感情の連鎖
小高い丘に存在を主張する王城。
その脇に建つ2つの洋館は、どんな時でも光があった。
それは翌日が、王族の婚礼式典でも同じ事。
一方は愚痴がひそひそと聞こえ、もう一方は静かだが稀に爆発音。
ベーゼンの脚は、無意識に習慣をなぞり従った。
建物に入り進む先は、彼女達の研究室。
独りになりたい感情は、時として真逆ともいえる安らぎを求める。
扉の先に見える人影は、彼女と同じか少しだけ小さい。
キィっと音を立てる木製の扉は少しだけ建付けが悪くなっていた。
物音で意識を飛ばす人影。
「あれ、姉ちゃん。今日の作業、終わってるんじゃなかったっけ?」
「えっ、あっ・・・・・・光が見えたからね。
って、ここでは、所長でしょ。しょ・ちょ・う。
で、トゥーンは何してるのかな?」
無意識下に掛けられる言葉は反応しがたい。
望んだ不用意は、絡み合った感情のジレンマを少しずつ解いていく。
目の前で作業を続ける背中は、こんなに大きかったかと思うほど。
声だけが返るキャッチボールは少し寂しいものだが今は心地が良い。
「ね・・所長が帰る時に報告したと思うんだけど・・・・
所長の構築した術式の落とし込みだよ。
・・・僕、紅茶淹れるけど姉ちゃんも飲むよね。」
「・・・うん、ありがと。」
一瞬合う視線だが、何かを察した様に反れていく。
静かに席を立つトゥーンには、もう昔の様な幼児の可愛さはない。
暫くして、お盆にティーセットをのせて戻る少年。
呆けた様に机を見つめたベーゼンの前に、静かにそれを置いた。
「おまたせ、姉ちゃん。砂糖とミルクだったよね」
「うん・・・・でも今日はいいかな。ありがと」
あと、所長ね~・・・」
「そっか、じゃあ貰っちゃうね。」
机に用意された紅茶。
ぼーっと見つめるベーゼンにトゥーンは手渡す。
そこに昔の彼は居ない。
ベーゼンの静かな所作に合わせ、空気に従う。
しかし、まだぎこちない。
だがそこには、この年代特有のアンバランスな可愛さがある。
ベーゼンの焦点は少しづつ合い、鮮明になる世界。
「ウッ・・・甘っ・・」
「フフッ、変らないねぇトゥーンは」
ベーゼンの視線の先にはムスッとした表情を浮かべるトゥーン。
返る言葉は少しだけ明るい。
「違うよ・・・・姉ちゃんのも入れたからだよ。
いつもは、僕だってこんなに入れないし・・・昨日は入れてないんだからね」
「フフッ、トゥーン君は大人だもんね?」
トゥーンは、頬を少しだけ赤らめ視線を落とす。
何かを言いたそうな表情を残す彼だが、言葉を待つ様に席に座った。
静かに過ぎる時間。
トゥーンには時計の音が嫌に重く、そして遅い。
時折耳に入る紅茶が喉を伝うなまめかしい音。
それに呼応する様な胸の音は、あの時と違いどこか苦しい。
それは、彼の ” 憧れ ” と共に過ごす時間が嫌だからではない。
しかし、トゥーンは心を抑え込み彼女を待った。
ベーゼンが紅茶を半分ほど飲むと空気は少しだけ柔らかく変化。
しかし、口を開く彼女の表情は何処かおぼろげ。
「私って嫌な女かな・・・・・
明日はお祝いだってのに・・・・
ジェラールの晴れ舞台なのにあんなこと言ってさ・・・
色んな人がお互いの為に頑張ってやってるのに・・・
ってトゥーンに言ってどうすんだよって感じだね。
最悪だな・・・私」
ポツポツと語りだすベーゼン。
それは、年端も行かない少年には荷が重すぎる。
背伸びして支えられる程、容易く軽い感情ではない。
勿論、理性抜きにどうこうしようなどとは以ての外。
そこに在るのは、いつもの表情で聞き入る少年。
先程迄のはにかむ姿は無く、光の見えない闇をただ模索するだけ。
しかし、それが意外にも正解だったのかもしれない。
静かな空気は彼女の口を、そして感情を解いていく。
彼女がこぼす言葉に少年は思う。
そこに在る " 憧れ " が、同じ人であると。
あれだけ大きかった存在が小さく弱く見えた瞬間である。
彼の心で生まれ育んだ想いは、ここで大きく変わった。
落胆ではなく羨望から恋へと。
しかし、何も出来ず歯がゆい自分がそこには居る。
ベーゼンとの時間に喜びは、しだいに自分の情けなさへと変わった。
彼女の言葉をただ聞く事しかできない自分。
出来る事は、愚かに悩み眉を顰める事。
彼の表情は重く、その視線も時を重ねる毎に下がる。
感情のかみ合いがない会話はすれ違いとも違う。
しかし、トゥーンの感情とは裏腹に変わっていく空気。
ベーゼンのカップから湯気が消える頃、彼女の顔からは闇が少しだけ晴れていた。
「なんか、私だけ話してたね・・・愚痴になっちゃった。
アハハハッ・・・・・フゥ。
いっぱい話して笑ったらスッキリした。
聞いててくれて、ありがとね。トゥーン。
もう遅いから、私帰るよ。
トゥーンも明日は朝早いから遅れないように。
なんたって、私の初めてで大切で優秀な部下だもん。
それじゃあ、お疲れ様、おやすみなさ~い」
「アッ・・うん。姉ちゃん、おやすみ・・・」
トゥーンには、彼女の奏でる少しだけ低い音の足音が少しだけリ軽く聞こえた。
少年は、彼女が来た時と何も変わらぬ書類を片付け部屋の明かりを落とす。
ベーゼンの影を追う様に消えた洋館の光。それを強調する煌々と輝く魔術研究所。
少年は視線を空へ向け、静かに輝く白い月に彼女を想う。
まだ月が昇りきるまでには大分時間が必要である。
石畳を叩き響く軽快な音は、少し低く重い。
足音は小高い丘を下り街の雑踏に紛れていった。




