昼下がりの会食
陰気な空気に満たされた町クルシュノの住人は、いつに無く活気づいている。
ベーゼンとジェラールの邂逅から一夜開け、彼が叔父と会食の場を開いたのだ。
そこには、私欲に満ち溢れた賑わいがあった。
片方は眉を顰めそれを聞き、深いため息。
もう一方は周囲以上に闇深い笑みを浮かべ、臣下を顎で使う。
「ほぉ、山羊の腸詰めか・・・おい貴様、コイツは馬にでもくれておけ。
この儂が、王家であるこの儂が食するに値せん!
のお、領主・・・・この町の管理は貴様に戻すか、それとも?」
「・・・ハハハッ、クリーバスさま、私めもこの身一つでございます。
しかし、地を知らぬ知恵者を据えたところで良い結果は・・・」
「ほぉ・・・魔研所長のこの儂に物申すか?」
「・・・いえ、愚考申し訳ございません」
「そうだろうな。フハハハハッ!」
クリーバスは、全てが自分を中心に回っているかの様に振る舞う。
振り回される領主、ストレスの捌け口にされる町長は共に重い空気を吐き出のみ。
一方クリーバスの隣で、頬杖をつきため息を吐く第一王子。
王子は視線を窓に向ける。
視線の先で、ぼんやりと屋外を映す窓を叩く春風の方がましに思える程だ。
しかし、ここは会食の場だ。
耳障りな会話を気にすることなく口を開くジェラールには昔の面影はない。
表情に変化は無いが、瞳は力強く光を讃える。
「叔父上、もう止めないか?
彼らは、彼らにできる最善を提示してくれている。
”魔研所長”の叔父上ならば、分かっているとは思いますが・・・
今すべきは、この町の未来ではないでしょうか?」
「・・・ふん、そんなこと・・・分かっておるわ。
ジェラール、相変わらず可愛げも面白みも無いな。
そもそも、何故お前がココに居る?」
クリーバスがジェラールに向ける視線は、第二王子に向けるソレと大きく違う。
彼を慕い思い通りに動くニケロムとは真逆だ。
その理由も含め理解できる才を持ち合わせた王子は彼の言葉に続けた。
「問で問を返すことをお許しを・・・魔法研究所所長殿。
この件は、魔研の管轄では無いはずです。むしろ、技術開発局の領分では?」
「フンッ、無能な甥にこの儂が直々にモノを教えてやる。
技局だろうが、国の物に変わりはない。
この儂が・・・国の宰相がどうこうしても問題ないのだ。分かったか!」
強引に自論を押し付けるクリーバスの表情は完全に上からだ。
その鉾先にある第一王子は、さらに眉を顰めた。
「叔父上、貴方は勘違いしている様だ。
貴方は、私どもの叔父であるだけで ” 王 ” ではない。
国は、王の元で国民の為に運営されるモノだ。
叔父上の為にあるモノではない事は存じておりますか?」
「ぬぐぐ・・・フッ、王を導く儂には、貴様の知りえぬ権利があるのだ。
貴様の知りえぬな! わかったら黙れ、この痴れ者が!!」
町長の家で繰り広げられる口論。
一方は感情的に、そしてもう一方は法や仕来りを並べる。
ベーゼンの目に映るその光景は、過去の記憶とそれは重なった。
権力を私利私欲に使う者と、それを否定し正そうとする者。
しかし、過去の記憶では、最後には両者とも私利私欲に走る。
聞こえの良い言葉を並べ、理路整然と弁論する者もまた人間という事だ。
とはいえ、ベーゼンにはジェラールの人柄は理解できる。
少なくとも言葉と行動が反する人でない・・・と感じていた。
それは、ベーゼンの間近にいた従者には、また違って見えているかもしれないが。
しかし、今はヨハンも肩を持つだろう。
本来この場は、町の権利や食事がどうこうという話の場ではないのだ。
同じように聞いているのはベーゼンやヨハンだけではない。
同席するアイネスを含めた旅の面々だ。しかし、王族には強く出る事は出来ない。
アイネスやヨハン、もちろんベーゼンもその立位置から彼らは上の存在だ。
ツォーネは、服の裾をチョンチョン引っ張られ視線をそちらへ移した。
そこには、いつもの様に控えめな少年の不安な顔がある。
ツォーネは口元を緩め、彼の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だ、人ってのは人の中で生きると欲に塗れちまうもんだんだよ。
人は人間になると周りを気にしちまうんだ。
どうしても、自分がアイツより上だって・・・情けない。
フフッ、まだお前は知らない方が良いかもしれないね」
ツォーネを見つめる少年は、視線をベーゼンとアイネスへ。
そして、何かを悟ったかの様に祖母へまた視線を向けた。
「あのおじさんは、寂しい人なの?」
子供とお言うのは得てして核心をつく。
ツォーネは、目を細め笑みを孫へと返した。
「フフフッ、そりゃいいね。
確かに寂しい奴は、欲しがるもんさ。
自分が上なら、相手が見てくれるからな。
だから、順位付けしたがる・・・それが良いモノだってね。
それは簡単な事だよ・・・付ける方も見る方も。
トゥーンよく考えるんだよ、順位を与える側は何様なんだい?
人は皆、平等とは言えない・・・言えないが優劣を付けるべきでもないんだ。
それぞれに違う優れた所や良さがある。基準なんて求めちゃいけないのさ。
お前は、ああなるんじゃないよ」
「・・・うん、わかった」
少年は、祖母から視線を王族へと戻した。
いまだに続く王族の口喧嘩。
一方は、ため息、もう一方は感情のまま罵倒。
場の空気は変らず会食も幕引きかと思われる程。
そこに大きなため息が放たれた。
「ハァ・・・・お主は、昔と何も変わらんのぉクリーバス。
いや、変らんばかりか強情さが増したかの・・・フォッフォッフォッ」
視線は、茶を啜る者へと集中した。
そこには、大した事の無い服装の老人が片眉を動かし茶を啜る姿がある。
王家から見たら物乞いと変わらぬ老人だが、威圧感は王と大差ない。
クリーバスは、ジェラールから年寄りへ視線を向け睨みつける。
「なんだ貴様!儂は愚甥と話している。
王族の会話に入るとは不届き極まりない!
死も覚悟しておるのだろうな!?」
クリーバスはジェラールとの会話に劣勢を感じていた。
その感情は、都合よく現れた年寄りへと鉾先を変える。
真っ赤に染まる怒りに満ちた表情は、歪んだ笑みへと変っていく。
相対する老人は、どこ吹く風。相変わらず茶を啜る。
「おい、みすぼらしいジジイよ!
その言葉、儂が国の宰相で魔研所長の
クリーバス・ハインリッヒであると知っての事か?」
クリーバスは、感情に任せ威圧する様に机を強く叩く。
それに反応したのは、ベーゼンとトゥーン、そして領主と町長たち。
渦中の老人は、茶を置きひげを擦る。
「言葉の意味も忘れおったか・・・知性を売って欲でも買ったかの?
のぉクリーバス・・・情けないとは思わんか?
年端も行かぬ青年王族・・・そうじゃな、実の甥と言った方が良いかの?
甥ジェラールに口論で負け、その感情をぶちまけるなんぞのぉ」
「うるさいジジイ!儂は負けてなどおらぬわ!!
この青二才には、儂の高等な言葉が通じぬだけだ痴れ者が。
・・・まぁよいわジジイ。貴様の処遇がどうなるか理解はしておろう?」
歪んだ笑みで高圧的に言葉をぶつけるクリーバス。
その鉾をシレッと躱す年寄りは、ベーゼン達をゆっくり眺め笑みを浮かべる。
そしてリーバスに視線を戻した老人パトリックは表情を変えた。
「ジジイ、ジジイと馬鹿の一つ覚えじゃなクリーバスよ。
お主は、師の顔も声も忘れたか・・・嘆かわしい。
同じ弟子でも、こうも偏ると儂の教えに間違いを感じるわい。
話はまず、お主の事ではなくこの町。もっと言わねば分らぬかの?
魔封鉱床の採掘の話じゃ、馬鹿弟子が!
いや、縁を切っておったのぉ・・・宰相殿?
それとも、己の妻から全てを奪ってその座に就いた魔法研究所所長かの?」
パトリックには、いつもの温かみは皆無。
温和な表情などそこには無く、ただ殺意を向けるのみ。
彼らを見つめていたツォーネは顔を背けている。
状況に唖然とするのは、ベーゼンとアイネス。
ツォーネは、不安そうな表情を浮かべるトゥーンに視線を合わせた。
「これ以上は良くないねぇ・・・大人の話はつまらないかね。
” おばあ ” と少し散歩でもしようかね。」
「・・・・うん。」
二人は、町長の家を後にする。
それを見送るパトリックの表情は優しい。
一瞬だけ緩んだ表情は、また凍り付いていく。
場の空気は会食とは名ばかりの戦場へと変わっていった。




