前夜の星空
岩肌を露出させた山は背の高い針葉樹が疎らに育つ。
久しぶりの顔を見つけた恰幅のいい商人は笑顔で駆け寄る。
それに応える少女もまた手を大きく振った。
「おぉ、ベーゼン様。お戻りを心待ちにしておりましたぞぉ~!」
「おまたせぇ~!! 変わったことは無かったぁ~?」
ベーゼンは、笑顔で帰還を心待ちにしていたモーガンに問う。
返されるモーガンの表情は、彼女の予想と異なり苦笑い。
それもそうだろうと、ベーゼンの後ろを歩く者達も同様の表情だ。
急ぎ駆け寄ったモーガンは肩で息をする。
モーガンは周囲を憚り、口元を隠す様に手を沿える。
少しだけベーゼンとの距離を詰め周囲を警戒。
「ハァハァハァ・・ベーゼン様の・・そういう部分には・・好感を持てますが。
公の場には、それ相応に耳や感情がございますことをお忘れなく・・・」
「そうだったわね・・・モーガンさん、ついね・・・気を付けるわ。
でね! ─────────── 。
凄いでしょ。きっと神のお導きよ。」
モーガンは大きく瞳を見開くと共に口も同様に動かす。
一瞬の沈黙の後、一行全体に向けられた視線は1人の女性へ収束。
モーガンは商人然とした表情に変り、彼女へ貴族の様なお辞儀をした。
「これは失礼いたしました。ツォーネ様。
お初にお目にかかります。私、モーガン・ウェリントンと申します。
ヴィアファブリック領に拠点を持ち、商いをしております。
スプーンから魔道具まで何でもご用意しておりますので、
何かございましたら、どうぞご一報をお願い致します」
「あぁ、ベーゼン達から話は聞いているよ。
すれ違っちまったみたいで、すまなかったね。
まぁなんだ。いい関係が築けると私も嬉しいよ」
モーガンは、一端の商人の様に手もみする事は無い。
体の前で利き腕を押さえる様に、その甲に手を沿える。
表情からは考えは読めずとも、その笑みに浅薄さはない。
ツォーネは、モーガンがそっと差し出した手を軽く握る。
「あんたには嘘くささが無いね。ベーゼン達が信用するわけだ
何かあったら頼むよ。モーガン殿」
「アハハハッ、それは商人冥利に尽きる嬉しい言葉です。
では、堅苦しい挨拶はここまでに、話を進めさせていただきましょう。
宿をご用意しておりますので、そちらで募るお話でも致しましょうか」
挨拶を終え、宿屋の一室へ場所を変え会議が始まった。
内容は至ってシンプル。
状況と費用の催促、そして今後の予定。
伝えられる内容にモーガンは驚く。
「なんと! 居る所には居るものですな・・・
類は友を呼ぶと申しますか、血筋と申しますか・・・
私は、この時を共に生きられたことに感謝しかございませんぞ。
ベーゼン様と同様に異解を想像する者とは・・・ワクワクが止まりませんな!」
モーガンの驚きは、費用ではない。
商人は、目の前の少年を見つめる。
視線を向けられた少年は、祖母の背に隠れるように縋る。
それを見つめるベーゼンの視線は優しい。
「ほら、こわがってるじゃん・・・だめだよ、モーガンさん。
でも、こんなに人見知りだったんだねぇ・・フフッ」
「だから言ったろ、コイツは人見知りだって。
まぁ、小さい頃は皆こんなもんだろぉ、特にこんな声がでかい男の前じゃね」
ツォーネは、自分の背で隠れ伺うトゥーンの頭を撫でる。
モーガンの表情も彼女の様に柔らかい。
話は進み、トゥーンの才から本題に戻り、今後の予定へと変わった。
会議が終わる頃には日も落ちた。
宿の1階に併設された酒場からは、食欲をそそる香りが客室へと届いていた。
モーガンは笑みを浮かべ手を叩く。
「皆さん、長旅でお疲れでしょう。
夕食のご用意をしてありますぞ。
ここいらでは、肉の保存が発達しておりましてな。
山羊の腸詰めなんてモノがありましてね。
これがまた、赤葡萄のワインやコクのあるエールに合うんですよ」
「ほぉ、山羊ののぅ・・・それは儂も初めてじゃ。
アイネスも一緒にどうじゃな?」
「う~ん・・・明日に差し支えるのは・・・・・ちょっと」
商人は老人を誘い、老人は若者を唆す。
先人たちの視線は若者に集中する。
一方、向けられた視線を避ける様にアイネスのそれは、ベーゼンを眺めた。
首をかしげるベーゼンもまた、料理には興味津々の様で瞳は星々の様に輝く。
そこに助け船を出したのはツォーネ。
苦笑いでしかない。
「アハハハッ、料理は好きに食べればいいさね。
爺たちに付き合う必要はないよアイネス。
ああ言って誘っても、ただの口実だ。酔いつぶれた理由が欲しいのさ。
アンタもだろ、モーガン殿?」
キッと向けられた視線は鋭いが、口元は柔らかい。
向けられた視線に、笑みを返す商人は一端の商人然と手を揉んだ。
「いやはや、仰る通りでございますツォーネ様。
ハハハッ、とは言え酒は警戒を解きますからな。
普段は言えぬ願いも引き出せるモノでございます」
「フッ、嫌な表情を浮かべるねぇ。
トゥーン、見習うんじゃないよ。ああ成っちまったら戻れないからね。
アンタは、アイネスを見習いな」
「・・・うん、わかったよ、おばあ」
静かな鉱山の町クルシュノで、1つの宿だけが久しぶりの賑わいを見せていた。
時はゆっくりと過ぎ、月明かりが増すごとに静けさを取り戻す町。
知らない天井を見飽きた少年は、月明かりに誘われる。
宿の中庭には小さな花壇と長椅子。そして長椅子に佇む1つの影。
少年に気付いた影は、優しく視線を送った。
「あれ、どうしたの?眠れない?」
「姉ちゃんも?」
少年へ手招きし、長椅子の隣をポンポンと叩くベーゼン。
表情を明るく駆け寄るトゥーンは、ヒョイっと椅子に伸び乗る。
その反応に、ベーゼンは笑みを向けた。
「ご飯の時より元気になったね。
フフッ、お腹がいっぱいになったのかな?」
「違うよ! 僕は6歳なんだからそんな子供じゃないもん・・・」
「フフフッ、そうだったね」
ベーゼンはトゥーンの頭を優しく撫でると、視線を彼から星空へ。
トゥーンは彼女の横顔を眺め、そして彼女に習う。
会話の無い静かな時が流れた。
静かだが騒がしい夜空。時折、星が流れる。
暫くするとベーゼンが口を開く。
「ねぇ、トゥーンは星空は好き?
私は好きよ・・・あの光が、私だけを見ていてくれてるって思えるの。
フフッ…実際は違うんだけどね」
「う~ん・・・」
「フフッ、1人じゃないって思えるのかな・・・」
ベーゼンは唸る、トゥーンに視線を向けるた。
そこでは小さな哲学者が腕を組み首をかしげている。
その姿にベーゼンの表情は和らいだ。
「いいのよ。みんないろんな考えがあって・・・・
きっと、間違いなんてないの。」
「・・・うん」
そこには、小動物の様に大きな目を潤ませ上目使いの少年。
ベーゼンは、彼の頭を雑に撫で抱きしめた。
「フフフッ、少年よ、悩め悩め。
辛い時は、誰かの胸を借りればいい。
寂しくなっても星がいつも見守ってくれる。
いっぱい、悩んで大人になれよ!」
「うん、ぼく・・・・がんばるよ。」
ベーゼンに抱きしめられた少年は、静かに誓う。
だが、その強い眼差しを感じる事は抱きしめるベーゼンには無い。
暫く経つと、トゥーンは最近の彼に戻る。
次第に耳は真っ赤に変わり、ベーゼンの胸元も温かくなっていく。
「ね、姉ちゃん・・・あんまり、こ、子どもあつかいしないでよ・・・
は、はずかしいじゃん・・・」
「フフフッ、ごめん、ごめん。
少しは、いつものトゥーンに戻ったかな?眠れそう?」
俯く少年の顔を覗き込むベーゼン。
眼前に広かる彼女の顔にトゥーンは反応し背を向ける。
「もう・・寝る!
・・・・・姉ちゃん、ありがと!」
駆ける少年の背に、手を振り見送るベーゼン。
彼の背中が消えると、また星を見つめた。
もう、も終わりを迎え、刺す様な寒さは感じられない。
静かに輝く月は青白く、どこか寂しげだった。




