者想う葦
鉱物を孕む煙は、春風にあおられても力強く昇っていく。
煙突の数に比べ数こそ少ないが、その下では液体の蒸発する音。
そして、蒼天に響き渡る金属の打音と、がなる様な激。
鉱業町クルシュノは久方ぶりの活気で満ち溢れていた。
会食から二日経ち、町に駐留していた王家の姿は消えている。
昨日から、宿場街から鉱山へ続く道には、幾度となく往復する2人の姿があった。
先を駆ける男の子の様な服装の女性と彼女を追う少年。
それを眺める露店商の女性主人は思う。
(昨日から忙しそうね・・・今日は大丈夫かしら、あの子)
「アッ・・・・・アレは痛いわよね・・・フフッ。」
ドカッと大きな音と小さな砂煙。
前を走る女性は振り返り、倒れ込んだ少年の元へ。
「も~・・・フフッ、痛くないね。えらいえらい。ほら、立てる?」
「うん・・・・姉ちゃん、おばあに似て来た・・・僕は ── 」
「” 六歳だよ ” だよね?フフッ、お兄ちゃんだから痛くないよね。
では、六歳のトゥーン助手、今日の作業に急ぐとしますか」
ベーゼンは屈みこみ、倒れた少年に視線を合わせ彼の頭を撫でる。
少年は赤面しつつそれを嫌がるが何処か嬉しそう。
彼女の手を払いのけ、声を上げる姿は親にじゃれ威嚇する子犬の様だ。
「うぅ・・・子ども扱いして!」
「アハハッ、こわい怖い。 行くよトゥーン!」
「待ってよ、姉~ちゃん!」
再び駆けだす二人。
そっと見送る露天商の表情は優しい。
(若いっていいわね・・・)
「さてとっ、今日は行商相手かね。」
街道には、小さく映る商隊らしき影の塊。
太陽はまだ東の空に辛うじてあった。
鉱山の入口に辿り着いたベーゼンとトゥーン。
そこには大きな仮設テントが設けられ、作業をする人々の姿がある。
場の中心で動くのはツォーネ。
彼女は、共に作業をする者達から質問を受けている。
「ツォーネ様、この針では昨晩届いた皮を縫うのは難しいのですが・・・」
「ちょっと借りるよ・・・・・確かに筋の部分はきびしいねぇ。
あんた、作業場には魔針はあるかい?」
「ええ、ございます。─── 」
作業者はツォーネに頭を下げ、自分の作業場へ戻る。
彼女は、周りの仲間に事を伝え止まっていた作業を再開した。
話を終えたツォーネに聞きなれた声が掛かる。
「おばあ、戻ったよ!
もうすぐ追加素材が届くってウェリントンのオジサンが言ってたよ」
「へぇ~・・・・一代で成り上がったのは伊達じゃないね。
トゥーンありがと。アンタはベーゼンの手伝いをしておくれ。
アタシらじゃ、ついて行くのがやっとだからね」
「うん!姉ちゃんのトコに行って来るよ」
少年は広いテントを駆けた。
時折石に躓き、脚を縺れさせる場面もある。
その度に、周囲は静かに肝を冷やす。
辿り着いた先では、眉を顰めるベーゼンが居た。
「トゥーン・・・ダメだよ。
ここは町中と違って地面がトゲトゲしてるんだから。
怪我したら動けなくなっちゃうんだよ。
そうなったら治るまでベットだからね。」
「だって・・・・」
口を尖らせ俯く少年に、口元を緩ませるベーゼン。
上目使いで歳相応の表情を見せるトゥーン。
彼女は腰を折り、彼に視線を合わせ頭をポンポンと撫でる。
「嫌でしょ?ねっ?私だって嫌よ。
トゥーンが寝込んだら悲しいもの・・・フフッ、1人じゃ作業も大変だしね」
笑顔の彼女に顔赤くする少年。
二日前に見た彼女はそこにはいない。しかし、少年は同じ女性に憧れる。
「うん、気を付けるよ。」
「よし、じゃあ続きをしよっか。
今日は、対象に合わせた出力の自動調整ね。
考え方は昨日と同じ。やる事は動力へ与える魔力量の調整。
昨日使った偏光の原理・・・覚えてるかな?」
「うん、波長?のやつと ──── 」
そこに繰り広げられる会話は、現魔術論とはかけ離れている。
最先端といえる魔術研究所を率いた二人でも、それは一般の者と変わらない。
しかし、精霊に願うソレとは異なる考えだが、根源にあるモノは変らない。
ベーゼンにとっては、むしろ遠い過去の記憶に生きた時に比べ自由度が高い位。
彼女は、ここ数年で得た知識と体験に感動すら覚えた程だ。
「姉ちゃん魔力って凄いね。 何でも出来ちゃうんだもん。」
「そうね。何がしたいか明確に説明できれば、なんだってできるはず。
どんな精霊に何をやってもらうかをしっかり伝えればいいの。
トゥーンが考えて作った物と同じだね。」
「やっぱり、姉ちゃん ─── 」
少年の小さい囁きは、作業音にかき消される。
聞き取れなかった言葉に首を傾げ、笑みを送るベーゼン。
少年から視線を外し机に向かい作業続けた。
その陰では、町と契約を進める一人の男の姿があった。
今までの笑みはそこには無く、鷹のような鋭い眼差しだけ。
モーガンは、目の前の顧客に二枚の獣皮紙を叩きつけた。
「頂きました依頼書には、先日の件は一切ございませんが?」
「それは・・・私は関知して・」
町長の言葉は、最後まで言い切ることは出来ない。
一般的な商談の場では起こりえない事象だ。
そこには、悪びれる様子のない豪商が居る。
「アナタの町が行った行為には変わりません。
代表者が関知せずとも、同罪ではございませんか町長。
契約書というのは、守られてこその紙クズですが・・・違いますか?」
「いや・・・それは・・・・」
普段は温厚で好奇心の塊の様な中年男性。人当たりも頗る良い。
しかし、それだけでは商売は成立などしない。
ナイフより鋭い眼差しは、たじたじの町長を更に抉る。
「契約が履行されていない事実は変りません。
便宜なさるなら、法的措置を取らざるをおえませんが、如何致しましょうか?
おっと、失礼。処置を取るにも紙くずが必要でしたな」
「いや・・・私はそんな・・・・・・・」
モーガンは、町長から視線を外し淡々と作業を行う。
机には獣皮紙ではない白い草樹皮紙が一枚追加された。
「契約はお嫌いの様ですが、私共も仕事で来ております。
存じ上げているかとは思いまが・・・慈善事業で事は進みません」
モーガンは頬杖をつき小さくため息。さらに目を細めた。
一方、煮え切らない町長は、冷や汗を拭い机に頭を付ける。
「申し訳ございませんでした。
関知していないとはいえ町の起こした事。
領主へ報告したのは私であることは変りません」
「・・・・そうですか。」
モーガンの表情は変らない。
白い紙を頑丈な箱に戻し、新たに文字の書かれた獣皮紙を机に置く。
豪商は、ギロッと町長に視線を合わせ、机に出した契約書を軽く叩いた。
「では、以前の依頼契約の違反条項に基づき、新たな契約とさせていただきます。
この度の契約では ────────────── 」
一方的な内容だが、依頼側にも利は存在している。
そこが、彼を豪商と呼ばる所以なのだろう。
予想外の内容に町長の表情は明るくなる。
しかし、その先にある男の顔に変化などない。
モーガンは、書類を纏め、話を締めくくる様に口を開く。
「では、この度の素材発注元も全てクルシュノとなります。
金額は、契約者の謝意と考えさせて頂きます。
今後ともウェリントン商会をご贔屓に」
「ええ、ええ。勿論ですとも、モーガン殿」
モーガンは、書類をトントンと揃え先ほどのケースに入れる。
そして視線を町長から隣の男性へ。
「ジェラール様、同席頂きありがとうございました。では、参りましょう」
「うむ。ではな、クルシュノ町長」
「ありがとうございました。ジェラール様、モーガン殿」
深々と頭を下げた姿は歳など感じさせない程に美しく、まさに万謝。
町長宅を後にした二人は、鉱山に併設された仮設テントに向かうのであった。




