造られた無垢
穏やかな調は、一組の主賓を思わせる様に場を和ませる。
一方で、調べに乗って響き渡る詩は、もう一組を讃える物。
それは調和している様でいて旋律が合わせているに過ぎない。
響き漏れた音色は、広間を満たしバルコニーへと届く。
そして、すすり泣く主賓の一人の頬をくすぐり城下へと消えて行く。
彼女を囲う3人の元へヨハンは戻った。
「お待たせし‥致しましたベーゼン様」
「ありがと、ヨハン。 あっ、これ可愛いわね。
コチラで涙をお拭きください。イセリナ様」
優しく差し出されたハンカチ。
強引な様に見えて柔和な所作は彼女の心遣いだろう。
兎が刺繍された柔らかい布は無機質で冷たいが何故か温かい。
触れた指は、他令嬢の様に全てが飾られる事無く手入れも程度が知れる程。
イセリナの嗚咽は消え鼻をすするのみ。
「すすっすんすん・・・・ごめんなさい。
すん・・・あの 使わせて頂きますわ・・・・チーン。
あ・ありがとうございます・・・えっと・・ベーゼン?様。
フェデルテ、もう大丈夫ですわ・・・心配かけましたね。
他の皆様もありがとうございます・・・・こんな私のために・・・」
「えっ、あっ・・・気にしなくていいわ。
見ちゃったら誰だって差し伸べるものよ・・たぶん」
(不味いわね・・・なんか面倒な状況・・・・・・でも・・・)
ベーゼンは苦笑いを精一杯隠しつつ、ヨハン達へ視線を流す。
しかし従者と部下には彼女の想いは届かない。
何を真似ているのか見て取れるヨハンは、それで精一杯。
残る彼女の部下はと言うと、命令に従い壁に徹している。
ベーゼンは、一瞬眉を顰め空を眺めた。
口からは小さくため息。そして苦笑い。
「よしっと、しょうがないか‥‥ハァ。
どうなさったんですかイセリナ様。
婚儀の花嫁は幸せの絶頂と聞きます。それがどうして涙を?」
「すんすん・・・・それは・・・・・」
耳障りな詩は止み、優しい音色だけが心地良く城下を包む。
凍をを落ち着ける様に咳払いし笑みを向けるイセリナ。
触れたら壊れてしまいそうな姿にベーゼンは胸の鼓動を感じた。
(アッ・・・・こういうの・・・私には無いヤツだわ・・・ハァ・・)
「ゆっくりで大丈夫ですよイセリナ様・・・・ほら、こ・お紅茶です」
「あ、ありがとう御座います。 ベーゼン様」
ベーゼンは、ヨハンにより用意されたティーカップを受け取り彼女に渡す。
鼻をすするイセリナは壊れそうな笑顔のまま、それを両手で受け取った。
彼女は手渡されたカップを静かに見つめ心を落ち着ける。
静かに開かれた口から語られる言葉はベーゼンの予想を裏切った。
「あっ・・・いえ・・私初めてでした・・・
フェデルテ以外の者に優しくされた事も、気に掛けられたことも・・・・・
お恥ずかしいですが・・・・それで涙が・・・・コホッコホッ・・
アッ・・・ジェラール様も文でお優しいお言葉がございましたので・・・」
「そう・・なのね。
んんっ・・・・ちょっと待って、
初めてってイセリナ様はエルタニア第一王女ですよね?」
ベーゼンは目を丸くし彼女を見つめる。
反応は、当然の様に返る頷きと訂正する事の無いか弱い返事。
ベーゼンは困惑し彼女の従者に視線を向けた。
向けられた視線にフェデルテも主人と同様の頷き。
「えーっと、王様と王妃様っすね。
大切な姫だからって、毎日城の奥の部屋に匿ってたっすよ」
「それは、アッチもそうなの?」
ベーゼンは、第二王子と共に貴族達と歓談するもう一人の花嫁を見る。
その視線を察したフェデルテは、一瞬眉を顰めた。
続くのは咳払いと小さなため息。
「んんっ・・・ハァ。
ルイーナ様も王様と王妃様に大切に育てられている様で・・・
ただ、イセリナ様に比べてお体が丈夫な様でして・・・育て方も。
これって言ってよかったっけ・・・・
お二人にはお姉さまがいたらしいっすよ。
でも、生まれて少し経ってお亡くなりになったって聞いたっすね。
それがあって、イセリナ様はお部屋から出してもらえなかった筈っす」
「コホッコホッ・・・フェデルテッ、私の事はいいの・・・
ベーゼン様、私は体が弱いのであまり外を知らないのです。
人付き合いもジェラール様の文だけでした。
お父様もお母様も・・・私の体を気遣って会いに来るのも年に数える程・・・
あっいえ・・・すいません、妹の話でしたわね・・・コホッ。
妹は ───────────── 」
従者の言葉を止めるも、自ら自身の生い立ちを話すイセリナ。
それは、初めての優しさに拠り所を求める様にも思えた。
咳に苛まれも必死に話を続ける彼女。
ベーゼンの表情は、彼女の言葉、変る表情に眉尻を下げるばかり。
自然と漏れる言葉は彼女を止めた。
「もう・・・やめましょ、イセリナ様。
もう大丈夫です。 ルイーナ様の事なんてどうでもよいのです。
それより・・・・んん~・・・そう、ほら見てください。」
ベーゼンは悩み正面の空を指さす。
導かれる様にベーゼンの指先の軌跡をたどるイセリナの視線。
続くのはイセリナの優しいため息。
「はあぁ・・・・なんて綺麗・・・・宝石箱の様・・・・・」
「神々が祝福しているんですよ。
ほら、星が流れています。
東方の国では星が流れると良い事があると言います。
イセリナ様は、この国の姫君になられたんですから、
エルタニアに縛られることはありませんよ。好きにしていいんです。
あの尾を引く星の様に自由なんですよ。」
ベーゼンは、流れ星を指さし見つめる。
同じように空を見つめていたイセリナはベーゼンを見つめた。
「自由・・・好きにしていい・・ですか・・・」
イセリナは、ベーゼンの言葉を噛み締める様に繰り返す。
静かに過ぎる時間には、荘厳な音色は似合わない。
遠くで流れる音を掻き消すかの様に風は吹き上げる。
「「キャッ・・・・・・・フフッ・・・アハハハッ」」
互いに視線を合わせ笑い合う。
イセリナは、目じりに残る涙を拭きベーゼンに笑顔を返す。
「びっくりしましたわね。
フフッ・・・何でだろ、可笑しいですわね。
私、ベーゼン様と一緒にいるとウキウキしますの」
「フフフッ、私もです。
これも、お猫様の導きかしら。フフッ」
「お猫様?」
「ええ、お猫様です・・・あっ、ヴァスティ様って言った方が良いですね。
可愛いんですよ~ ───────────── 」
首を傾げるイセリナは、年上と言うのに可愛らしい。
言葉を重ねる毎にベーゼンの中のしこりは闇へと沈んでいった。
笑い合う二人は一見華やかで他を魅了するが、それを止める一方的な印象。
ひそひそと聞こえる貴族達の声は、印象との乖離を否定する為だろう。
しかし、二人の耳には残らない。
風は浄化する様に密語を払う。
イセリナは、冷めてしまった紅茶を一口含み喉を潤す。
視線は、隣に座る優しい女性へ。
「あの‥‥ベーゼン様。
先ほどの自由・・・私が好きにしていいって」
「んっ・・・あぁ、そうじゃないかな。
だって、イセリナ様はイセリナ様の物でしょ?
何だって自由に決められるんじゃないかな。
ねぇ、ヨハン・・・・私だって自由だし。適度に」
ベーゼンの視線は隣に控える彼女の従者へ。
返されない視線だが言葉のみ静かに返る。
「ベーゼン様、あまり適当な言葉は適切ではあ・ございませんよ。
自由には、責任が伴います。
とはいえ、ベーゼン様の言う事も一理ございますし、
私も、ベーゼン様のお考えが好きです」
「ねっ、ヨハンも自由だって、フフッ。」
満面の笑みを向けるベーゼンにイセリナの表情もつられた。
イセリナは息を整え、ベーゼンに意志を向ける。
「ベーゼン様。
私・・・・アナタとお友達になりたいです。
・・・・お嫌・・・ですか?」
ベーゼンに向けられる感情は、同じ男を想う相手へ向けるモノでは無い。
世間知らずなどと言う範疇に収まるとは思えないイセリナの行動。
向けられる感情に嘘も偽り、ましてや企みなど無い。
むしろ、好意以外の何物でもなかった。
口ごもるベーゼンは、視線を足元へ落す。
返らぬ返事は一瞬を永遠の様に見せていた。




