僕の冬休み
納屋からガタガタと物音は続き、半時も経つと静けさを取り戻した。
すると少年の弾んだ声がベーゼンを探す。
「ベーゼン姉ちゃん! 見つけたよ! ほら、前に作った魔導具。
姉ちゃんの魔法みたいに、石を打ち出せるんだ」
蜘蛛の巣まみれの少年はベーゼンに笑顔を向ける。
彼の視線の先には、苦笑いのベーゼン。
彼女の視線は、少年からその手にある魔導具へ。
既視感のある筒状のそれは、過去の記憶にある旧時代の兵器に酷似する。
ベーゼンは無意識に眉を顰め目を細めた。
しかし、少年の笑みと姿に再び笑みが浮かぶ。
「も~、何やってんのよ。蜘蛛の巣だからけじゃん。
ほらぁ~ここにもついてる・・・ここもぉ~。 服だって埃だらけだよ」
「でもさぁ、ベーゼン姉ちゃんに ──── 」
ベーゼンは少年の言葉に被らせ有無を言わせない。
言い訳では無いと言いたげな表情の少年もまた眉を顰め口はへの字。
「でもじゃないでしょ。 埃は体に良く無いんだよ。ほら、外で払うよ。
ヨハン、手伝ってもらえる?」
「はい・・いえ、私が変わります」
「大丈夫よ。こういうのは色んな人に迷惑が掛かるって判らせないとダメなの。
・・・って、確かお母様がよく(私に)言ってたわよね」
「はい、よく仰っておりますね・・・では、私はお嬢様の手伝いを。
それでは濡れた布をご用意いたしますので、先に埃を払ってやってください」
「ありがと、ヨハン。 ほら行くよ、トゥーン」
ベーゼンに手を引かれ、庭の井戸へと向かうトゥーン。
俯く少年に、ベーゼンは優しく声を掛ける。
「トゥーン、汚れてるから叱ってるんじゃないよ。
君が病気になったら悲しいから叱ってるんだよ。
辛い思いして寝てるの嫌でしょ・・・ねっ」
「・・・嫌だけどさぁ・・・・・
うん、ごめんなさい。 次は掃除してから探すよ」
少年は手を引くベーゼンの顔色を窺う。
トゥーンの視線の先には、眉を顰めた表情を緩めたベーゼンの横顔。
そこに在るのは、話を共有できる " 博識者 " 達とは違う。
叱られたことは、血縁以外から日常的にあった。
しかし、どれも彼らの自己保身。
理由など聞かずに " 危ない " だとか " 迷惑 " と言うだけ。
そして続く言葉は決まっている。
『はぁ・・・・・ツォーネ様に叱ってもらいますからね』
ため息から始まる言葉は、彼を見ていない。
繰り返される彼らのそれは、少年に " 屁理屈 " を覚えさせた。
それは、周りからは彼の性格だからだと思われたがそうではない。
その為か、どこか擦れた部分さえも時折顔を覗かせた。
しかし目の前の女性は違う。
面と向かって想ってくれた他人など初めてだ。
トゥーンは瞳に映る年上の女性に憧れ以上の何かを感じ始めていた。
井戸に着くと、小さなやさしいため息と笑みを向ける年上の女性。
少年は、俯き視線を合わせられない。
「・・もう、こんな汚れちゃって・・・ほら、そっち向いて。
ここもだよ・・・・もぉ、どこに潜ってたのよ、まったく」
彼女の優しい声が、少年の心に遺憾の念と喜びの様な感情を生む。
くるくると回されながら汚れを払われる少年は静かだ。
ベーゼンは違和感を感じつつもトゥーンを綺麗にしていく。
暫くするとヨハンが合流し、濡れた布で彼の顔と服を拭う。
しかし、思いのほか汚れが取れない。
腕を組み顎に手を当てるベーゼンはハッと思いつく。
「服脱いじゃいなさいよ。
ここ物陰だし、どうせ誰もこないんだから大丈夫よ」
「えっ・・・・嫌だよ・・・」
俯き背を向ける少年。
しかし、 " 作業 " に没頭するベーゼンは止まらない。
布をヨハンに渡し、トゥーンの服に手を伸ばす。
「ダメよ、まだ汚れてるんだから。
ほら、両手を挙げなさい・・・・もぉ、嫌じゃない」
「やめてよ・・恥ずかしいよ・・・」
互いの感情は綺麗にすれ違う。
一方は ” 作業 ” 、そしてもう一方は " 淡い恋心 " 。
「何が恥ずかしいよ・・・こんなに汚れてる方が恥ずかしいじゃない。
ほら、手が邪魔よ・・・・・・はい、よくできました」
少年には抗う気持ちはあるものの、羞恥心とは違う恥ずかしさがそれを妨げた。
ベーゼンの腕に触れた瞬間、熱くなる顔。触れた指は瞬時に彼女を避ける。
二人女性に人形の様に洗われる少年。
彼の感情など気に掛けないベーゼンに従者は笑みを溢す。
「ベーゼン様、上は綺麗になりましたね。
では足なども汚れているので・・・ついでに洗ってしまいましょうか」
「そうね、どうせなら全部やった方が気分がいいわ。
ほら、トゥーン、脱いじゃいなさい」
「えぇ・・・・ダメだよ・・・・ダメだって・・・・・ぅぅ・・」
「唸ってダメよ。 あっち向いて。
もぉー、ここだって汚れてるじゃん。
掃除するときは丈の長いズボン掃きなさいね」
あきらめにも似た少年の唸りは呻きに変わる。
二人の女性に洗われる少年は布切れ一枚。
昼下がりとはいえ冬の寒空、少年の体は冷く冷える。
濡れた体は、反動で赤くなり熱を持つ。
一通り作業を終えたベーゼンは、大きい乾いた布で少年を抱きしめる様に包む。
「フフッ、綺麗になったね。
ほら温めなきゃ、風邪ひいちゃうよ」
静かに呻く少年の顔は肌と同じように赤く熱い。
ベーゼンはハッとし、水仕事で体温を奪われた手を彼の額へ。
当てた手の甲に自らの額を重ね確かめる。
「んん~・・・ちょっと熱っぽいけど・・・・大丈夫だよね。
やり過ぎちゃったかな。ごめんね、トゥーン」
二人の視線は一瞬合うが、長くは交わらない。
限りなく近い彼女の顔。そして感じる吐息。
少年は、彼女の腕を逃れ背を向け俯く。
「ううん・・・大丈夫だよ、お姉ちゃん。綺麗に洗ってくれてありがと・・・
ヨハンお姉ちゃんも、ありがと。
今日は僕が料理当番だから、ぃ行くね」
服をそそくさと着て駆け出す少年。
その背を見送る二人の表情は同じように明るい。
しかし、その表情の裏ではまったく別の感情が沸き起こっていた。
満足げなベーゼンを見つめるヨハン。
「お嬢様、やり過ぎですよ」
「そうかしら・・・やっぱり綺麗になった方が良いじゃん」
「・・・・そうですね。ハァ・・・」
「そうよ。トゥーンだって元気に家に戻ったわ。
んん~、良い事したら気分はいいわね」
「いい事・・・・フフッ、仰る通りです、お嬢様」
赤く沈みゆく太陽を眺め、伸びするベーゼン。
それを見つめるヨハンは彼女とは別の思いを向けていた。




