革新の衝撃
静かな坑道は、昨日と変わらず冷たい風が吹き抜ける。
しかし、その風は昨日より幾分弱まり外へと続く。
それは坑道の入口に1年前の活気があるからだ。
無駄に慌しく動く者もいれば、粛々と作業する者もいる。
モーガンが町長を巻き込み、町民をかり出したのだ。
指示を飛ばす町長は、あれほど老けて見えたのが嘘の様。
「この一年、どれだけ貧しい想いをしたか思い出せ!
我々の生活が係っておるのだ!休んでいる暇はないぞ!!」
一見、士気を高めている様にも聞こえるそれだが、聞く者全てがそうではない。
彼を取り巻く一族、商人達は、呼応し合い配下へ指示を出す。
指示される側や、未だに残った元鉱夫たちは体が重い。
食が細くなり思う様に動かぬ体。
それでも生活の為と自らに鞭を討つ。
口から出るのは、少しの希望と大きな愚痴。
何をしているのか判らない為か、愚痴が止むことは無い。
ベーゼンも分ってはいたが気分のいいモノでは無かった。
嫌な活気の中に漂う空気は、ネチネチと肌に纏わりつく。
小さな少年の視線は、祖母ツォーネとベーゼン、そしてアイネスへと向かう。
察した祖母だが、彼女の口から出た言葉は雑。
「アンタらの町の事だろ?頼ってんなら愚痴ぐらい飲み込み ─── 」
「ツォーネ様、それは酷ですよ・・・」
アイネスは、ツォーネの言葉に被せ遮る。
彼の表情は重いが威圧的ではない。
アイネスの視線は、ツォーネから町長へと動く。
鋭く冷え切った視線は、町長に愚言を飲み込ませる程。
その彼の視線は、ゆっくりとモーガンへ移る。
反応するモーガンは笑顔で頷き、黙る愚町長の元へ。
それを確認すると、アイネスは小さくため息をつき表情を改める。
「ふぅ・・・クルシュノの者達よ、喜べ!
今日は町長が食事を用意している。
もちろん、ちんけな炊き出しじゃない。
働き損などあり得ない、頭を空にし共に動こうじゃないか!」
その姿は、領地でも見る事があった。
野獣や魔獣、果ては山賊退治が連日続いた際の彼の行動だ。
士気を高める様に身振り手振りし言葉を選び仲間を励ます。
それは時に、行動で示すよりも効果が有る。
彼が好きでもない講釈を使うのはこのためだ。
鼓舞を笑顔で聞くモーガンは、ウンウンと頷き聞き入っていた。
その隣では、怪訝な表情をアイネスに向ける町長。
そこに器の差が滲み出ていた。
場の空気は明るくなり、水を得た魚の様に活気づき準備は進んで行く。
円形の装置を坑道の外に置き、マインイータの素材でできた管が内部へ伸びる。
ミスリル鉱床を抜けた先で、もう一つの機材を抱えるアイネスは指示を待つ。
円形機材を動作させ、ツォーネとパトリックに任せたベーゼンは坑道を駆ける。
長い坑道には、作業を終えた町民たちの姿。
彼女は駆けながら労いを退避を指示。
「皆さん、お疲れ様です。
何かあったら困りますので坑道の外へ出てください」
「あいよ、嬢ちゃん。成功を祈るよ!」
作業の中心にいた彼女だけに、無下にする者は1人もいない。
ミスリル鉱床の奥の辿り着き、アイネスを見つけるベーゼンは肩で息をする。
最初に駆け寄るのはトゥーン。
「姉ちゃん、準備は出来ているよ。ねっ、アイネス兄ちゃん」
「そうだね。こっちの準備は問題ないよ。
後は・・・速度調整だったかな?
まだ、黄色の発光だから待つしかないね」
機材を抱えたアイネスもゆっくりとベーゼンの元へ。
息を整えたベーゼンは、機材を覗き込む。
「どれどれ・・・・う~ん予定より掛かるわね。
やっぱり管の長さと魔封石の影響なのかな?」
眉を顰め悩む姿のベーゼン。
それを見つめるトゥーンも彼女を真似る様に悩む。
二人の姿に苦笑いを溢すアイネスだが、やはり優男で兄。
「それより、体は大丈夫かい?
前は、大分堪えてた感じだったけど・・・無理はダメだよ」
兄の言葉に表情を変えるベーゼンは、胸を張り服を強調する。
強調するそれは、どう見ても普通のコート。
変った部分は、時期的に見ても違和感は無いが薄手。
しいて言えば、売り物にはなりそうにない事ぐらいだ。
アイネスは、自慢げな妹に声を返す。
「作ったんだよね・・・それ。
ベーゼンの事だから、魔導具か何かなんだろうけど・・・魔封対策かな?」
「フフ~ン♪ いいでしょ。あの素材を結って編んだんだよ。
それでね、トゥーンのマフラーを発展させた術式を組んだの。ねートゥン」
彼女の笑顔を向けられトゥーンの顔はしだいに赤くなる。
それを眺めるアイネスの表所は明るい。
「そうなんだね。なら、ここでも大丈夫そうだ。
頑張ったねトゥーン。ありがとな」
「・・・うん!」
トゥーンは、アイネスに笑みを返す。
そこにある返事は、彼に認められたことへの喜びだろう。
あれだけ赤かった顔も、耳位で収まっている。
そうこうしていると、魔導具の発光が黄色から青色へ。
ベーゼンは、それに気づき作業の指揮をとった。
「お兄様、魔導具の準備が整ったみたいですわ・・・いきましょう」
「わかった、やってみようか。
二人は、僕の後ろに下がって・・・・・」
アイネスの言葉に従い、二人の技師はそそくさと後方へ。
彼は衝撃に備え腰を落とす。
「よし・・・それじゃあ行くよ!」
アイネスがトリガーを引くと、ベーゼン達の当りでこもった轟音。
刹那、目の前では魔封石の石柱が宙を舞う。
その奥でも何本かが同じ景色を見せた。
重量のある音と共に砂煙が立ち込め、アイネスの姿を隠す。
「お兄様!!!」
「お兄ちゃん!!」
砂煙は、二人の叫びを拒む様に返答を遅らせる。
暫く続く沈黙は、薄れゆく砂煙と共に終わった。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ・・・ゴホッ。
ふぅ・・相変わらず凄いね・・これ。
洞窟内じゃ、もう少し準備した方が良かったかもね。
対象を固定するとか・・・・フフッ、アハハハハッ」
「お兄様?」
地面にドカッと腰を下ろし笑い出すアイネス。
その姿に眉尻を下げる妹べーゼン。
兄は、目の端に涙を浮かべながら落ち着きを取り戻した。
「いやぁ~怖かった。ハハハッ。崩れるかと思ったよ」
「・・・よかった。
もう、急に笑い出すんだもん、心配したんだから・・・」
表情を変え、鬼灯の様に膨れるベーゼン。
兄は涙をぬぐい表情を改める。
「悪かったよベーゼン。
本当に怖かったんだ。君やトゥーンを巻きこんてしまったかと思ってね。」
「もう・・・お兄様ったら。
ほら、大丈夫よトゥーン。いつものお兄様よ。」
「うん!」
ベーゼンの後ろから顔を覗かせるトゥーンの表情は言葉とは真逆。
しかし、恐怖は去り心配から来る不安を残すだけだ。
3人は砂煙の晴れた空間で、地面に横たわる魔封石の柱に近寄る。
見事に砕け折れたそれだが、ベーゼンの背丈よりも大きい。
腕を腰に回し、それに頬杖をつき悩む兄妹。
周りには砕け散った魔封石の破片。
それは小指の先程のものから、ベーゼンの頭程の大きさまで様々。
三人は報告の為、手ごろな大きさの物を幾つかをミミズ素材でできた袋に納めた。
3人は機材を残し、町人の待つ鉱道の外へと向かう。
道中は同じだが、退避を終え坑道には誰も居ない。
活気のないそこは、以前と変わらず静かで寂しく映る。
しかし、手元の魔封石の輝きがその分だけ町の未来にも思えた。
その一方で、鉱山を揺るがせる程の衝撃波が起きたことは、まだ彼女は知らない。




