思わぬ感情の渦
降り注ぐ様な星々の光に照らされた静かな町。
家々の煙突からは優しい煙がたなびく。
夕食の準備も終わり静かな町には各々の家から団欒が漏れる。
それは、トゥーンの家でも同じことだ。
料理を運ぶ彼は、テーブルに食事を並べていく。
当然のように手伝うヨハンのお陰か作業自体は早い。
準備が終わり、夕餉を囲むベーゼン達。
ベーゼンの隣にいつも通り座るトゥーンだが少し距離がある。
会話も少しだけよそよそしい。
対面の席で口元を歪めるのは、珍しくヨハンだ。
妙な空気に、アイネスの表情は怪訝さが浮かぶ。
しかし彼もそこそこの年齢。
自らの経験や他者と過ごし時間がその答えを導き出す。
しかし、彼の問いかける先はどうだろうか。
「ベーゼン、昼間に何かあったのかい?」
「ん? 何もありませんよ、お兄様。
あっ、そうね・・・トゥーンが面白い道具を探してきたの。
しかもね、トゥーンが作ったのよ!」
" へー " とベーゼンの答えに対し片眉を上げるアイネス。
予想とは違う内容だが、ベーゼンの興奮する姿に興味は惹かれる。
その光景に、眉を顰めるヨハンだがその表情は刹那。
ややポンコツではあるが、伊達に間諜でメイドではない。
会話はヨハンの想い描く物にはならず、アイネスらしい安定したものだ。
「そうなんだね、トゥーンがねぇ。それはすごね。
それで、どんな道具なんだい?」
「それがね、────── 」
少年の昼下がりの淡い想いなど、向けられた本人は語ることなく話は続く。
想う相手に褒められる少年は、耳まで真っ赤にし俯き縮こまる。
それを見つめる3人は各々違う想いを描く。
アイネスは、口元を緩め優しく見つめる。
そこには、父に褒められている時の自分の姿を重ねたからだろう。
同僚騎士達の輪の中で、身内に褒められる事など体がむずがゆくなる。
そこに来てヨハンは相変わらずブレない。
言うまでも無く、悪戯に歪む表情の奥に覗くべきではない深淵があった。
残る老人などは、喜ぶ孫を笑顔で思うのみ。
暖かい空気の夕餉だが、トゥーンは少し居心地が悪い。
その場から飛び出したい思いは、聞こえるはずのない音でそれを叶えた。
玄関扉のノブはガシャガシャと鳴り扉が開く。
しかし、何本かの内錠鎖がそれを拒んだ。
次の瞬間、少し低い女性の声。
「トゥーン、帰ったわよ。開けてちょうだい」
「・・・おばぁ! お帰り、今開けるよ!」
席を立ち扉へ走る少年の表情は明るい。
先程まで縮こまっていたとは思えない程だ。
内錠鎖が解かれ扉は開く。
そこには、日焼けした肌を隠す様に革鎧を着こんだ30代の女性。
月光で照らされた黄白金の髪は、肩を越え背中まで届くほど。
毛先へ向かってウェーブが強く、風にたなびく姿は美しい。
吸い込まれる様な深い青色の瞳はそれを際立てた。
少年は "おばぁ" と呼ぶが、ベーゼンを含めた3人には憚られる。
しかし、気兼ねない老人は強い。
「相も変わらずじゃのぉ、ツォーネ。
余りにも変わらんことは、逆に気持ちの悪いもんじゃぞ?」
「ハハハハッ、いきなりだねぇ、ジジィは。
久しぶりの再会で出る言葉がそれかい。
だから、独り身なんだよアンタは。
それに比べて、同じ男でもトゥーンは可愛いねぇ~、よしよし」
飼い主に飛び付く小猫や子犬の様な表情を浮かべるトゥーン。
それに笑みを浮かべ、少年の頭を撫でる女性。
彼女は、視線の先の老人をののしる。
だが、その姿を止める者はいない。
彼女の表情には、怒りも悲しみも無いからだ。
彼女は、いつもの事の様にコートを脱ぎコート掛けへ。
ツォーネの視線は老人から全体へ流れる。
「そっちの3人は何だい? ジジイの弟子だけじゃないわね。
ちょっと待ってな、着替えて来るよ。
トゥーン、コイツを納屋に運んどくれ。少し重いけど大丈夫だね?」
「うん、任せてよ!」
少年は荷物を背をうと納屋へと消えて行った。
その姿は、いつもより明るい。
とはいえ、いつも暗いわけではない。
心のどこかの枷が外れたのだろう。ベーゼン達には年相応に見えた。
少し経つと、着替えを終えたツォーネが二階から降りて来る。
気取った服ではないが、年相応で落ち着きのある服。
パトリックから聞かされていた彼女像とは少し違う。
ツォーネは、畏まることなく一行の輪に入る。
「お待たせしたね、お客人。
私はツォーネ、しがない魔導具研究家だよって知ってるかね・・・ハハハッ」
「ご丁寧にありがとうございます。
勝手に上がらせてもらっています。
私は、ベーゼン・ヴァンファブリック ────────── 」
一行は。ツォーネに自己紹介し目的を告げる。
それを聞くツォーネは、頬杖をつき真剣に聞き入った。
話の途中でトゥーンも戻り会話に加わる。
その姿にツォーネも満足げな表情だ。
ベーゼンの話が終わりパトリックから補足。
説明が終わるとツォーネはトゥーンに声を掛ける。
「大体わかったよ。まぁ、明日かね。
考えるにも、こうお腹が鳴っちゃあ、いい答えが浮かばないわ。
トゥーン、アタシにも食事をくれるかい?」
「うん、大盛だね!」
満面の笑みで席を立つ少年はキッチンに駆ける。
少年を見送った女性は、3人に頭を下げた。
「ジジィはともかく、アタシが留守で、すまなかったね。
トゥーンは、あれで人見知りなんだ。
他人が居て、あんな楽しそうな姿は初めてだよ。
ベーゼンと言ったね、面倒見てくれてありがと。
アンタが、二人目の教師で良かったよ」
ベーゼンは、彼女の姿勢に清々しい敗北感を味わった。
数年と数週の時間の違いではない。
心からの慈愛は、無意識に滲み出るのだろう。
帰宅直後の彼女とトゥーンのやり取りでも判る。
ベーゼンは、少年に懐かれていた事に対し嬉しさや喜びを感じていた。
それは、少年がヨハンに向けるソレよりも大きく、少しだけ特別なモノに思えた。
しかし、ツォーネに向けられたそれは大きく違う。
求めた感情では無いモノだが、ああも違うと少し寂しさがある。
和やかに進むトゥーンとツォーネの会話。
それを聞くベーゼン達一行の表情も穏やかだった。




