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狐の嫁入り

嫌味なくらい穏やかな調べ。真実と欺瞞が交錯する会話。

ただでさえ重く曇る思考は、ため息へと変わる。

目の前を目的地も決めず進む少年に、それは加速した。

ベーゼンは、無駄に熱を帯びたうなじから後頭部を雑に掻きむしる。

式の為にまとめられた髪は、元の形状を半分ほど残す程度。

静けさなどあるはずのない空間で強調される足音は彼女の口を動かした。



「ちょっと、トゥーン! どうしたの?」


「・・・・・・・・・

 姉ちゃん・・・・ごめん」



前を進む少年の脚は止まり、声だけがベーゼンに届く。

場違いに重い空気を孕んだ声は、怒りでは無く憂いに近い。

ベーゼンは、いつもの様にトゥーンの正面へと回ろうとするも足は止まる。



「姉ちゃん・・・ごめん。

 僕・・・頭では判っている筈なのに・・・

 許せないよ・・・あんな奴」



俯き吐き捨てられた言葉、震える背中はベーゼンに彼の想いを伝える。

言葉の意味などベーゼンが分らないはずはない。

しかし、感情は確信を求めた。



「あんな奴?

 ・・・・・・何かあったの?」


「・・・・・僕、信頼してたんだよ・・・アイツの事」


「・・・・・信頼・・・・・・」


「・・・見てられなかった・・・昨日の姉ちゃん。

 今日だって・・・・・いつもみたいに・・振る舞ってたけど・・・・・・・・」



ポツポツよ返る少年の言葉。

一つ一つの言葉に籠る感情は、少年の憧れであり人生。

重く圧し掛かる言葉にベーゼンは声を返すことができなかった。

静かに続く少年の想いは、昨夜の出来事をベーゼンに見せる。



「僕・・・・・・昨日アイツにあって来たんだ・・・・・・・・

 ハシェルさんの店でさ・・・自分だけが辛いみたいな顔しやがって・・・」


「・・・・・・」


「姉ちゃんが一番辛いのに・・・・・ごめん・・・・」



へーゼンの表情も彼に重なるだろう。

それでもと、脚を進め彼の正面に回る。



「トゥーン・・・ごめんね。

 トゥーンは、悪くないよ・・・・悪くない。

 謝る必要なんてないよ・・・・・

 悪いのは私・・・・・彼に惹かれた私がいけなかったの

 割り切ってさえいればよかったのよ・・・・・割り切ってさえ・・」



口から出る言葉は、意志に反し取り繕うような嫌いな言葉。

いつもなら虫唾が走るそれは、遠い過去の記憶の中で聞き覚えがある。

今では、王都に入り人の群れで生活を重ねた自分がこの有様だ。

昔は考える事が無かった感情であり、群れでのみ生まれる感情。

ベーゼンは、相手の中の自分を気にしているのだと感じていた。

気の知れた弟の様な存在でも、それは意志に反し顔を出す。

これ以上はと止める意志を振り切り、感情は一方的に口を動かした。



「ツォーネさんが言ってたよね・・・・・・並みの幸せは無いって。

 フフッ、分かってはいても・・・・馬鹿だよね。

 所長とか先生なんて言われても・・・・・・最低」


「姉ちゃん・・・・・もういいよ・・・・」


「 ──────────── 」


感情のままに吐き出された言葉は、ベーゼンに少しずつ冷静さを取り戻させた。

戻る思考、そして冷静さは、新たな想いをベーゼンに与えた。

正面で俯く少年を見つめ沸き上がる感情。

ベーゼンにできる事は、背を向ける事のみ。

無駄に熱く感じたうなじなど頬や耳に比べればどうという事はない。

幸いにも少年が此方を向くことは無かった。

少しだけ重く、そして可笑しな空気が支配する。

しかし、小さな間を置き新たな風が浄化する。


コツコツと品良く上品な足取りはテンポを変える。

そして次の瞬間、ベーゼンはモフモフの被毛に包まれた。



「なぁ~にぃ?暗いわよ、ベーゼンちゃん。

 って、ホントに暗いわね・・・

 貴方は笑顔がいいわ。いつもの悪い笑顔もね。

 ほら、お姉さんに見せなさいな。フフフフッ。」



視界が戻ると、笑顔の矯正とばかりに弄られるベーゼンの顔。

目の前では、妖艶でいて豪快な笑みを浮かべるルヴァーテの姿があった。

その姿にトゥーンは、感情のやり場を失う。

残りできる事は、苦笑いで頭を下げるのみ。

返るのは、他国の妃とは思えぬ言葉だ。



「真面目ね~、書いてあった通りの子。

 トーン? んっ違うわね・・・・そう、トゥーンくん!

 そっか~君がねぇ~・・・フフフッ。

 ルーシアが来たら話すと良いわ。

 きっといいこと教えてくれるわよ」


「いい事?・・・ですか・・・」


「ひゃめへふははひ、ふはーへはは・・・

 もぅ、恥ずかしいでしょ! 私、いい大人なんですよ・・・・まったく」



先程迄が嘘の様に場の空気は明るい。

それを感じ取るとルヴァーテは、表情を優しく緩ませた。



「フフッ、こちらの方がいいわね。

 では、少しだけお時間を頂きましょうか。

 ええ~っと、ヨハンさんでいいわよね。

 貴女、ハイネスさんのアレ・・出来まして?」



ルヴァーテの視線は、ヨハンを捉える。

一瞬困惑するヨハンだが、意味を理解し腰を深く折り頭を下げた。

そこに返る表情は、少しだけ妖艶な笑みだ。

ルヴァーテの視線はベーゼンに変える事無く言葉だけが続く。



「いい従者に育ちましたねベーゼンさん。

 では、お部屋に参りましょう。

 ・・・彼方もですよトゥーン。一人では寂しいものね。フフフッ」


「僕は・・・いえ・・・・畏まりました、ご一緒致します」



強引とも取れるが、配慮ある彼女の行動には品がある。

拒否する事も出来ただろうが、思考はそれを見い出さない。

二人は、ルヴァーテに付き従い来賓に用意された部屋へと向かった。

部屋に着くとヨハンが、鈴の様な魔導具を使い空間に結界を施す。

それを眺め頷くルヴァーテは、ベーゼンの頭を撫でる。

反応するベーゼンにルヴァーテの表情は変らない。



「従者の成果は主人の成果。逆もしかりですけどね。フフッ」

 

「あの・・・ルヴァーテ様?・・・私、大人なのでもう少し・・・」


「フフッ、人型種は可愛いモノを愛でると聞きましたよ。

 たしか・・”可愛いからよい” とかなんとか、フフッ」


「もうぉ、誰がそんな・・・・・あっ!」



ベーゼンの膨れた頬は直ぐにしぼむ。

ころころ変わる表情は、現在苦笑い以外無い。

続く上目使いで申し訳なさそうな表情など慣れたモノだ。



「そういえば、ヤーハンでは風の神を大そう大切になさるとか・・・・」


「そうですね、ヴェスティア様の第一眷属であらせられるお方は特に・・・

 あれでいて、我らの祖ですからね・・・フフッ」


「可愛いとはいえ信仰対象をあんなにモフモフしてごめんなさい!

 ・・・・でも、本当にかわいかったんですよ・・・手なんかチョコンって」



ルヴァーテの目元はトロッと緩む。

しかし、そこにあるのは歪まぬ慈愛だけ。

親戚の仲のいい子供でも愛でる様に優しい言葉は続く。



「フフッ、良いのですよ私は。

 勿論、ヴァスティ様はお可愛いですからね。

 私も、いつも弄ってしまいますもの。

 真剣に話されていても反応してしまう所とかもう・・・ウフフッ」


「そうなんですよ! ─────」



誘導される様に始まった神談義ならぬ猫談義。

だが、そこにはルヴァーテの心遣いが含まれていたのだろう。

話がひと段落すると、喉を潤す様に紅茶を口の運ぶルヴァーテ。

ベーゼンの視線に気づき小さく微笑みかけ表情を正す。

続く声色は先ほどよりも重い。



「んんっ・・・ベーゼンさん。

 王族と付き合う・・・それは、詩歌や小説の様な絵空事ではないのです。

 ジェラール様も、勿論あなたも尽力なさったと聞きました。

 しかし王家とは、当人だけで進められるほど誠実な世界ではありません。

 私も、ルーシアに見初められた時は夢を見ました。

 しかし、現実は・・・今のあなたならお判りになりますわね」


「・・・じゃぁ、ルヴァーテ様は、なぜ今も王妃を?

 なんでそんなに幸せそうに見えるんですか?

 いくらルーシア様を愛しているとはいえ・・・別の王妃だって・・・・

 周りの声だって・・・・・・」



ルヴァーテは、意志を向けるも直ぐに俯きごもるベーゼンを見つめる。

返される真剣な眼差しにベーゼンは視線を返すことができない。

時を刻む魔導具の音だけが支配する部屋。

ルヴァーテは、自らに掛ける様に笑みを浮かべた。



「そうね・・・・私も、第一王妃では無かったし・・・・・

 嫌な事もいっぱいあった・・・・今だってあるわ。

 でも、気にしなくなったわ。私は私だもの。

 噂だって、違うって言いまわっても認めてるみたいですものね。

 それに選んだのはルーシアで、私は想いを返しただけ。

 だから自分らしく生きて行こうって思ったわ。

 そうしたら、だんだん周りも気にならなくなったわ。

 比較されたり嫌味を言われる事だって今でもあるけど・・・・

 出来ないモノは出来ないわ。

 そうね・・・100年くらいかしら、気が付いたら周りも認めてた。

 フフッ、長いわね100年・・・・・あっ、今ババアって思ったでしょ?」



おどける様に微笑むルヴァーテ。

一方ベーゼンとトゥーンの表情は明るくはない。

しかし、重苦しい空気は和らいていた。

悩む二人。

ベーゼンは、視線を上げルヴァーテを見つめる。

そこに在るのは、空に浮かぶ紅月を眺める獣人の姫君。

流す様な視線は儚く憂いを含む。

しかし、満足そうな口元は、彼女の人生を現しているのだろう。

夜風に靡く被毛は美しく輝いていた。


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