知識を生む者
暖炉を囲う様に椅子をならべ掛ける4人。
老人は過去を想い、少年へ両親の話をしている。
キッチンからは、リズムよく食材を刻む音がかすかに届く。
少し経ち、半円を描く様に座る4人の会話は過去から現在へ。
話題は人から物へ、少年が手渡したあの魔道具だ。
トゥーンは、暖炉の揺れる炎を見つめる老師に問いかけていた。
「──────って感じなんだよ、へへッ。
それでさ、パトリックさんがあの時使った魔術だけど、
お姉ちゃんに聞いたら複合じゃないって言うじゃん。
なら、どうやってるのかなって思ってさ。
僕には " おばあ " みたいな才能は無いけど、刻印は得意なんだ。
だから僕にもできないかなって・・・パトリックさん、どうかなぁ?」
ウトウトと船を漕ぎ出そうとする老師。
さすがに、老骨には早朝登山は酷だったのだろう。
苦笑いのベーゼンは、ロッキングチェアに掛ける老船頭に強い波を与える。
皆無でしかない後ろ髪を引かれつつもハッと目を覚ます老人。
一瞬小さく辺りを探るも、何食わぬ顔でベーゼンに耳打ちをする。
「のぉベーゼンや、何の話じゃったかの・・・
歳をとると物忘れがひどぉての」
ベーゼンは、変らぬ表情で老師に耳打ちを返す。
「しょうがないなぁ、魔導具の話よ。
トゥーン君が、二重詠唱の刻印を教えてって」
「ほぉ、それなら儂よかお主の方が適任ではなかろうかのぉ・・・
のぉベーゼンや、この旅はお主の成長の旅じゃろ?
どうかのぉ、時間もまだあるんじゃ。ツォーネを待つついでに教えてみんか?」
ベーゼンにそう告げると、老師はトゥーンへ視線を向け提案。
トゥーンは、二人の様子を窺っていたが、その声は小さく聞き取れたのは部分的。
その為、老師の提案は急に思え、疑念の表情を浮かべ聞き入るしかない。
「のぉトゥーンや、儂よりベーゼンの方が適任じゃ。
この娘はお主の祖母より1属性多く扱える。
その上、お主の欲しい知識、複合詠唱もできるぞい。
そこまで言えば誰に聞けばよいか判るの。
ジジイになると物忘れがひどくての、話も適当になってしまうやも知れん。
儂が言うのもヘンじゃが、ベーゼンは優秀じゃぞ。
のぅベーゼン、フォッフォッフォッ」
老師から老人へと表情を変えたパトリック。
トゥーンは状況を朧げだが察し、ベーゼンに向き返る。
椅子から降り彼女に頭を下げた。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。
僕、お姉ちゃんが凄い魔術師とは思ってなかったんだ。
だから・・・ごめんなさい!」
ズボンを握りしめ深々と頭を下げる少年。
そこには居るのは、年相応の普通の子供。
ベーゼンは、笑みを浮かべ彼の前で屈む。
少年の頭を撫で、彼の感情を優しく受け止めた。
「フフッ、気にしてないよ。
じゃあ、私がトゥーン君の先生でいいのかな?」
「・・ありがと、お姉ちゃん!
あっ、じゃなくてベーゼン先生!」
和む二人を優しく見つめる2つの視線。
それそれに彼女の成長を喜ぶ姿だ。
始まる二人の会話は、アイネスにはわからない事が多い。
ベーゼンは、羊皮紙を取り出しトゥーンの話を纏める。
それは、少年の会話とは思えない程容易い作業だった。
目的は、 風属性によるが風圧遮断 と 魔力の外的吸収 の刻印。
問題は、魔力吸引はアンシュタインの禁書のアレと同格。
余りにも複雑で改良しがたい事だ。そこでベーゼンは思う。
「トゥーン君、この構築はツォーネ様が?」
「うん、おばあだよ。
僕は、それを刻印にしたんだ。
それで、風魔法に繋げたんだけど・・・効率がすごく悪くて。
この吸収量なら、熱を持たせることも出来るはずだよね。
だから、式に連続性が必要だと思って・・・
ほら、ここの構築・・・魔力の流れが鈍いでしょ?」
「どれどれ・・・う~ん、ここはこっちの方がいいわね。
でも凄いわ、この構築はトゥーン君が一人で?」
「うん! おばあから色々習ったからね。
それでも、お姉ちゃん・・あっ、先生の式の考え方凄い!
この考え方でも、精霊が分ってくれるんだ・・・僕も次はこっちでやる!
それじゃあ、こっちはどうすると良いの?」
「そうね・・・・こんな感じはどうかな,。そしたら ────────── 」
生徒と教師の会話の続く中、キッチンからはポタージュの優しい香りが漂う。
食事を淡々と運ぶヨハンを視線の端に捕らえたトゥーンは教師に問う。
「先生、僕もヨハンお姉ちゃん手伝って来るね。
話の続きは、ご飯の後にしてもいいかな?」
「うん、いいよ。ご飯食べてからにしようね」
ベーゼンの言葉に笑顔を返し勢いよく飛び出すトゥーン。
彼女の見送る表情には、聖女の様に慈愛に満ちた笑みがあった。
食事の準備が整い席につく5人。
短時間とは言え師弟関係があった為か、トゥーンはベーゼンに懐いている。
彼女の隣で食事する姿は、やはり少年でしかない。
何を急いでいるのか判らないが、小動物の様にせわしない。
しかし、そこには家庭の躾も垣間見えた。
世話しないが丁寧で、同席する者に不快を与えない様振る舞っている。
ベーゼンはその姿に過去の伴侶を思い出す。
気が付くとベーゼンの手は、トゥーンの頭を撫でていた。
少年の視線は何処か鋭い。
「んんっ、やめてよ。ベーゼンお姉ちゃん。
僕はもう6歳だよ。子供じゃないんだ・・・・
はずかしいじゃないか・・もう」
言葉と通りに嫌な顔をしているが、少し頬を染め口元は緩い。
その姿を見るベーゼンには、もう聖女は宿ってはいなかった。
しかし悪魔は半身を潜め、小悪魔程度の収まっている。
時折、少年をいじる小悪魔。
いつしか、トゥーンのベーゼンを呼ぶ名は変化し、
" お姉ちゃん " から " 姉ちゃん " へと変わっていた。
3日も経つと、関係は次第に師弟から姉弟の様なモノへと変わる。
雑になる部分もあるが、トゥーンの人間性も見えた。
小さいながら物事を考え進める姿はベーゼンのそれと同じ。
魔術を超常現象や祈りとして考えず、言語として捉える姿勢に共感もした。
そうした中で、ベーゼン達の本来の目的も話題に上がる。
そんな会話の中で、少年はその才の片鱗を見せた。
「ベーゼン姉ちゃん。庭でやってた複合詠唱のヤツさぁ・・刻印に出来ないかな。
魔導具にして、現象の結果だけを魔封石の近くで起こせは良いんじゃないかな?
現象さえ発生すれば、飛ばした物は飛ぶ力を失わないよね。
ん~ん、納屋かな・・・おばあに取り上げられたヤツ、ちょっと探してくる」
半時ほど経ち、納屋から戻った少年は蜘蛛の巣まみれ。
しかし、その表情からは満面の笑み。
それの姿を見つめるベーゼンの表情は次第に笑みが消える。
彼の手にしている物は造形こそ雑だが、まぎれもなく鉄砲だった。




