魔導技師の家
天空の町の朝は早い。
窓ガラスを風が叩く音と、奇声にも似た巨鳥の地鳴きに少年は目を覚ます。
布団を整え服を着替える姿は、どこか大人びて年相応に映らない。
しかし、欠伸しながらボサボサな髪を適当に掻く仕草は、年相応に愛おしい。
少し癖の強い髪は、雑な手櫛で直るほど甘くは無い。
しかし、気にしなければどうということは無い。
周りからはそれが彼のスタイルなのだと思われる程に定着もしている。
一見ズボラに映るが、かと言って他の部分も含め不潔さは感じれない。
服装を整え、顔を洗い終えた少年はキッチンで朝食を作る。
ゆっくりだが危なげない調理音がひと段落すると少年は別の部屋へ。
棚に飾られた位牌の前に、水とちょっとした乾物を供え目を瞑る。
「父さん、母さん、おばあが早く戻ってきますように・・・」
呟きは誰に聞こえる訳でもない。しかし想いは届くと信じている。
少年は目を開け口元を緩める。
「よーし、今日も留守番頑張るぞ~!」
ここ1カ月程変わらない少年の一日が始まる。
いつも通りの家事、そしていつも通りの時間が始まるはずだった。
トントンと玄関の叩き金が、少年の集中を乱す。
だが、いつもより優しく丁寧だ。
「あれ? 町長さんにしては・・・アレだけ言ったからかな?」
彼の呟きは、保護者が原因だろう。
少年の脳裏には、自らの呟きで " おばあ " の顔がハッキリと浮かぶ。
『いいかい、急な来客は時間の無駄さ。
どうせ碌な事を持ち込まない。居留守で十分さね。
アタシが居ても開ける必要はないよ。
必要なら名乗るか手紙くらい出すさ‥‥わかったかいトゥーン』
ため息と笑みが入り混じる少年は耳を立てる。
もう一度だ。トントンと叩き金の音。そして女性の丁寧な挨拶。
「何方かいらっしゃいませんか?
私はヴィアファブリック家のメイドでヨハンと申します」
トゥーンは、疑念を確信に変え、椅子から飛び降り玄関へ。
扉越しには、先ほどの女性以外の声もある。
少年は声を上げならが扉に急ぐ。
「はーい、ちょっとまってくださ~い!」
扉の内側では何かを置く音。そしてゆっくり開くのぞき窓。
ベーゼン達は笑みを漏らす。
外側からでも判る頑張って背伸びしている少年の顔。
しかし、彼女達の心情は伝わらない。
少年は、留守ではない事に安堵した表情だと受けっとった。
「ヴィアファブリック家の使用人さんが、どおいったごようけんですか?
おば・・・ツォーネおばあ様はいないよ」
少し間を置き返る声は、しゃがれた老人の声。
町長より優しそうな声だが、どこか息苦しそう。
「ツォーネは、まだ帰りそうにないかのぉ?
わしゃ・・パトリックちゅうツォーネの友達じゃ。
エルザとノイマンの事は残念じゃったの・・・
良かったら墓参りをさせてはくれないかのぉ?」
「パトリックさん・・・?
父さんと母さんの事、知ってるんだね。
ちょっと待ってて鍵開けるよ」
ガチャガチャと開場する音は一つではない。
何度かガチャッと音がするとゆっくりと扉が少し開く。
扉には鎖がまだ繋がり全開には程遠いが相手が少年だと判る。
少年は椅子の上から降り、一行に視線を向けた。
老人は優しい笑みを浮かべ、少年と視線の高さを合わせる。
「うっ・・腰にもくるわい・・・
フォッフォッフォッ、二人に似て利発そうな顔じゃの。
わしゃ、パトリック・ノーマン。
昔、お主の両親エルザとノイマンと仕事をしていたんじゃよ。
もちろん・・ツォーネともな。旧知の仲ちゅうやつかの」
「悪い人・・じゃないよね。
ご用は、父さんと母さんのお墓参りでいいのかな?」
パトリックは、視線をベーゼン達に向け頷く。
それに返される視線もまた同じ。
パトリックは表情を変えずにトゥーンへと言葉を返す。
「そうじゃな・・・・して、急な話じゃが、どうかのぅ?」
「いいよ、僕も準備するから・・・外は寒いから中で待ってて」
トゥーンは頷き言葉を返すと鎖を解き、静かに扉を開く。
中からは、温かい空気と魔導具を整備する為のオイル特有の僅かな匂い。
一行は礼を言い中へ。
トゥーンは、テーブルに着くよう促すと、キッチンの奥へ消えた。
少し経つと、お盆の上に人数分のカップを乗せ、よたよたと歩く姿が映る。
ベーゼンとヨハンはそっと少年に駆け寄った。
「トゥーンくん、無理したら危ないよ。あっ、私はベーゼン。よろしくね」
「そうですよ、少年。お嬢様これは私が運びます」
ヨハンは、少年の手からお盆を受け取りテーブルへ。
僅かに顔を赤らめる少年は、照れ隠しに頭をかきながら言葉を返す。
「へへっ、ヨハンお姉ちゃん、ベーゼンお姉ちゃん、ありがと!
じゃあ、僕はお墓参りの準備するから待っててね」
トゥーンはそう言い残すと、物置へと駆けて行った。
一行は、用意されたお茶を啜りながら部屋を見渡す。
そこには、よくある風景は無い。
妖艶に輝く魔鉱石が要所を彩る機材。
知識のない者でも触る事を躊躇う作業台や道具。
パトリックの元同僚の研究所兼自宅であることを見ただけで理解できる。
しかし、パトリックとベーゼンには腑に落ちないことがあった。
「ねぇ、パトリックさん・・・これって誰が整備してるのかな?
オイルの匂いも一月経ったって感じしないよね?」
「そうじゃな・・・・この町に弟子でもおるのかの?」
「それなら、パトリックさんに依頼なんて必要ないんじゃないかな?」
「それもそうじゃの・・・フォッフォッフォッ」
二人の会話が終わる頃を見計らった様に、準備を終えトゥーンが戻る。
笑みを一向に向け声を掛ける少年の姿は防寒具でモコモコだ。
「少し登るけど大丈夫かな?
良かったらこれ使って・・・たぶん大丈夫なはずだよ」
一向に配られたマフラーは少し魔力を帯びている。
ベーゼン達は疑問も持たず、説明されるまま首に巻く。
(うん、確かに暖かいわ。だけど・・・)
ベーゼンは、先日兄に渡された手袋と見比べる。
確かに少しだけ暖かいが、それは素材の温もり。
何方が暖を取るのに適しているかと言えば、手袋に軍配が上がるだろう。
しかし、違和感がすごい。
首に巻くマフラーの端をまじまじと見るベーゼンにトゥーンは笑顔を向けた。
「大丈夫だって、たぶん。
家の中じゃ判らないけど、外に出れば納得するよ。
たぶん、お兄ちゃんやメイドのお姉ちゃんもで大丈夫だと思うよ」
「???・・・そうなんだね。
トゥーンくん、これって一応魔導具なんだよね?」
トゥーンは胸を反り頷く。
それは家族の作だからだろう、幼年特有の自慢げな表情だ。
しかし、返るのはそれでは無かった。
「ようやく外から集める事が出来たんだよ!
でも秘密だよ。おばあがうるさいからさ。」
「えつ・・・?」
一瞬の間は、ベーゼンに更なる疑問を与える。
そして、少年に対する知見を大きく変える事になった。




