人々は大志を抱く
町に人だかりを作り1週間が過ぎた日の昼下がり。
ツォーネ宅の玄関扉を叩く音が続いていた。
内庭にも微かに聞こえる音にツォーネは声を返す。
「はいはい、聞こえてますよ~!」
「お届け物です・・・・えっと、チェーゼのツォーネさんであってますよね?」
「はい ───────── 」
少しだけ高い声で対応する家主。
配達人を見送ると、いつもの声に戻り皆を呼ぶ。
「みんな、ちょっと手伝ってくんないかなぁ~」
「直ぐに行くよ!」
一拍置き少年の声が返ったかと思うと、続くのは彼の駆ける足音。
リズムよく響く音に、ゆっくりだが間隔の大きい丁寧な足音が続く。
「僕も手伝いますよ。
たぶんベーゼンの頼んだアレですよね?」
足音と共に言葉を終えると、家主の顔色を確認し大量の荷物を抱える。
アイネスの対応に笑みを浮かべるツォーネ。
それは、アイネスの期待する答えとは少し異なる。
「そっちは食材よ。ベーゼンのはあっち。
ほら、それはアタシらでやるから、あっちを持っててやんな」
返る言葉に、アイネスは振り返り優しく笑みを返す。
「では、このまま食料庫に運びますね。
ベーゼンのはその後で運びます。
僕ができる事なんて、道中以外はありませんからね」
彼の表情には謝意は無い。只ありのままを伝えているだけだ。
言葉を受け取るツォーネは、彼の後ろ姿をトゥーンと眺める。
「大した男じゃないか。
ベーゼンといい貴族意識が無い甘ちゃんかと思えば、
根っこじゃ、しっかりしたモン持ってるね。
気を使わせない気遣い・・・ジジイとはえらい違いだね。
トゥーン、ああいう男になるんだよ」
トゥーンはアイネスの背を見つめベーゼンを想う。
(僕も、もっとシッカリしなきゃ・・・)
トゥーンの表情にツォーネは笑みを浮かべ、彼の頭を雑に撫でまわす。
それは、彼の成長を認める祖母の反応だ。
ツォーネはひとしきり撫でると、彼の頭をポンポンと優しく叩く。
「よ~し、じゃあ、アタシは食料庫の整理でもするかね。
トゥーンは、アイネスの手伝いだ。
終わったらベーゼンの所で続きをやんな。
今日は、アタシが料理でもしようかね」
「僕、おばあの料理大好き!お手伝い頑張ってくるね~!」
駆ける少年の背を見つめるツォーネは、小さく頷き食料庫へと向かった。
一方、ベーゼンは中庭で作業を続けている。
その彼女の纏う空気は、近づきがたいものは無い。
とはいえ、時折ブツブツと独り言を発し、かと思えば何処かを見つめボーとする。
そして、何かを詠唱し小さな現象を引き起こす。
彼女の後方では、アイネスにより積まれていくに荷物。
アイネスは、彼女を気遣い静かで丁寧だ。
一通り荷物を移動させると、アイネスは空を見上げる屋内へと戻った。
少しすると、彼は紅茶を手にベーゼンに声を掛ける。
「順調かい?」
「 ──────────・・・・ あっ、お兄様」
トゥーンからは、集中の邪魔をした様にも見える。
しかし長い間柄の二人。
アイネスは、ベーゼンが煮詰まっている事を察していた。
「ほら、ナビア方面の特産だって。
面白い香りだよ・・・甘いのに爽やかな感じ。
ベーゼンは甘いの好きだろ?」
「ええ・・・これはミントかしら? んん~、いい香り。
頂きますわ。お兄様ありがと」
椅子に掛け丸机を囲む2人。
その光景を見つめるトゥーンは、ホッと胸をなでおろす。
アイネスは笑みを浮かべたまま、ベーゼンからトゥーンへ視線を向けた。
「おいで、トゥーン。君も一緒にどうだい?
気分転換は大事だよ。物事なんて、なる様にしかならないんだ。
根詰めて見落とすより、気楽に精度を上げようよ。 だろ?ベーゼン」
「もう、お兄様は・・・ずっと言い続けるのね」
少しムスッとした表情で抗議するベーゼン。
彼女が煮詰まっていると兄は良く彼女の言葉を使う。
「フフッ、僕もそう思ったからだよ。
神に盾突いたって、どうしようもないって。
その時に出来る事をするしか無いんだってね。
だからかな、ベーゼンが言ってくれたこの言葉、僕は好きだよ。
なる様にしかならないのは事実だしね」
会話を楽しむ二人は、トゥーンの知らない表情だ。
見つめる少年には、羨望の眼差しの中に嫉妬にも似た感情があった。
ベーゼンは、紅茶を飲み終えると立ち上がり伸びをする。
そしてトゥーンの視線を感じ、それに笑みを返す。
「フフッ、まだお昼までは時間があるわね。やるわよ、トゥーン」
「・・・うん。僕もお兄ちゃんみたいに出来る事、頑張るよ!」
少年は、一瞬視線を外すが、強い視線をベーゼンへと返す。
その表情に、はにかむベーゼンは兄アイネスを睨む。
「もぉー、お兄様! トゥーンにうつっちゃったじゃない」
「ハハッ、信仰者が増えたねベーゼン。
少年よ、汝深入りするなかれだよ。
ベーゼンは、一筋縄じゃどうにもできないからね」
笑いながら中庭を後にするアイネス。
それを見送るベーゼンの表情は笑顔だ。
彼の言葉に、心を衝かれ赤面するトゥーン。
知ってか知らずか、ベーゼンは優しく彼の頭をポンポンと叩く。
「ダメよ。あんな風になっちゃ。
トゥーンはトゥーンで良いんだからね。さぁ、やるよ」
「・・・うん、でも僕・・お兄ちゃんに負けないよ!」
「えっ・・・・・うん、そうね。がんばろ!」
会話は、かみ合っている様で少しずれていた。
しかし、向けられた感情など心の奥で其々が理解している。
それを受け入れるのか、利用するのか、それだけの事。
その為か、勘違いなど一方的に想うから起こる事だとベーゼンは考えている。
小さな想いを心の隅にしまい、彼女は作業を続けた。
新たに手に入った磁石は、彼女の想い描く結果を生む。
さらに1週間が経ち、結果が形を見せた。
トゥーンの小さな鉄砲は、巨大な装置へと変貌。
磁場を利用し物体を加速させる一時装置。
磁気をおびた物体を誘導する二次装置。
明らかに巨大で、手に収まる代物ではない。
しかし、彼女の以前の記憶では無しえない事。
大きさは、思いのほか小さく収まったのだ。
その事に彼女は満足そうだった。
満足げな彼女を見つめるアイネスとトゥーンもどこか嬉しそう。
一方で、歳を重ねた二人は、納得はしているが少し不安を残す。
ベーゼンは、笑みを浮かべ彼らに告げた。
「へへへッ、ようやく完成したわよ。
フフッ、これなら魔封石だろうが、アダマンタイトだろうが粉々。
みんな見ててね。
えっと・・・ここに魔鉱石を嵌めてっと・・・でっスイッチオン!」
傍からでは、一時装置に変化は見えない。
しかし、ベーゼンの表情は明るく少し興奮気味。
暫く経つと、ベーゼンは笑みを浮かべ言葉をアイネスに投げる。
「きたわね・・・それじゃぁ、お兄様。
ボウガンを構える様に、これを持ってください。
発射は、ボウガンの様にここを引くとできますわ」
「ここだね・・・わかった。ベーゼン達は、下がっていた方がいいよ」
アイネスは、興奮状態のベーゼンを下がらせる。
彼女から手渡された装置を構え標的を睨む。
その立ち姿は、凛々しいが不思議な光景。
一見、ゴツイ鉄砲かボウガンの様だが脇からホースが伸びる。
それはずっしりと重く、そして長く続く。
行きつく先には、さらにゴツイ円形の箱。
それは静かだが、不思議な光と冷気を吐き出している。
アイネスは生唾を飲み込み、一度ベーゼンへ視線を送る。
返るのは、鼻息を荒くしたベーゼンの頷き。
深く呼吸を整えるアイネスは、意を決した。
「いくよ!・・・・・うっ・・」
次の瞬間、彼は異常な力を感じ全身で強く踏ん張る。
後方では、あの時と同じだが少し小さい爆発音。
気を取られた瞬間、目の前にはモノを粉砕した轟音と共に立ち昇る砂煙。
標的は存在が消され、後方の岩壁の奥には光りの点が一つ。
深い息と共に溢れ出す汗を腕で拭うアイネスは腰を下ろす。
「ベーゼン、これはヤバいね・・・凄いけど強力すぎるかもしれないよ」
「フフフッ、お兄様。その辺も考えてりますわ。
クルシュノが楽しみですわね」
ベーゼンは面々に協力の礼を告げる。
その夜は、共に完成を祝った。
翌朝、一行は荷馬車に機材を積み、1か月程滞在した部屋を片付けていた。
それを手伝うトゥーンは、少したどたどしい。
ベーゼンは掃除の手を止め、彼の肩に優しく手を置く。
彼の視線に合わせ屈み、彼の顔の覗き込む。
「どうしたの?元気がないわね」
「・・・・そんなことないよ・・・・ないけど。
姉ちゃん達、行っちゃうんだろ? ・・・・・・だから」
二人のやり取りを横目に捕らえ離さないヨハン。
だが、その手は作業を続ける。
表情は察するまでもないが、一方で2人の会話は続いた。
「なぁ~にぃ? フフフッ、寂しくなっちゃったんだぁ~」
「なんだよ・・さみしくなんか・・・・・うぅ、ないもん・・うぁああん!」
涙を浮かべ泣き出す少年をベーゼンは優しく撫でる。
「よしよし・・・フッフッフッ、可愛いヤツめ。
もぅ・・・・大丈夫だよ。トゥーン。
でも、泣くのは早いぞ少年!
君も一緒に行くのだよ・・・・
って、ツォーネさんから聞いてなかったんだ・・・」
トゥーンは、赤い眼を擦りながらベーゼンを見つめる。
彼の嗚咽は少しずつ収まっていった。
「ぼく・も・・・・いっしょ・・?」
「そうよ・・・まだ成果が出てないじゃない。
トゥーンも一緒に作ったのよ。成果は見ないとダメ。
何が良くて、何がダメか見極めないと。」
「・・・・うん。僕も…みきわめう・・」
温かい空気に満ちた空間。
その傍らで渦巻くねっとりとした感情はいつの世も一緒だった。




