深窓の令嬢
王国の栄華を思わせる様に、涼秋の夕暮れは全てを黄金に染める。
式典は一段落し、城内へ場所を移し立食パーティが始まっていた。
貴族たちは、互いの立ち位置を確認しつつ交流を深め合う。
一方で主賓たる4人のは、それぞれの思いで時を過ごす。
中には、この時が幸せの絶頂だとも知らず、さも当たり前の様に振る舞った。
華やかな舞台で奏でられる音楽は、彼らにとっての日常で道端の花と同じ。
風に運ばれたその音色は、大広間を抜けバルコニーへ。
そして、少しくたびれた象牙色のパンプスを掠め城下へと広がる。
バルコニーで長椅子に座る人影は式典と対比する様に静かだ。
身に着ける礼服は、継承とは名ばかり。
仕立てこそ荘厳だが過去の流行でしかないドレス。
それは一見大切に保管されていると判るが、真実はそれを纏うものと同じ。
胸元を飾る宝石も、彼女を隠す様に美しい。
冷たい風に流れる銀青色の髪は、涼やかだが寂しく映る。
見つめる先は、城下を越え王国の豊かな田園。
穂波の輝きに緋色の瞳は、静かに涙を湛えていた。
「イセリナ様、お体に障るっすよ。
それに、今日はイセリナ様が主役っす。
中で楽しみましょうよ。
ほら、あちらにぃ・・・・ジェラール様もいますし」
「フェデルテ、私はいいの・・・コッホッコッホッ。
あんま人の多い所は慣れていないもの・・・・疲れちゃうし。
フェデルテは、あちらで楽しんできていいわ・・・コッホ。
私は、後でフェデルテのお話が聞ければ十分・・・・コッホッコッホッ」
「ほら、言った傍からじゃないっすか・・・もう、イセリナ様はぁ・・・・・
あーし、王様とジェラール様に退席の許可貰って来るっす。
イセリナ様は、これ持って待つっすよ。温かいっすから」
メイド服を着た元気を擬人化した様な従者は、主人を残し大広間えと消えた。
1人バルコニーに佇む花嫁は、まだ顔を出すには早いぼやけた青い月を眺める。
しばし煩わせる咳は、彼女とは長い付き合いだ。
しかしそれは、彼女の主たる病ではない。
ジェラールと同じ様に大司祭も解決できなかった病の影響だ。
そんな似た境遇が、縁談の切っ掛けであった。
本人も、同じような日陰者の王子に親近感を覚えた程。
毎年届く彼女への誕生祝いとその文は、唯一の楽しであり数少ない宝物。
外出がちな侍女とは言えない侍女は、彼女に彼の噂話で活力を与える。
長い年月の積み重ねは、彼女の希望となり不自由を自由に見せていた。
そして今は、長年の夢は叶ったのだと彼女も感じる。
向けられる彼の穏やか声、温かい視線。想い描いた彼。
しかし、環境は何一つ変わってはいない。
城内からは、コツコツと威圧的な足音。
それは、彼女の気持ちを沈ませた。
「あら、お姉様。お久しぶりですわ。
そうそう、ご結婚おめでとうございます・・・フッ。
あら、お綺麗な御召し物・・・・お母様の物かしら、それともお婆様の?
素敵ですわね、意思を継ぐ?みたいで・・
幸せになれると良いですわね・・・フフフッ。
とはいえ、この式典は、ルイーナのついでですけど・・・
あら、違いまして? そうよねぇ~ニケロムぅ」
「こんな所にいたのかルイーナ。
これは、義姉上・・・ご結婚おめでとうございます・・フッ。
しかしルイーナ、いくら姉とはいえ言葉はを選べよ。
真実だとしても、貴族というのは面子がある。
フッ・・・これは失敬、義姉上・・・・・では失礼。
ルイーナ、俺達の式典だ。主賓がいなくては味気ないだろ。行くぞ」
式に合わせたような服装の男女は、バルコニーの長椅子で佇む花嫁を見下ろす。
一方的な会話は、祝福を装いきれない侮蔑。
そこに一切の躊躇など無く、彼らの日常なのだろう。
か細いと言えば聞こえがいい指は、自分のドレスを強く握りしめた。
色白の指先は、淡いピンクパールのネイルより赤く色を付ける。
しかし感情は表に出る事無い。正しい表現が分らないと言った方が良いだろう。
彼女はそう育てられたのだ。
反応が薄い彼女に飽きたのだろうか。
一方的な挨拶、基罵倒と言えるそれは終わりを見せる。
「ええ、ニケロムぅ。
じゃあね、お姉さま・・・・フフッ。
旦那も寄り付かないなんて、寂しすぎますわね、あの人」
「やめとけ、俺達もああなっちまうぞ」
「きゃ~怖い~、キャハハハハハ。
愛してるわ、ニケロムぅ」
「ば~か。まだ式は長いんだ。ムラついちまうだろ」
「抜け出せばいいじゃん、あの女みたいにさ。
ねぇ、ニケロムぅ・・・ルイーナも ──────・・・」
過ぎ去っていく騒音にホッと息を落ち着ける。
変る様に耳をくすぐる優雅な音楽。
それは、王族なら聞き飽きているであろう物だが彼女には違う。
沸き起こる感情は、町娘のそれとも大きく違った。
イセリナは、スカートを掴む手に力を籠め食いしばる。
意志に反して流れ出す涙は、象牙色のドレスを染めていく。
望まぬモノとは、望まれるモノより訪れる事が多い。
まして、望まぬ時にこそ来る。
「ハァ~面倒くさいわね・・・・嫌な目だ事。
何で式が終わったのに帰っちゃダメなのよ・・・・まったく。
アッ、先客がいるのね・・・・・ってイセリナ様?じゃない。
えっ、いや・・・・私じゃないわよね。
アッ、え~と・・・・・・・ハンカチ使ってって・・・・あれ?」
「ベーゼン様、淑女の嗜みですよ・・・・
こちらを・・・アッ・・・いえ、そんなはずは・・・・・・
こっち・・・にもないわね・・・・」
「ヨハン姉ちゃんも忘れてんじゃん・・・・ハァ
僕のでいいかな? いいよね。
はい、イセリナ様。ちょっと汚いかもだけど使ってよ。
ハイネス兄ちゃんが、女の人は笑顔が一番だって言ってたよ」
そこに在るのは、少しだけ心地いい雑音。
手渡される小綺麗な柔らかいハンカチ。
どれもイセリナには初めての事。
人前だというのに止まらない涙は、さらに勢いを増す。
そこに駆け付けるのは、望む相手とはいかない現実。
「イセリナ様~戻ったっすよ~・・・ってあれ、どうしたっすか。
ちょっとアンタ達、あーしのイセリナ様に何を!」
従者は、腰に手を回し身構える。
殺気だけなら、すでに何人か斬っていてもおかしくはない。
しかし、伸びた手の先には、残念ながら何もなかった。
反応したベーゼンは、両手の平を見える様に出し一歩前に出る。
それを制止する様に入るのはヨハン。
こちらは、明らかに何かに手を伸ばしている。
ベーゼンは、ヨハンの肩に手を置きそれを制止。
「いいよ、ヨハン。大丈夫だから・・・
えっと、私達は彼女に何もしてないわ。
あっ・・・・トゥーンがハンカチを渡したかな? アハハ」
当てられる殺気に、ベーゼンは無意識に苦笑い。
目の前のメイドは、回り込む様にイセリナの前に動く。
そして、目の端で主を確認。
「イセリナ様、もう大丈夫っすよ。
武器は無いっすけど、たぶんイケるっす。
っで・・・・・こいつ等は何をしやがったんすか?」
イセリナは、鼻水を啜りながら嗚咽。
会話にならないそれが成立しているとは思えない。
その為か、ベーゼン達には、彼女が人形の様に華奢なせいか幼く映る。
見てはいられなくなったベーゼンは、フェデルテの脇をすり抜け駆け寄った。
すれ違いざまに聞こえるフェデルテの声など置き去りだ。
続くベーゼンの声は、ヨハンへと飛ぶ。
「ヨハン、ハンカチか柔らかい布お願いね。
あと、トゥーンはそこに立っててね。壁が欲しいわ。
まったく何やってんのよ。あのバカ王子は・・・・・・」
ベーゼンの感情は、未だに整理など付いてはいない。
しかし、体は勝手に動く。
そこに、彼女の本心がある。しかし、気付いても目を背けているのだろう。
僅かに見える太陽は、西の地平を辛うじて紅く染めていた。




