主役は視界の端に
日は東の空中腹をじりじりと昇り、人々を優しく見つめる輝く。
爽やに吹く冷たい風は、その背に豊穣の香を乗せ届ける。
それはまるで、二組の新たな夫婦を祝う様にも思えた。
陽の光が礼拝堂の影を浄化した頃には来賓席の空きは消える。
礼拝堂にはいつもの静粛さが戻り、式典の幕開けを待つばかり。
作業を終えた二人の研究者も有象無象に交じり最後列に着く。
静かな場所には必ず付き物なのだろう聞こえるのは囁く様な話声。
顔を合わせた事など皆無に等しい侍女たち3人の閑談が耳に付いた。
「ニケロム様とルイーナ様の婚姻はわかる。
けど、合同でジェラール様もって・・酷い扱いね」
「あ~それ分かるぅ~。
っていうかぁ、ジャラール様の結婚はショックなんだけどぉ」
「あんた、ジェラール様好きだよね~。
でも、無駄じゃない私達じゃ。相手は一国の王子様よ。
振り回されて妾がいいとこよ。どこぞの地方令嬢様みたくね」
「あ~、ちょっと前までは王宮にいたよね。
なんで出てっちゃんたんだろ」
「良く言うわねアナタって・・・・時々怖い子ね」
「え~、なんのことぉ~。フフッ、あたし知らないしぃ~」
数人挟んだ先から聞こえる雑談。
ベーゼンは視線だけを流し、ため息を小さくつく。
そして視線を隣に移すと、まだ目覚め切らない少年が睡魔と激闘中。
ベーゼンは、ポケットから小さな懐中魔工時計を出し眺める。
まだ開始までは時間がある。
ベーゼンは、彼の肩をトントンと優しく叩き、小さく囁き掛けた。
「昨日あれだけ言ったでしょ、もぉ・・・フフッ。
起こしてあげるから、始まるまで寝てていいよ。
昔みたいに、膝枕してあげよっか?」
「・・・んん・・・うん・・・じゃなくて・・・いい。
でも、あひがほふぁ~・・・・姉ちゃん、ちょっと寝るね」
少年は、あっさりと睡魔に負け、彼の漕ぐ船は座礁。
呆気なくベーゼンに寄り掛かる形に収まった。
概ね静かな空間に差し込む光は二人を照らす。
ベーゼンは、小鳥の囀りにも似た雑音から意識を外し祭壇奥の像を見つめる。
荘厳なそれは、創造神ヴェスティア。
何も返さない彫刻を見つめ、ただ時を待つ。
僅かな時間だというのに永遠にも似た時間。
それは、彼女を思考の海へと引きずり込んだ。
(あの時のエヴァの気持ち・・・今の私と同じなのかな・・・・
なら、昨日のジェラールも、あの時の私と・・・でも・・・・・・・)
無意識の思考は、デービットを見つめさせた。
朧げに思い出される苦く甘いエヴァとの日々。
そして、ベーゼンの思考と感情は、閉じた筈の記憶の扉を開いていく。
(誰かに分かってほしかったのかな・・・・・でも・・・・私には・・・・)
そっと視線を寄り添う少年に向ける。
スゥスゥと寝息を立てる少年は、精一杯背伸びをしても青年とは呼べない。
どう足掻いても彼女にとって可愛い弟、もしくは拾ってきた子犬。
無意識の思考は、精神を助け感情の整理をさせた。
ベーゼンの口からは小さく優しい笑いが零れる。
それを追う様に、鐘の音は響き渡り式の始まりを告げた。
来賓席では、過去に何度もあった獣人の元王子とその妻が笑みで友を祝福。
彼らの視線の先には開かれた扉。
満ち溢れた光の中で、寄り添うように進む2つの影。
4人と2国の行末を祝い、希望を乗せる様に響き渡る拍手の嵐。
壇上へと上がる4人。
そこに差し込む天窓かの日差しは神が祝福したかの様。
何人か隣の彼女達の囀りは、色めき立つと同時に見とれていた。
「ハァ~ジェラ~ル様、今日も一段と素敵ィ・・・。
あたしがジェラール様の隣にいたかったなぁ~。
「素敵なのは同意ね。
でも、私たちがあの場に立ってもああはならないわ。
馬子は衣装着せても馬子。過ぎたるは及ばざるが如しよ」
「相変わらず、現実主義ねアンタ・・・
でも、この子じゃないけど素敵よね。
ジェラール様とイセリナ様は、少し温かみのある白い礼服。
ニケロム様と、ルイーナ様は、純白の礼服・・・んんっ?」
「そうね、ジェラール様たちの衣装は旧来のデザインね。流行じゃないわ。
どうせ宰相と当人の指示でしょね・・・・細かいデザインなんて雲泥の差よ」
「あの噂って事実なのかなぁ~?」
「ちょ・・やめなぁ、こんな時に・・・・」
「そうよ。婚礼の最中、不羈奔放で牢獄なんて・・・・巻き込まないでくれる」
よもや可笑しな方向へと舵を切った会話。
しかし、その中の一人のツンとした侍女はジトッと睨み幕を下ろした。
王宮には噂話など樽に詰めて売って捨てるほどある。
もっとも出所は定ではないのだが、暇を持て余すとそんなもので時間を潰す。
そもそも、侍女の立ち位置など、奉公ついでにお家の昇進が出来れば良し、
あわよくば、牽制しつつ暗い情報でも手に入ったら儲けものと言った程度。
その巣窟ともいえる王宮など叩けば出ない訳がない。
ベーゼンも侍女の一人の様にジェラールの晴れ姿を眺め思考した。
(確か・・・・んん~やめとこ。
変な時に、考えが口から出ちゃったら困るもんね。
でも・・・・羨ましいなぁ・・・・イセリナ様。
それに・・・・なんかムカつく・・・・ジェラールの馬鹿!
フフッ、口に出したら気が晴れるかな。)
トゥーンは、変な笑みが時折ちらつくベーゼンに不安を覚えた。
その表情は、不安の中に僅かな悲しみがある。
その小さな感情は、少年の口を動かした。
「姉ちゃん・・・・大丈夫か?
なんか、やばい実験してる時より碌な顔してないよ・・・
気分悪いなら一緒に出よ?」
「えっ・・・・あぁ、いいのよ。
心配ありがとね。でも、お子様は気にしなくていいの。
ねぇ、トゥーン見て。ジェラール様たち素敵よね。
私もあんな風に祝ってもらえるのかな・・・
ツォーネさんってどうだったんだろ・・・・・・
あんまり明るい話してくれなかったけど、聞いたことある?」
ベーゼンの言葉に、腕を組み天井を見つめ悩む少年。
過去の記憶を漁っても、記憶にない両親の話以外は出てこない。
強いて上げれば、ベーゼン達と共にクルシュノで見た宰相とのやり取り。
今だから、ある程度予想ができる自分の血筋。
しかし、それを否定する自分がいる。
そして、自分を守る様に隠居する祖母に感謝する自分もいる。
結果、返す言葉は彼女の求めるそれにはならない。
「んん~、おばぁは何も教えてくれなかったよ。
きっと、嫌な事なんだろうし・・・僕の為でもあると思う・・・」
「あっ・・・ごめん。変なこと聞いちゃったね。」
ベーゼンは、眉を顰め悩む少年へ謝罪。
それは彼への謝罪だけでなく、思慮の無い自分の浅はかさへの戒めだろう。
少年は腕組みをほどき、顰めた眉を緩め微笑みをベーゼンへ返した。
そこには大して深い感情はない。ただ思考を解放だけだ。
「気にしなくていいよ。
だって、僕の知ってる家族って、" おばぁ " だけだし・・・
そもそも記憶にない人たちだよ・・・
それに、僕には ” おばぁ ” も " 姉ちゃん " だっている。
だから気にしなくていいよ。
僕・・・姉ちゃんの笑顔が見れれば、そっちの方がずっと良い」
そう言い残すと視線を天井に戻し何食わぬ顔を装う。
少しだけ頬と耳さきが、ほんのり赤く染まる表情。
はにかみを隠すそれは、ベーゼンに笑みを与えた。
一方で片や盛大に、片や淡々と進む婚礼の儀。
それは、国の行末を暗示する様に小さな闇を少しずつ育てていた。




