仄暗い闇の中で
青い炎に照らされ、闇に浮かぶ顔は決して笑みを浮かべていない。
二人の男性がわずかな光を頼りに古びた地図を睨む。
傍では、脚を気遣いながら硬い石のような黒パンを齧るベーゼンが居た。
彼らに保護されてからどの位が経つか判らない。
幾度かの地鳴りは、彼らの帰路を奪った。
しかし、彼らには焦りの色は少ない。
「ハイネス、その道を木炭で消しておいてくれ。
次だ・・・・・この細い線は通気口に思えるがどう考える?」
「そうですね・・・・・・私もジェラール様の意見に同意です。
しかし、風の精は・・・・あまり感じられません。
・・・・・・これでよしっと、これでこの道も崩落がわかりますね」
「では、少し潜る方向で考えてみるか・・・・
ベーゼン気分はどうだ? 少しは落ち着いたか?」
彼の声はベーゼンに届くが、彼女の表情までは判らない。
その瞳には、ぼやけて映る大きな背。
ボリッゴリッっと食事とは思えない音は止まらない。
彼女には、遠くに聞こえる彼の声。
彼は同じ言葉を繰り返す。
「 ────── オイッ、大丈夫かベーゼン・・・ベーゼン?
足以外も何処か痛むのか?」
意識なくボリボリと黒パンを齧る女性の焦点は合っていない。
眉を顰めるジェラールは僅かに焦るが、それは仕方のない事だ。
ジェラールはそっと手を伸ばし彼女の額に手を当てる。
「すまんな、触るぞ・・・・・・・熱は・・・・無いよな。
少し横になれ・・・・・先が分らん以上焦っても危険だからな。
枕が岩では休まらんだろ・・・こっちへ来い。」
ジェラールは、自分に寄りかかる様にベーゼンを誘う。
彼の声からは緊張などの感情も読み取れない。
思考の海から戻ったベーゼンは、彼の顔色を窺う。
しかし闇が邪魔をする。
ベーゼンは、彼に恐る恐る近づき隣に腰を下ろす。
すると、優しくマントが彼女を覆う。
「これなら多少は温かいだろ?
私の横で寝ていろ・・・・お前の姿が見えないと不安になる。
いいな・・・・・」
「・・・・はい、ジェラール様。ありがとう」
ベーゼンが彼の視線を感じることは無い。
ぼんやりと浮かぶ青白い魔導の光。それは見た目に反し熱を帯びている。
冷たいはずの彼の鎧もまた、彼女には温かく感じられた。
青い炎と彼らの声は、疲れ切った彼女を眠りに誘う。
ウトウトと睡魔に魅入られる彼女。
それに気づくジェラールは、彼女の肩を優しく引き寄せた。
「ジェラール様・・・・・」
「今は寝ていろ。
鎧が邪魔だろうが岩よりはマシだろ?
ここなら、私も気が楽だ」
一瞬、鋭い視線を感じたが、それは直ぐに解かれる。
彼女には分からないが、ジェラールが従者を制したのだろう。
体に直接感じる彼の声。
「ハイネス、お前も少し休め。私の番だろ?警戒しておく」
「はい、それでは失礼いします。
正面居りますので、何かあればお声掛けを」
「ああ。」
ハイネスは槍を支えに蹲る様に眠りについた。
静かな空間で揺らぐ青い炎。
幾らか時間が過ぎた頃、目を覚ますベーゼン。
彼の腕は、まだ彼女を守る様に添えられている。
ただそれだけだが、今はそれが何よりも嬉しかった。
長く続く闇は、この瞬間だけ静かな安らぎに思えた。
彼女の一瞬の視線に気づくジェーラルは、少しだけ腕に力を入れる。
「まだ寝ていろベーゼン」
無骨な言葉だが、彼の気遣いにも思える。
彼女の口からは、意識なく声が漏れた。
「うん・・・・・ねぇ、ジェラール様。
私、間違えちゃったのかなぁ・・・・・」
ベーゼンは、彼の視線を久しぶりに感じたように思えた。
ジェラールは、少し間を置き彼女を胸に引き寄せる。
「後悔か?・・・・私の知るお前らしくないな・・・・」
「うん・・・後悔かもしれない・・・・・
ジェラール様に・・・皆に心配かけちゃったし・・・」
ベーゼンの視線は彼の鎧にある。
誘われるままに寄りかかる彼女は、彼の鎧に手を当てる。
指先に感じるそれは、人探しで鉱山に入っただけとは思えない。
彼の顔を見上げるベーゼンの表情は仄暗い闇で判らない。
しかし、ジェラールから返る言葉は、彼女を優しく支えた。
「私もお前に心配かけただろ?しかも、まだ会ったばかりだった頃のな。
それに比べれば、この位可愛いものだ。
それに、やった事には後悔していないのだろ?」
「・・・・うん」
彼の声は、いつものように優しい。
子供の様に撫でられるわけでもなく、ただ肩に添えられた温かい手。
彼は彼女の返答に対し、上級貴族にありがちな態度は一切取らない。
そこに在るのは、相手を想う気配りとは少し違う感情。
「ならば、いいのではないか?
私は、お前が間違った事をしたとは思っていない。
むしろ、正しかったと思っているぞ。
ただ・・・・無事でよかったよ。
まぁ、なんだ・・・・崩落は採掘につきものだからな」
「・・・・うん」
ベーゼンの瞳に映るのは、青白い光に照らし出された彼の横顔。
少しだけ、はにかむ様に見せた白い歯。
本ばかり読んでる同じ蟲とは思えない程に太い首。
ベーゼンにも同様の感情が沸き起こるが彼女の表情は変らない。
それでも彼に居心地の良さを感じ、身を委ね時を過ごすのだった。
さらに時は進む。
闇の中で聞こえる声は、ジェラールのモノでは無い。
「ジェラール様、起きてください・・・ジェラール様」
ベーゼンは、ハイネスの声に起こされた。
見張りはジェラールからハイネスに変っている様だ。
ベーゼンの頭の上には温もりがある。
我がままだろうが、少しだけ首が辛い。
ふと思い出す、眠りに落ちる前の状況。
彼女の視線が向かう先は温かい頭の上。
そこには、安らかに眠る青年の顔。
(近っ・・・・いや、そりゃあ近いか・・・)
「ジェラール様、起きてください・・・ジェラール様」
ベーゼンは、彼の胸の当りを手のひらでトントンと優しく叩く。
返るのは彼の返事ではない。
「頬を叩いた方がよろしいですよ。ベーゼン嬢。
殿下は、無意識でも強情ですからね」
闇の中で青白く浮かぶ彼の顔。
端正だが無機質。よく言えば知的。
気圧される様にベーゼンは、ジェラールの頬を優しく叩く。
「ジェラール様、起きてください」
「なんとお優しい・・・殿下は強情だと申しましたはず。
ほら、ここをこうです」
そう告げるとハイネスは、ジェラールの頬を摘ねった。
まるで悪戯をする少年だが、彼の表情は変らない。
地味な痛みに起こされるジェラールの表情は察しが付く。
始まるのは子供じみた口論。
「やめろと言っただろ。何度言えば分かるんだお前は!
仮にも私は王子だぞハイネス。」
「今は亡き王子の母君やイセリナ様も、やっていいと申されましたが?」
「何年前の話だ馬鹿野郎!
ましてや、あの頃よりお前の力は強くなっているではないか・・・
結構いたいんだよ・・・・もう」
「痛いなら、その前に起きてください。
そもそも、私はベーゼン嬢の様にあなたには甘くありません。
まったく、子供じみた口調もおやめ下さい。
あなたは、国を継ぐ者なのですからね。
ほら、ベーゼン嬢が笑っておりますよ」
口元を緩め、ベーゼンに視線を向けるハイネス。
だが、そこに含まれるのは ” 準備をしろ ” と言わんばかりの圧がある。
3人の進む先はさらに深い闇が広がっていた。




