感情の堰
魔法使いは思う、どの位経っただろうかと。
目の前の闇は、自分の手がそこに無いかの様に振る舞う。
聞こえる音は、ポツポツと垂れる水滴だけ。
少し前までは、あれだけ騒がしかったというのに可笑しなものだ。
彼女は、腰を上げようと足に力を入れる。
「痛ッ!・・・・」
声は空しく闇に消えていく。
彼女は痛みの元に手を伸ばす。
それ自体は、シッカリと存在している。
しかし、滑りけのある生暖かい感触が指先に。
その瞬間、激痛と凍える様な悪寒が走る。
「クッ・・・・・・ハァ・・・」
ベーゼンは、心を落ちすかせ、上着の袖を千切り止血を行う。
傷口がどの程度悪いのか、この闇の中では判るはずもない。
不安で強張っているだろう表情ぐらいは想像がつく。
しかし、見えないお陰で " 大丈夫だ " と自分に言い聞かせられた。
(不味いわよね、色々と・・・・)
「アッ!」
一瞬響く声も、直ぐ闇がかき消していく。
闇のせいか、事の顛末が強制的に再生された。
それは不安を呼び覚まし、思考を言葉に変える。
「トゥーン!・・・・・」
期待などしていないが、返る言葉など在りはしない。
あれは、ベーゼンが予想していなかった出来事だった。
事の起こりは、機材の調整を終わらせ、机上から現実に落とし込んだ直後だ。
夕食を終えたベーゼンとトゥーンは、宿を後に仮設テントへ。
明日は採掘を予定しており、機材の最終確認をする為だ。
「姉ちゃん。動かすんだよね。」
「そうね。明日やってダメでしたじゃ格好が悪いし・・・
それに、兄様が居なくても動く様に改良したのも見ておかなくちゃね。
トゥーン、起動ボタン押してきてくれないかな?」
「わかったよ・・・・赤いボタンだよね。行って来る!」
「急がなくていいよぉ~! 転ばないでねぇ~!!」
「わかってるって!・・・・・・・わッと!!・・・‥」
小さくなる少年の背中。一瞬地面に足を取られそうになるも耐えた。
振り返り、はにかみながら手を振りまた駆けだす。
ベーゼンはその姿にホッとし、手を振り見送る。
それから、数分経つと少年の声が洞窟内に響く。
「姉ちゃん、押してきたよ!しっかり動いてる?」
戻ったトゥーンは、前かがみになり肩で息をしている。
ベーゼンは、笑顔で彼の頭を撫で状況を共有した。
「うん、問題ないよ。フフッ、よくできました」
トゥーンは想定していた彼女の言葉に対し用意した様に口を尖らす。
そこにはいつもの " 6歳 " のやり取り。
一和みするとベーゼンは、作業を再開した。
「それじゃあ、ここからは初めてだから注意よ。
トゥーン、私の後ろね。少し下がっていてね・・・
大丈夫だろうけど何かあってからじゃ遅いから」
「・・・うん、先生!」
ベーゼンは、振り返ることは無い。
今回は機材にしっかりとした3脚の支えを付けた。
衝撃を予想し、三脚は固い地面に深く食いつく様にしている。
勿論、対象の魔封石柱も固定済みだ。
ベーゼンは、アイネスがやった様に身構える。
「よし・・・それじゃあ行くわよ!」
ごくりと唾を飲み込み眉を顰める。
トリガを引くと、一瞬遅れて後方から籠った爆発音。
強い衝撃と共に正面の石柱を砕く。
その瞬間、逃げ場のない力は洞窟内を駆け巡る。
奔る力は、弱い部分に集中し彼女達の足場を奪った。
「姉ちゃーん!!」
雑音にかき消される生徒の声、薄れゆく意識、闇に飲まれる光。
それは、直近の光景であり最後の記憶。
ベーゼンは、闇の中で見えるはずのない両手を睨む。
そして、一本ずつ指を動かしそれぞれの手で互いを触る。
同じ様にゆっくりと静かに全身を触診。
「クゥー!・・・・・まだ痛い・・・・お腹すいた・・・・ハァ」
見えない指先を眺め静かに握り抱きしめる。
生暖かく湿り気を感じる指先は、未だに止血できていないことを知らせていた。
不安がよぎる中、空気を読めない彼女の腹の蟲。
込み上げてくるのは、悲しみと無力な自分への笑い。
1人だというのに口からは声。
それは、思考している為ではない。
ベーゼンは両膝を抱き抱え俯く。
「・・・・寂しいよ ───── 」
どの位経つだろうか、幾度となく腹の蟲と会話を終えた頃。
ベーゼンは、久しぶりの光景を目にした。
目の前にある物がゴツゴツとした岩の壁だと辛うじてわかる。
蟲の声よりは小さいが、それではない音も。
「ベーゼーン!!」
「ネーチャーン!」
人の声が聞こえたかに思えた。
ベーゼンは俯くのを止め、岩しか見えない世界を見回す。
少し経つと、その岩肌には自分の影が出来上がる。
そして駆けよる複数の足音。
聞こえて来た声は、誰かの行動を抑制する従者のもの。
「先行はおやめ下さい!それでは私が守り切れません!」
「うるさい! 何のための鍛錬だ!
国民一人守れずに、まして・・・・ええい!邪魔をするなハイネス!!」
壁に映るベーゼンの影は大きくなり、魔光を湛えるランタンが姿を現す。
先頭には、強引にその位置取りを維持しようとする従者。
そして、それを押し切らんと強引に進む彼の主人。
「ベーゼン!・・・・・・・私に心配をさせるな。
お前・・・・ジッとしていろ」
ベーゼンは、口を強く結び堪えるが、意志に反して感情は堰を切る。
口元をそのままに、涙にぬれる頬。
「ジェラール様・・・・」
ベーゼンの口か出る声は震えていた。
そこに居るのは傷だらけの鎧を纏う一人の若者。
元は仕立ての良い鎧だと判るが傷だらけ。
知らなければ、どこぞの放浪貴族程度に映るだろう。
縋る様に見つめるベーゼンを他所にジェラールは触診。
彼は、丁寧に彼女の脚から雑に巻かれた包帯を解く。
「ンッ!・・・・」
「我慢しろ・・・馬鹿者が・・・心配させるなとあれ程・・・
出血はひどいがそれだけだ・・・・。
この塗り薬は、沁みるが傷を残さな・・・俺を信じて我慢しろ。」
彼には、いつもの王族としての余裕はない。
口調もどこか人間味があった。
ベーゼンは、真剣に手当てする彼を見つめる。
その時だ、呼びもしない蟲は小さく存在を主張。
彼にも聞こえただろうが反応は無い。
しかし、ベーゼンの頬は自然と赤くなる。
「ンッ・・・・・・痛いですジェラール様」
「甘えるな、馬鹿者・・・・ハァ。
せわしない奴だなお前は、ちょっと待ってろ携帯食がある。
お前を見ていたら私も腹が減ったよ。終ったら一緒に食うぞベーゼン」
ベーゼンの瞳に映る彼の横顔は、少しだけ柔らかく思えた。
彼女の視界の外は、まだ闇に包まれている。
風で揺れる事の無い魔導の炎は、
彼女達をあざ笑うかの様に嫌な動きを見せていた。




