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惻隠が生む艶事

月明かりに照らされたバルコニーは肌寒い。

コツコツと硬質で重厚な低い音は続く。

向かう先には、月明かりに産み落とされた影が5つ。

礼服を身に着けた4人とドレス1人だ。

ジェラールは足を止め、眉を顰め望まぬ現実を直視する。

耳に入る声は、まだ青年になりきれぬ不安定な声色。



「姉ちゃん、僕行くよ・・・・・お腹すいちゃったし。

 イセリナ様、失礼します。

 ・・・・・・・」


「あっ、まっ・・・・んっもうっ、行っちゃうし・・・

 私も行くわ。じゃぁねイセリナ様。さっきの話は・・・OKよ。

 ・・・下がらせて頂きます・・ジェラール様」



イセリナには、ベーゼンが微笑みかけた様に見えた。

背を向け先に去った青年を追う彼女に、イセリナは優しくため息をつく。

残された者は3人。静かに奏でられる音楽は誰を讃える者でもない。

優しい空気とジェラールの足音。

イセリナの耳には彼のそれだけが残る。



「すまない、慌ただしい奴らで・・・・・・ハァ。

 イセリナ、疲れただろ。君の部屋に戻ろう。

 王の許しは得ている。何も問題ないよ・・・さぁ行こう」



イセリナに向けられたぎこちないジェラールの笑顔。

彼女には以前にも似た表情を何処かで見た記憶がよみがえる。

そこには、感情と共に何かを隠し押さえる者の姿があった。

良い記憶かと問われると手放しに頷くことは皆無。

イセリナの思考は、過去と現在を交錯し今日一日を振り返らせた。

そこに生まれ残るのは、自責の念と彼の優しさ。

祝福された事、婚姻の想い、母国への存在意義は残っていない。

振るえる唇が紡ぐ言葉は、彼女の感情そのものだった。



「ジェ、ジェラール様・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい」



月明かりに浮かぶ3つの影。

ジェラールは、立ち尽くし震えるイセリナを見つめる。

静かに過ぎる時の流れは永遠の様でいて一瞬の出来事。

大広間からは規律めいた独特な足音が近づく。

ジェラールは、眉を顰め視線だけを届かぬ後方へと送る。

視界に入る事の無いそれは、ジェラールの後方で止まった。

音に合わせ、イセリナの傍に控える彼女の従者は頭を下げる。

そこには、礼節を重んじた空気はあった。

しかしハッとする彼女の従者は、自らそれを否定する。

一方ジェラールは、表情を変える事無く言葉だけ投げた。



「ハイネス、人払いを頼む。

 フェデルテ、いいな」


「はっはい、ジェラール様」



返るのは、元気のいいフェデルテの声のみ。

後方では、恭しく頭を下げるハイネスの気配がある。

風のないバルコニーにフワッと流れる空気。

次の瞬間、イセリナの隣に優しく腰掛けるジェラールの姿があった。



「イセリナ、謝らないでくれ。君が謝る必要など無いよ。

 私が不甲斐ないばかりに・・・・・」


「そっそんな事はございませんわ‥‥コホッコホッ。

 私の体が弱いばかりに・・・コホッコホッ・・・

 私が世間を知らないばかりに・・・・コホッコホッ・・・・

 ごめんなさい、ジェラール様・・・・」



傷をなめ合う様に言葉は続く。

それは、相手を想う様でいて自らを守る様にも映る。

婚姻の儀だったというのに葬儀にも似た空気だ。

しかし、心に深い悩みを抱える者同士。

共鳴にも似た感情は、共感へと変わる。



「イセリナ・・・もう謝らないでくれ。

 私は、君に謝られると辛い・・・あの時の笑顔を見せてくれないか?」


「私もです、ジェラール様…コホッコホッコホ」



ジェラールには、咳き込みながらも、精一杯の笑顔を作るイセリナは儚く映る

そこには、今まで彼女へ向けた想いとは別の感情が生まれていた。

穏やかに流れる時と音色、適度に冷たい風が急速に二人の距離を縮めていく。

イセリナの目の前は真っ暗に。



「ダメですわ・・・ジェラール様」


「・・・もう少しこのままにさせてくれ」


「・・・・・・・は、はい」



二つの影は重なり一つとなるも、その姿はまだよそよそしい。

月明かりは、二人の感情を見透かす様に光の筋を陰に刻んだ。

人気のないバルコニーは、静かに時を刻むが永遠ではない。

イセリナの体調がそれを良しとしなかった。



「‥‥コホッコホッコホ」


「すまないイセリナ、俺ばかり・・・・

 ここは冷える・・・部屋へ帰ろう」


「・・・謝らないでください。コホッコホッ。

 私は大丈夫です・・・いつもの事ですわ、ジェラール様」


「・・・本当にすまないなイセリナ。ほら立てるか?」



先に腰を上げ手を差し出すジェラールの表情は優しい。

それは礼拝堂で見せたモノと比べ、飾り気は一切なかった。

手を取るイセリナだが、意思に反し体からフッと力が抜ける。

まるで、彼女を彼女自身が後押しする様に腰が抜けていた。

ただでさえ自由の利かない体は、彼女の表情を曇らせる。

しかし、腕は引き寄せられ、フワッと体は宙に浮く。

気が付くと、そこにはジェラールの顔。



「疲れたのだろう、恥ずかしいかもしれないが我慢してくれ。

 さぁ、部屋に帰るぞイセリナ」


「あっ、いえ・・・はい、ジェラール様・・・・」



抱きかかえられたイセリナの顔は、いつもの様な青白さは無い。

ゆでだこの様に赤く染まる頬と耳。

生まれたての子鹿の様に震える姿は、一部の参列者達には初々しく映った。


少し早い婚礼者達の退場は、長い歴史の中で初めての事。

ハインリッヒ王は、式を執り行った宰相を睨む。



「おい、クリーバス・・・・

 イセリナ嬢の事は理解できる。

 しかし、この時期になぜ二組を同時に執り行う?

 その挙句、ニケロムの奴まで姿が無いのは何だ?」


「王よ、貴方もエルタニア国王のお言葉に同意されていたではありませんか?

 若者は自由であれと。違いましたかな兄上」



ハインリッヒ王の言葉は質問を含んではいるが、答えなど求めていない。

それに対し表情を変えず、悪びれる事無く返す宰相。

相手が、血を分けた兄弟である為などと甘い考えは此方にもない。

クリーバスは揚げたポテトを1本摘み口へ運ぶ。

それに対し王は、さらに目を鋭く鷹の様に変えた。



「クリーバス、貴様の考えなど疾うに知れておる。

 噂などと言葉を並べても、その醜悪な表情が物語っておるわ」


「祝いの席でとんだ悪酔いですな兄上は・・・フッ。

 そもそも、顔の形など変わらぬではありませんか。

 それに今日は、ア(・)ナ(・)タ(・)のお子の婚礼ですぞ?

 他国の目もございますし、おやめなさ兄上・・・・

 フッ、年寄りの冷や水は、器が知れますぞ・・クックック」



笑みを浮かべ、クラスの酒を流し込むクリーバスの表情は歪む。

一方、王は表情を変えず視線を衛兵長と文官長へと向ける。

そして、顎を少しだけ動かした。

囲まれる宰相。しかし、式典は無情にも進む。



「おい、貴様ら!儂は宰相だ。なっ何を!・・・ちょ、きさ・・おっ」


「宰相殿、祝いの席とは言え、良い大人が、ここ迄酔われては。

 おっと、戻されてはかないませんな、ちと失礼を。

 お前達、アレはあるか」



衛兵長は、部屋のごみを掃除するがごとく事を淡々と進める。

声を掛けられる彼の部下たちも同様だ。



「隊長、アレは牢です。それに見栄えが・・・」


「仕方ないな・・・代わりだ布でも詰めておけ。

 後は頼んだぞ副長」


「はっ!」



遠くからは、ゴツイ鎧に囲まれた中心に何があるのかは判らない。

しかし、状況と悲鳴で察しなど容易。

その光景を唖然と見つめる宰相派閥の貴族。

一方で、王の采配に賛同し頷く貴族の姿も。

そして、 " ざまぁ " と日ごろの鬱憤と、ストレスを笑いに変える某所長。

仰々しさを失った式典は、例年通り静かに幕を閉じた。


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