだと思っている。
掛けけられるイセリナの声は平常運転。
「もう少しすれば、フェデルテが美味しいお茶を煎れ直してきますよ。
ですので、もう少しお話しましょ。ほら、戻って来た」
「あっ、ちょっと用事を・・」
ベーゼンは、止めるイセリナにやんわり拒否。
しかし、状況は彼女の言葉通り悪化。
鼻高く出来るメイドとばかりに戻るフェデルテは、トレーでは無くワゴン。
今のベーゼンには、フェデルテの明るい元気な笑顔が悪魔の笑みに思えた。




