歳の甲は知識の蓄積
窓を風が叩く音は睡魔を払う。
虚ろな眼差しは、まな板を叩く音を探す。
ベーゼンは導かれる様に椅子にドカッと座る。
眠気眼を擦りながら欠伸を一つ。
しかし、昨日と違う気配が隣にはあった。
「んんっ、ベーゼンか。おはよう・・・・ふぁ~・・」
「うん・・・・・あっ、おはようございます。ツォーネさん」
ベーゼンの隣の席にある気配は昨日帰宅した家主のモノ。
似たような風体でシンクロする二人。
ベーゼンの思う事は、キッチンで作業している人間は誰なのか。
首を傾げ顎を擦るベーゼンに、察したツォーネは答えを告げる。
「トゥーンだよ。
去年の夏くらいだったかな・・・朝食をねだる事が無くなったのよ。
何ていえばいいのかしら、嬉しいような悲しいような・・・うん」
ツォーネはキッチンのある辺りに視線を向けるている。
その姿は、少年の成長を喜ぶ表情だけではない。
苦笑いしか返せないベーゼンは我が身をツォーネに重ねる。
思い返せば領主の娘とは言え、この旅で料理をすることは増えた。
しかし毎日ではない。週の1/3程度を作っている。
残りは、兄アイネス、そして家主の息子トゥーン。
言うまでも無く、それらの作業全てにヨハンが主とし参加しているのだが。
ここで問題は、内1/3の作業を6歳の少年が行っていた事。
ベーゼンは、ハッと隣の哀愁漂る女性に視線を向ける。
一瞬の間の後、視線に気づいたツォーネからは苦笑いが返った。
「ハハハッ、そんなもんさね。
いいんだよ、出来る者がする。したい者がする。
何でも一人で出来るのは大したものだよ。
でもね。時には頼ってやらないと " 居場所 " をなくしちまう。
あの子はね、アタシが居ても孤児には変わりないんだ。
大切なモノを失うってのはさ、どこまで行っても心の傷は無くならないよ・・・
大人だってそんなもんさ。アイツはまだ子供なんだ・・・
気が付いた時には、アイツがふらっとどっか行っちまいそうでね。
だから、あの子の前では完璧である必要は無いんじゃないかってね。
少しくらい隙がある " おばあ " でいた方が良いんじゃないかってさ」
ツォーネの視線は、既にキッチンに戻っている。
ベーゼンは話を聞く中で、表情から苦笑いは消え優しいモノへ変わっていた。
食事を終え机を囲む6人は、昨日の話を再開。
ベーゼンは問題を提示し会議を進めた。
「まずは、魔封石の特性が問題よね。
近くで魔法が使えないのもそうだけど、硬すぎなのよ」
「そうだね。借りたつるはしが折れちゃったのはびっくりしたよ。
あれで総ミスリル製だから大概だ。
ウェリントン商会の持っている魔封石の欠片が、つるはしだったらな・・・」
アイネスは、苦虫でも噛んだ様に表情を歪める。
同じような表情で、ため息を吐くベーゼンだが空気はそこまで重くない。
「お兄様のおしゃる通りで硬すぎるのよね。
でも、欠片はあるのよ。だからそれを使うのがいいと思うの」
ベーゼンは、アイネスからトゥーンへと視線を流す。
真剣な表情でベーゼンを見つめていた少年だが、視線が交わると俯く。
その表情は、ベーゼンには見えないが耳は少し赤い。
それでも、少年は声を出す。
「姉ちゃん・・・僕の作ったのじゃ、そこまで強く打ち出せないよ。
そもそも魔力流さなきゃ動かないし・・・」
「そうなのよね・・・何か無いかしら、距離を稼げる何か・・・」
腕を組み顎に手を当てるベーゼン。
アイネスも同じ所作だが視線はパトリックに向かった。
「パトリックさん、あの地域でも魔導具は動いていましたよね。
僕にはいまいちわからないですが、何か特殊な魔導具なんですか?」
視線の先には、ロッキングチェアで揺られる老人の背。
老人の表情は判らないが、睡魔との戦闘は伺えない。
返る言葉は、アイネスにそして彼を越えツォーネに向かう。
「そうじゃの、確かに使えたのぉ・・・なんじゃったかな・・・
魔力その物を遮断する鉱物があったの・・
アレがクルシュノの土には多く含まれとると町長が言っておったな。
なんじゃたかのぉ・・・ツォーネは知らんかのぉ?」
「・・・そうね、あの辺の土地だと、ヴォルフラムが多く含まれていたわね。
それなら、魔導具は影響を受けないわね」
ベーゼンはツォーネの言葉に反応する。表情は明るくなる訳ではない。
それは、問題とはまた別の所に不安が生まれたからだ。
「ツォーネさん、ヴォルフラムって体には良くないですよね?
クルシュノの人たちは大丈夫なのですか?」
ベーゼンの知るヴォルフラムとはタングステンの事だ。
以前の記憶において、世話になった金属だが体には良くない。
それを知らずに生活しているのではと心配しているのだ。
しかし、ツォーネの表情は変らない。
「あぁ、クルシュノの連中は承知しているさ。
だからだろうな、年寄りは少なかっただろ?
彼らは、生きる為に命を天秤にかけてるんだろうさ。
だが分かってやっているのなら、それもいいんじゃないかな」
場の空気は重い。
しかし、彼女の言っている事もまた事実。
否定する者はここには居ない。だた肯定する者もいない。
場には、暖炉で爆ぜる炎とロッキングチェアーの軋む音。
流れる空気をベーゼンやアイネスは取り払えない。
しかし、歳を重ねた強さはそれを打ち破る。
「フォッフォッフォッ・・・まあ、生きるとは単純な様でそうじゃないのじゃよ。
富を求めて全てを失う。ほれ、力を求めた賢者の話といっしょじゃな。
人にはそれぞれの生き方があるんじゃ、決まった正解なんぞありゃせんわい。
本人が死ぬ直前に満足出来りゃあ、それでよかろ?
じゃが、人の社会で生きるには金が必要じゃ。富を求めずともな。
他人の事を想う気持ちはお主の良い所じゃよ。フォッフォッフォッ。
では、話を進めようかの?
ヴォルなんじゃったかの?・・・ソレが在るが故に魔導具は使えるんじゃたの。
でじゃ、ソレをうまい事使えぬかの?」
パトリックは導く様に間を残し告げ、ツォーネに視線を向ける。
パトリックの視線の先では、昨日の様な表所とは真逆のツォーネが居た。
「耄碌はしていても、さすがは先生ね。
だけど、ヴォルフラムは重いわよ。だから、風に舞う事が無いんだけど・・・
服にしたって、魔力の発現時に魔封石の影響は受けるからダメ・・・
そういえば・・・ちょうどいいモノをがあったわ。
ちょっと納屋に行って来るわね」
ツォーネは席を立ちその場を後にする。
残された5人は尚も悩み続ける他なかった。




