嵐の中の止まり木
盛大な式典から数カ月過ぎ季節は巡る。
昼食時も過ぎ、飲食街の人混みは疎ら。
兄弟の様にも見える一組の男女は路地から大通りへと進む。
大通りは王城へ続く最も活気のある通り。
数年前とは大きく変わり、月が真上に昇るまで人通りが無くならない程だ。
男女が進む先々でかわされる言葉は礼と一方的な近況報告。
「おぉ、先生じゃないか。
最近見なかったけど元気・・でもないねぇ。ハハハッ。
先生のお陰で、遅くまで仕事ができる様になって繁盛しているよ。
そういえば、いいのが仕入れられたんだよ。
ほら、いい感じだろ。疲れた時こそ美容ってね。一つどうだい?」
「ありがと、おばちゃ・・お姉さん。贔屓の店があるから大丈夫よ。
それに、仕事ばっかじゃダメだよ。ちゃんと子供の面倒見てね。
あっ・・・そういえば、アレ頼めるかしら・・前頼んでもらったアレ」
「アレかい? あれって何だったかね・・・あぁ西部の精油だったね。
・・・・・・あぁ、今はちょっと切らしてるねぇ、ごめんよ。
そうさねぇ、今日は15日だから~・・・月末になりゃ入るね。
そしたら、研究所に届けるよ。今回も1本でいいかい?」
「んん~・・・トゥーンはどう?欲しい?
いい匂いだぁ~って、落ち着くね~って言ってたじゃん」
隣で適当に興味のない棚を眺める少年は声だけを返す。
そこには、雑さではなく適度な距離を彼なりに見極めているだけだ。
王子達の婚姻から少しだけ変わったベーゼンへの接し方。
最初こそ、ベーゼンは獣の王から何を教わったのかと考えもした。
しかし、日が経つにつれ興味は薄れ、意識はそこから遠ざかる。
今では変化した彼の接し方を楽しむ程だが、それは無意識に気を紛らわせる為。
眉を顰め唸るベーゼンに、返る声はそっけないがあしらうモノでは決してない。
「いいよ、僕には必要ない物だから。
前切らした時は、いろんな店探し回ってたから、
多めに頼んでおけばいいんじゃないかな」
「・・・そうね。確かにそうだった気がする。よく覚えてたわねトゥーン。
じゃあ、前のヤツを3つお願い。
作られなくなることは無いわよね?」
「ああ、大丈夫だよ。先生が王都に来た時に開墾された村だからね。
無くなりゃ、新しい仕入れ先を探すだけさ。
商売なんだ、お客に迷惑はかけないよ。
それじゃあ、入荷したら届けるよ。3瓶ね、ありがとセンセッ」
ベーゼンは、年季のはいった笑顔に見送られ研究所へ進路を正す。
とはいえ王都の本通り、そこに住む者に遭う事などよくある話。
聞き馴染に加えられた声が、芳ばしい香りと共にベーゼンの意識を引き付ける。
「えっ、ホントっすか! マジで嬉しいっす。
じゃあじゃあ、こっちのも余った分で貰っていくっすよ」
「いいのかいフェデルテ様。アンタ、お使いで来てるんだろ?」
笑顔の中に困惑が共存するパン屋の店主。
少し前から始めた昼食時に余ったパンと甘い菓子の露天販売。
明らかに抱き合わせのパンだが、それを隠して余るケーキ風菓子。
お使いついでに目を輝かせ、それをと要求する姫の従者。
構図はおかしく無いはずだが、従者としてのお使いには見えない。
少し前に、姫と共に訪れた際も同じことがあったという。
その際は、たまたま居合わせたもう一組の姫の一団にいい様に言われた。
店主さえも見ていられない程だったと、噂に疎いベーゼンさえも知っている。
それを気に掛ける事無く、明るく振る舞うフェデルテ。
理由を知れば、元気と主人想いの健気さに、街では彼女の人気は高まった。
その為か、頑張ってるねと割引やおまけが絶えないのだ。
店主の言葉に続くのは明るい彼女の声。
「そうっすよ。あーしは、イセリナ様のお使いをしてるっす。
遊びで来てるのとは違うっす。
あっ・・・あーしの事心配してんすね。
これは大丈夫っす、たぶん。・・・おいちゃん、いじらしいっすね。
ルイーナ様達もいないっすし、これはイセリナ様へのサプライズ?っす」
「ハハッ、そうかい。 っつうか言葉の使い方間違ってやしないか?
いじらしいってのは、あんたの事だぜ、まったく。
それは、俺からのサプライズだ。その分の金は要らねえよ」
続くのは、フェデルテの元気のいい礼と笑顔。
そして彼女は、向けられた視線に気が付く。
「あっ、見つけたっすよ!
ベーゼン様ぁどこに隠れてたんすか!」
それは一方的な勘違いでしかない。
フェデルテは、聞いてもいない事の経緯とその時の心情を語る。
内容はお茶会の誘い。ただ大半は心情でしかなかった。
「 ─── という訳なんっすよ。
お時間いいっすよね。確か今日の予定は無いっすもんね。
へへッ、あーし偉いね。ベーゼン様の予定も把握してるんすよ」
何処か満足そうな表情のフェデルテはベーゼンの手を掴む。
気遣いは多少ある。多少あるが一般的には強引と言えよう。
誘いと言う言葉は心地がいい。しかし、王家からのソレは強制である。
「えっ、あっ・・・いや、今日は忙しいんだけどなぁ・・・
あっ、フェデルテさん引っ張らないでって。
私、忙しいわよねトゥーン!・・・・ねぇトゥーンったらぁ~・」
一人残されるトゥーンは意外に冷静だ。
彼女の問いに、 ” 作業の事はやっておく ” と返し見送る。
その姿はもう慣れたモノだ。
少年は遠ざかる声から視線はずし、少しだけ位置を変えた太陽を眺めた。
整えられた王城の庭園。
人型種と呼ばれるベーゼン達も神の眷属の末席。その命は永遠に近い。
そんな者達が長年手入れした庭が美しいくないはずがない。
自然の優しさと技巧による美しさが調和した空間。
季節の花々が乱れ咲く庭園は桃源郷。ため息が出ない者などいない。
勿論、ベーゼンも漏れることは無いが意味が違う。
案内されるまま付き従う彼女だが、知らない場所ではない。
ヒソヒソ声もいつも通り。
ため息が漏れながら進む先には、小さな東屋。
姫の従者は待つようにと指示すると主人の元へと消えて行った。
一人残されたベーゼンは、椅子の背に体を預け東屋の天井を見つめる。
今までは、何も考えず天井など見つめることは無かった。
それだけやらなければならない事が多かったとも言える。
人の為と言えば聞こえはいいが、その実、大半が自分の為である。
何気なく手を広げ突き上げた手を眺める。
手入れはされているが、あの頃の様な自然のままの肌は無い。
夢は叶った。しかしどうだろう。
ベーゼンは無意識に自問する。
自分には何が残ったのかと。
答えが出ないまま時だけが過ぎた。
静かな庭園に流れる風は、心地よい香りを運ぶ。
コツコツと高い音は石畳を優しく叩く。
「お待たせしました。ベーゼンさん。コホッコホッ。
急にすいません。私は予定をと伝えていたのですが・・・
フェデルテが申し訳ありません。コホッコホッ」
「いえ、気にしなくでいいですよ。
いつもの事ですもの。ねっフェデルテさん・・フフッ」
イセリナの後ろに控えるフェデルテはパン屋のオヤジの言う通りだ。
ベーゼンの表情は明るく悪戯な笑みが浮かぶ。
二人だけのお茶会。それはただの雑談。
しかし、会話の中に潜む相談はベーゼンを悩ませた。
ベーゼンが悩み話し会を重ねた結果、姫は少しずつ変化を生んだ。
表情は見違える程に、あの式典の時と比べ明るく。
今日もまた、いつもの様に雑談が始まる。
「 ─────── という訳ですの。コホッコホッ。
そう思いませんかベーゼンさん」
「ルイーナ様がねぇ・・・衣装ならたくさんありそうなモノですが・・・。
確かに違和感はありますね。でも、頼られて嬉しいって顔に書いてありますよ。
なんだかんだ仰られても妹君ですもの。結局お貸しになるんでしょ」
イセリナは一瞬苦悶する。
言葉では拒否しているからだろう。
指定された衣装は、 ” 唯一 ” とも言える母からの贈り物。
それを貸せとせがまれた。
しかし、初めて頼られたのも事実。嬉しくない訳ではない。
答えなど出ている筈なのに唸り悩むイセリナ。
ベーゼンは、イセリナからその従者へと視線を流す。
そこで感じる納得感と小さな疑問。どちらの影響なのだろうと。
他愛も無い会話と小腹を満たす新たに生まれた甘味。
貴族社会の中で、この時間はベーゼンに安らぎを与えた。
それが同じ男性を愛する相手だとしても。




