思惑は記憶と共に
魔封石の砕石から1週間が経った曇り空の広がる昼下がり。
ベーゼンは、肌に纏わりつく様な湿気も相まって憂鬱だ。
その原因は、単純に湿気が原因ではない。
要因は様々あるが、昨日とある男の訪問がそれを加速させている。
今現在も、ベーゼン達の視界には彼らが存在した。
「ほほぉ、あのが魔封石の柱をやったのか?」
「ええ、その通りでございます・・・そうだよな町長?」
「えぇ・・・いや、そうですが、まだ依頼先と話が・・・」
ベーゼン達の冷たい視線が、町長を陰から襲う。
だが、” 依頼先など " と視線を遮る彼の取り巻きと町長の息子。
説明を始めたのはその息子だ。
「オヤジ、依頼先なんてどうせ冒険者だろ?
ここはオヤジの町だぜ?・・・ですよね、領主様」
「そうだな・・・フッ、そろそろ世代替わりの次期かな町長?
まぁ、その辺は後でよいか。
では、お前が町長に代わり説明してくれるな?」
「えぇ、では私めが父に代わり説明を ─────────── 」
町長の息子は、うろ覚えでしかない知識を来客者へ伝える。
相手は、見るからに貴族の中年男性。貴族の男は目を細め話を聞く。
所々で眉を顰めるも、最後には口元を緩め全てが自分の物の様に振る舞う。
それはそうだろう。その男は王の弟でしかない。
何時ぞやのクリーバス・ハインリッヒその人だ。
「話は分かった。もう良い下がれ・・・
して領主、これはお主の領の物で良いのだな?」
「ええ、勿論でございます。 だな、町長」
「いえ、今はまだ・・・・・・はい、そう進めます」
この地の領主は、既に魔導具が町の所有物のように扱う。
だが、ベーゼン達はそんな契約をした覚えはない。
ベーゼンは、不機嫌な視線をモーガンへ向ける。
モーガンは、彼女の意を理解するも顔を横を振るのみ。
しかし、彼もこの事態に苛立ちを覚えている。
モーガンは人目を気にしベーゼン達をクルシュノの新店舗へ誘った。
「モーガンさん、何で王家が来てるの!?」
「う~ん、息子には素材の依頼以外はしていませんし・・・
アイツから返って来た文にも、その辺は書いてありませんでした。
考えられるのは、町長の取り巻きか息子ですね・・・
まったくもって腹が煮えくりかえりますよ・・・
これでは、国に献上する他ありませんね。
あぁー大損だ。挙句、印象も良くはありませんよ・・・これは」
モーガンは、歯ぎしりした後、親指の爪を噛む。
場の空気は重い。苛立つのは年長者の老師、ツォーネの同じだ。
「ここに来て、あの顕示欲の塊が出てきちまったか・・・ハァ、嬉しくないわね」
「まったくじゃ、会いたい男ではないのぉ・・・あの皮肉屋は好かん。
じゃが・・・・口惜しいのぉ。
ベーゼン達の晴れ舞台が、あ奴めの利になるのは・・・実に悔しいのぉ」
二人から感じる空気には、殺気すら孕んでいる。
べーゼンは、モーガンと同じように爪を噛みそうになった。
しかし、両隣の男性を見てそれを止める。
兄アイネスは、ベーゼンの所作に苦笑いで首を左右に振る。
トゥーンと言えば、脱力し絵に描いた様にわかりやすい。
ベーゼンは手を口に添え、いつもの悩む姿を取る。
もう一度、兄を見つめその先へ。
「どうしたんだい、ベーゼン?
こうなっては、父上の言う通りだよ・・・国は搾取するだけさ。
特に、あのクリーバス様はね・・・・・・ハハッ、ムカつくね」
ベーゼンの呆けたような表情に、兄アイネスは素の感情を乗せ返す。
爽やかな苦笑いに添えられた怒りが、誰の為かは彼女には分からない。
しかし、頭に来ている事ぐらいは理解できる。
そして、似た表情をしていた者をベーゼンは思い出す。
「お兄様、それですわよ!」
「そうだろ。でも、国に手を出しちゃダメだよ。
いくら僕でも、庇いきれなくなっちゃうからね」
ニヤリと口元を緩めたベーゼンを諭す兄アイネス。
彼の言葉に返るのは、慎みではなく提案だった。
「国はハインリッヒ王の物であって、あのクリーバス様の物では無いわ」
「そうだけど、矛盾してるよ。
僕もベーゼンと同じ気持ちだけど・・・ダメだよ」
「フフフッ・・・矛盾してますけど良いのです!
だって、クリーバス様の継承権は王子たちより低いもの。
私には、ジェラール様の威光がありますわ!!」
ベーゼンは、勝ち誇った様に腕を突き上げる。
清々しいまでの笑みを浮かべた彼女には後光さえ見えた。
その時、部屋をノックする音が彼女達の会話を止める。
「大旦那様、会議中に失礼します。
特殊なお客人故、優先させて頂きました」
店舗を任せられている男が入室し頭を下げる。
彼の後ろに控える影は2つ。
彼らから場違いな姿のベーゼンに向けられた感情は二つ。
1つは視線さえ冷たい。そしてもう一方は、苦笑と優しい笑みが入り混じる。
「私がどうしたのだベーゼン?
文のせいか、よく会っている気になっていたが・・・
久しいな、無駄に元気そうで何よりだ」
懐かしい声と優しい眼差しに振り返るベーゼン。
彼女はハッとし、すぐさま腕を降ろし、開いた足を閉じる。
「エッ!・・・・何でいるんですか!
こちらに来るなんて一言もありませんでしたわ!」
口を尖らせ睨む表情だが、頬と耳は赤い。
それは単に、先ほどの姿だけが原因ではない。
ベーゼンは、ひとしきり睨むと表情を和らげる。
「前もって言ってください・・・・準備とか・・・もういいです」
「わかった、次は気を付けよう。
私も急だったと思っている。だが正解ではあったろ?」
手櫛で髪を気にするベーゼンに、あの時の様に優しく返る声。
彼女の表情はいつになく明るい。
ベーゼンの前に立つ男性に、彼女以外は席を立ち跪く。
トゥーンも周囲を見回しそれに習う。
男性は表情を戻し一行に声をかけた。
「礼はよい。私個人で来ただけだ。
国として見なくてよい。一貴族であるジェラールとして対応してくれ」
ベーゼンもハッとし周囲にならうが、それは遅かった。
ジェラールは、彼女の姿に表情を緩めた。
「フフッ、お前はそれで構わないと言ったろベーゼン?
さぁ、君の言う " 第一王子の威光威光 " を聞かせてもらおうか?」
ウェリントン商会の応接室は、魔力に覆われ外部から切り離された。
町はいつも通り、春を告げる風が強く吹きつける。
2つの思惑が鉱山の町クルシュノを包んでいた。




