義の行方
秋の深まりは、辛うじて日の温かさを残す。
黄金の穂は頭を垂れ鮮やかに波打つ。
それは、祭壇の前に立つ男に王国の栄華を維持できたと実感させる光景の一つだ。
男は視線を窓から隣で微笑む花嫁へ。そして正面の像へと変えた。
耳に入る囁きの様な蠢き、そして送られる祝辞は嫌味にも感じられる。
男は眉を顰め正面の像を睨む。
(俺は何をしている・・・ヴェスティアよ俺に何を求める・・・)
「・・・・・・・ハァ、これで良かったのだよな」
「ジェラール様?・・・コホッコホ」
ジェラールは花嫁の声に視線を戻す。
そこには、いつもの明るい金色の髪は無い。
在るのは、初めて見る銀青色の長い髪。
「いや・・・・なんでもないよイセリナ嬢。
すまない、もう嬢では無いなイセリナ。
・・・・・・寒くはないか?」
ジェラールは、象牙色のジャケットでイセリナの肩を包む。
耳に付くざわめきに交じる蔑むような笑い。
ジェラールの表情は一瞬反応するも、それまでの様に穏やかに。
「私のジャケットでは不格好ですまない。
だが、多少は温かいだろ。・・・嫌なら脱いでも構わない」
「い、いえ・・・ありがとうございます。でも・・・・」
イセリナは、視線をジェラールから騒めきへと流す。
隣に立つもう一組の新たな夫婦は、その視線に睨みを返した。
「・・・空気が読めないだけじゃないのね。
礼儀も知らないなんて恥ね・・・・だから継承権を戻すなって・・・
あぁヤダヤダ。 ってかこれルイーナの式なのに何注目集めちゃってんの」
「やめとけ、俺達の式は変んねえよ。
注目集めったって碌なモンじゃねえんだ。
ルイーナ。俺達は毅然としてりゃいい。
嫌でも比べられるぜ。そうなりゃ、俺達の引き立て役にしかならねぇよ」
「フフッ、そうね」
隣には辛うじて聞こえるであろう声量はイセリナの表情を暗くする。
ジェラールは、小さくため息をつくと彼女の冷たい手を強く握った。
「ハァ・・・・・イセリナ、気にするな。
言いたい奴には言わせておけ・・・・君の本質は変わらないだろ?
それよりも、こんな所で体調を崩す方が問題だ。
見た目などで変わりはしない・・・君は君だ。
周りの評価など・・・自分ではどうにもできないモノだからな」
「コホッコホッ・・・私には、よくわかりません。
でも、私のせいでジェラール様が‥‥コホッ」
潤むイセリナの瞳に返るのは優しい眼差し。
ジェラールは、進む式に合わせ彼女に微笑む。
二人の耳に入る大司祭の言葉。
「 ──────────── 。
イセリナを永遠の伴侶と主神ヴェスティアの前に誓うか?」
「あぁ、勿論だ。
私は、このイセリナを永遠の伴侶と誓う」
「王子ッ、そこはイセリナ様の母国の名も共にと説明を── 」
一瞬騒めく礼拝堂。大司祭は囁く様にジェラールを注意する。
しかし、ジェラールは悪びれる事無く笑みを浮かべた。
「私は、誰でもない一人の女性を伴侶にと神に誓いを立てた。
イセリナを一人の女性、一人の人間として伴侶にと誓ったのだが。
司祭、神への誓いは国同士の同盟ではあるまい?」
「しかし、ジェラール様・・・」
大司祭は困惑。その立場とは思えない表情で主賓席に視線を流し顔色を窺う。
そこに在る感情は、さらに大司祭を困惑させた。
2つの表情は怒りにも似た感情を浮かべ、1つは侮蔑の笑み。
残る一つは、大司祭の前で持論を唱える王子と重なった。
礼拝堂に響くのはその者の声。
「良いではないか大司祭。面白いではないか。
そ奴の言い分も一理ある。どうかねエスタニア王よ」
「んんっ!?
・・・・・ハハハッそうで・・あるな。
わ・若者とは、そうあるべきよ。司祭、式を進めたまえ。
よろしいなハインリッヒ王」
一方は豪快且つ軽妙、続く声はソレに習うが場を繕う様に感られた。
ジェラールは鼻を鳴らし、実父から視線を大司祭へ戻す。
「だそうだ司祭、続きを頼む。
イセリナ、君はいつも通りでいい。
聞いているのは神ヴェスティアだ。無理に声を張らずとも届く」
「はい、ジェラール様。
私イセリナ・エスタニアは ─────── 」
弱々しく震え消えそうな声。しかし、意志を示す様に強い眼差し。
礼拝堂では、その声に隠れヒソヒソと続く蠢きと微かな嘲笑。
一方で、ジェラールと同様に場に対し忌避感をため息に乗せる者も。
進む式典は、一組の宣誓が終わり残る一組へと移る。
場を盛り上げる空気を換える宰相の取り巻き司祭。
それに呼応する楽団の長。
騒めきは消え、本来式典が目指す姿が現れる。
そのせいか有象無象に埋もれたため息は、場に浮かび上がる。
囁くような少年から青年に変わろうとする声は、上司を諫めていた。
「ね・・所長だめだよ」
「んんっ、気にしたってしょうがないわよ。
出ちゃったものは戻せないもん。どうせ、碌な見られ方してないでしょ」
「姉ちゃん・・・・」
クスクスと聞こえる静かな嘲笑。
一方で何事も無かった様に進む式典。
来賓席の獣人夫婦は、その能力により彼女を捉え温かく微笑んだ。
「ジェラールちゃん・・・間に合わなかったみたいね。
ベーゼンちゃんも頑張ってたのに運命なのかしら・・・・・
これからどうなるものかしらねぇ・・・・ねぇルーシア」
「そうだな・・・ハインリッヒ王は、ああ見えてどうだろう。
後で、アイツに探りを入れておく。
ルヴァーテ、君は外交を頼む。面倒ごとを押し付ける様ですまんな」
「フフッ、こんな時ぐらい任せなさいな」
二人は笑顔のまま視線を合わせる事無く場を眺めた。
同じような空気を漂わせる他国の来賓も多い。
お膳立てされたもう一方の夫婦の宣誓も終わり式は進んだ。
日は落ち夕闇が王城を包む中、大広間から離れた一室に光が灯っていた。
客を差し置き椅子にドカッと身を投げるジェラール。
ため息と共にその姿を諫める声は慣れている。
「ジェラール様、ルーシア王の前ですよ」
「だからだ・・・今ぐらい気を抜いてもいいだろ」
「しかし、今日は何処に目があるかわ ─── 」
ジェラールは、子供じみた表情を浮かべ従者を睨む。
それを鼻で笑い、彼の言葉に被せたのはルーシアだ。
「その為のお前であろうハイネス。
まぁ、俺は構わんよ。こいつがだらしないのはいつもの事だ。
なぁ、ジェラール。そうだろ?」
「いつもの様に頼むハイネス。
先方が、そうおっしゃっているのだ。
甘えなきゃ不義理というモノだろ?
フッ、相変わらずの弄りをするなルーシア」
雑談を交え始まる会話。
それは、くだらない会話すら漏れることは無い。
ハイネスは、ため息をつきながら魔力を維持していた。
空が青黒く変わる頃、扉は礼儀はあれどどこか粗雑なノック音を響かせる。
続く声は、ジェラールの慣れ親しんだモノでは無い。
「しつれーします。
イセリナ様の従者フェデルテにございます。
主人よりジェラール様に相談がございます」
「・・・ルーシアいいか?」
「あぁ、嫁の従者だろ?好きにしろ」
「入れ」
丁寧に扉を引きお辞儀するフェデルテ。
そこに粗雑さは伺えない。
「失礼します。えっと・・・あっ」
フェデルテは、ルーシアを確認するとすぐさまお辞儀。
続くのは、ジェラールへの視線。
「気にするな、用件を頼む」
首から上は挙動がおかしい。しかし、その他はどこか肝の座っている。
眉を顰めるハイネスとルーシアだが、続く言葉でそれも消えた。
「えっと・・・イセリナ様の体調があまり良くありません。
ですので、退席の許可が欲しいっす・・あっ、です」
ジェラールは、視線だけフェデルテからハイネスへ。
返答を求められた従者は、小さく頷き衣装箪笥へ。
ハイネスの行動を確認したジェラールは、妻の従者へ告げる。
「あぁ、無理はするなと伝えてくれ。王には私から言っておく」
「はい、了解っす・・じゃなかった。畏まりました」
フェデルテは腰を折り深く頭を下げる。
そのやり取りを見つめるルーシアは、ジェラールに向け顎で指示。
ジェラールは、一瞬止まるがそれを理解。
一歩下がるフェデルテに声を掛けた。
「直ぐに私も行く。
一人で部屋へ下がるのも苦だろ。
少しだけ待つ様伝えてくれないか」
「えっ、は、はい。よろこんで。
あっ、畏まりました。イセリナ様にお伝えいたします」
ジェラールはフェデルテの返答に頷く。
一方、顎で彼を扱ったルーシアは、鼻で笑った。
部屋を退出するフェデルテにハイネスは布を渡す。
「くれぐれも無理をなさいませんようお伝えください。
ああ見えてジェラール様も心配なさっておりますので」
「了解っす・・あっ。畏まりました」
「私は、ジェラール様の従者です。畏まる必要はございません。
いつも通りで構いませんよ配達の時の様に」
ハッとしはにかむフェデルテに返るのは変化のない表情。
フェデルテは、自分が一瞬はにかんだ事に表情を暗くし部屋を後にするのだった。
それから半時も経たず部屋の明かりは消えた。
大広間では、王に耳打ちし頭を下げるジェラールの姿。
そして、彼はバルコニーへと向かう。
「先ほどまで何方にいらしたのですか兄上。
いくら、一理ある行動とは言え主賓を残すのは考えものではありませんか?」
「その様だな。以後、気にかけておく」
すれ違う二人。
ニケロムに寄り添うルイーナは静かに呟く。
「お似合いの夫婦ですわ・・・・
ルイーナ達に迷惑はお掛けにならないで欲しいものですわね」
彼女を止める事の無いニケロムの表情も彼女と同じ様に歪む。
暫くして、純白から洩れる歪んだ闇は、大広間を離れ控室へと消えた。
ジェラールは、視線をハイネスへ向け頷くと、止まった脚をバルコニーへと向けた。
少しずつ小さくなる荘厳な調。頬を撫でる風は音色に比例する様に冷たさを増す。
目の前の光景に息を飲むジェラール。その姿は平時のそれでは無かった。




