小さな天才の大きな背中
標高が高くなるにつれ強まる風は行く手拒む程。
前傾姿勢になりながらも進むベーゼン達だが、それ以外に苦難は無い。
ただ轟々と耳をつんざく暴風にもう一つの脅威は感じられないのだ。
ベーゼンは前を歩く少年に弾んだ大声を投げる。
「トゥーン君! これ凄いね!全然寒くない!それに魔力の心配もないよ!」
「でしょ~! まだ書き込まなきゃ出来ないけどね!」
二人の叫ぶ様な会話がひと段落する頃に、町を一望できる墓地へ辿り着いた。
たいして離れていない場所だが、標高差のある迂回する山道。
そして押し返す様に吹き付ける風がそれを錯覚させる。
そこに本来は温度も影響し行程を困難にしているはずだ。
しかしトゥーンの魔導具により、大きく緩和された温度感は心にゆとりを与えた。
辿り着いた墓地は、道中に比べ幾分マシだが風は吹く。
とは言え、墓地のまわりに植えられた低樹木のお陰だろうか多少は和らげている。
トゥーンは屈み、墓標の前に地面に固定されたケースに花を修める。
弱まっていても風は少年の髪で遊ぶ。
たなびく髪から覗かせる悲しみに満ちた横顔。
彼は、静かに目を瞑り手を合わせ小さく呟く。
先ほどまでベーゼンと会話を弾ませていた少年とは思えない程落ち着いている。
ベーゼンは、その憂いあるちぐはぐな存在に目を奪われた。
少し経つと、少年はゆっくりと目を開け、いつもの元気な表情を向ける。
「ハハッ、久しぶりだから長くなっちゃった。
お姉ちゃん達も、父さんと母さんに手を合わせて行ってよ。
おばあが、こじん?と残った人の交流は、みんなが幸せになれるって」
「そうだね。私達もトゥーン君のお父さんたちに手を合わせさせてもらうね」
はにかむ少年の横で、彼の家族の墓標へ跪くベーゼン。
目を瞑り彼の様に手を合わせる。
遠い昔の薄らいだ記憶と共に浮かぶ感情は、少年のそれに重なる。
その頃の自分程は涙もろい訳ではない。
しかし、彼女の頬に一筋の涙は流れた。
遠い過去ではそんなことは無かったはずだ。
しかし、この体になって感じる事が増えた " 共感 " と言える感情の影響だろう。
ベーゼンには、少年の心境に心引かれていた。
置かれた状況に違いはあれど、沸き起こる孤独感。
そのベーゼンの表情は、少年に感謝と疑問を与えた。
また、トゥーンと同じように彼女に魅せられる兄の姿もある。
しかし、その感情を隠す様に山岳の風は強さを増した。
ベーゼンは目を開け、少しふらつきながらもゆっくりと立ち上がる。
視線は、墓標からその家族へと移る。
「ありがとね、トゥーン君。
トゥーン君のお父さんたちも、きっと見守ってくれてるよね」
「うん! ありがと、お姉ちゃん! 父さんと母さんも喜んでると思うよ」
二人が会話する中、次々に跪き祈る。
最後に、パトリックが跪き手を合わせ目を閉じる。
老師は静かに息を吸い呟く。
「二人共、遅くなってしもうたのぉ。
あれから随分経つが、お前たちの息子も元気の様で何よりじゃ。
願わくば、今を生きるお主らの家族を見守ってやっておくれ。
毎年は来てやれんでな、儂なりの手向けじゃ」
老師の魔力は高まり辺りを包む。
続いて静かにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「精霊達よ我の力を糧に、その力の一端で手助を。
我が言葉に耳を傾け共に歩まん。
精霊達よ、花々の満ちる世界をこの地に求む・・・・
・・・・ふぅ、久々じゃとしんどいのぉ」
墓標を中心に広がっていく高山帯特有の花々。
現状に目を奪われる一行。
その中心には、いつもの様に笑う老人の姿。
「フォッフォッフォッ、自生の植物じゃろう。
手を掛ける必要はあるまい。季節が廻れば、また咲くじゃろうよ。
じゃが、すまんのトゥーンや・・・この歳じゃ何度も来れんからの」
「ありがと、お爺ちゃん。きっとお父さんたちも喜んでると思うよ」
墓参りを終え下山する一行。
時折、滑る不安定な足元は登り以上に厄介な相手。
ふとした瞬間、それはベーゼンを襲う。
「きゃぁ!」
「ベーゼン!!」
「お嬢様!!」
前方から聞こえる彼女を案じた兄の叫び。
しかし、距離と地形は彼の手を阻む。
足を取られ滑るベーゼンだが、その手は握られた。
ベーゼンの視線の先には駆け寄る兄の姿。
しかし、ベーゼンは助かっている。
彼女は、自らを掴み支える元へと視線を向けた。
「・・・お姉ちゃん・・大丈夫?
・・・んんっ・・登れそう?
へへっ・・・もう腕がもちそうにないよ・・・」
そこに後方から駆け付けたヨハンが加わり、ベーゼンの腕を掴み引き上げた。
少年は地面にドカッと腰を落とす。
ハァハァと肩で息をし、苦笑いをベーゼンへ向けた。
「ハァ、ハァ・・・お姉ちゃん、危なかったね・・・ハァ。
ヨハンお姉ちゃんも・・ハァ、ハァ・・ありがと。
へへッ、僕だけじゃダメだったね」
「いえ、こちらこそ、お嬢様をありがとうございます」
「ありがと、トゥーン君」
駆けつける兄と老師は安堵の表情。
兄アイネスは少年の視線に合わせ屈み礼と一つ頼み事をした。
「トゥーン、大切な妹を助けてくれてありがとう。
よかったら、町までベーゼンを支えてやってくれないかい?
僕が出来たら良かったんだけど、パトリックさんも看ないとね。どうかな?」
「うん! ベーゼンお姉ちゃんのことは任せてよ!」
「よし、トゥーン。約束だ。
ヨハンもよろしくね」
「はい、アイネス様」
小さな手は、大きいがか細い手をしっかり握る。
小さな手に引かれゆっくりと着実に下るベーゼン。
その小さな手は温かく何処か自信に満ちている様に感じられた。
暫く進むと、標高も町と変わらない程まで下がり風も落ち着く。
少年の視線の先では、アイネスに支えられながら進む老人。
その姿は登る時と変わらず、ただ腰の悪い老人でしかない。
しかし、彼の中でその存在は " おばあ " と同等へと変化している。
トゥーンは、手を握るベーゼンに視線を向けた。
「ねぇ、お姉ちゃん。パトリックお爺ちゃんってすごい人なんだよね?
お墓で見せてくれたアレって複合詠唱?」
同じ様に視線を向けていたベーゼンは、それをトゥーンへ。
残る手を顎に沿え首をかしげ悩む。
パトリックの詠唱は一見すると複合詠唱だ。
しかし、本人も言っている通り彼にはその才は無い。
悩むベーゼンの手を、チョンチョンと引くトゥーン。
我に返るベーゼンは、トゥーンに笑顔を返し口を開いた。
「どうだろね。でもパトリックさんは凄いと思うよ。
気になる事でもあるのかな?
パトリックさんは、あんなだけど優秀な先生だと思うよ。
あれで、君のお婆さんの仕事仲間だったしね」
「うん、そう・・だよね。
でも、あの詠唱はちがうんだ・・・ちょっとがっかり。
もしね・・・複合詠唱だったら、聞きたいことがあったんだ・・・
おばあが返ってくる前に出来たら、自慢できたのにな」
少年らしい表情だが、どこか違和感のある不思議な会話。
マフラーを見つめガッカリする少年。
それを見つめるベーゼンは笑みを返す。
「フフッ、そうだね。パトリックさんはちょっとがっかりな人だね。
悩みがあるなら、お姉ちゃんが聞こうか?
こう見えても、魔法には詳しいんだよ」
少年は向けられた笑みに口元を緩めたが表情は暗い。
ベーゼンに返される言葉は、社交辞令にも似ていた。
腑に落ちないベーゼンは、強く握られた手に連れられ彼の家へと戻ってく。
今だに東の空にある太陽は、優しい眼差しで一行を見つめていた。




