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思考は感情に流されて

宿の食堂は一部だけ無駄に活気に満ちている。

中心にいるのはベーゼンだ。

坑道の一件の後、目を覚ましたのはつい先ほど。

片手には黒く硬いライ麦パン。

もう片方の手で木製のスプーンを使い、よく煮込まれた野菜スープを口へ。

湯気の立つスープは、コンソメの風味で柔らかい味だが、

その中に少し塩辛さがあり、味を引き締め奥行を出している。

元気を取り戻したベーゼンを、アイネスは優しい笑顔で眺め、どこか満足そうだ。

片やベーゼンは口の中のパンを飲み込み、坑道での状況を整理する。

考えを纏めるにはいささか場違いだ。

しかし、彼女は昔から食事中に考えを纏める癖がある。

何処を見ているのか判らない視線は、焦点が合っている様で合っていない。

表情も真剣な様で何処か抜けている。

そんな姿をアイネスは思いのほか愛しく思っていた。

しかしベーゼンの母は、幼少時こそ兄の想いと変わらなかったが、

歳も二桁を越えた辺りから少しずつ口うるさくなっていった。

ベーゼンはその事を思い出し、思考の海から顔を出す。

フキンで口を拭い視線を流すと、うんうんと頷く兄。

そして、気にもかけず茶を啜るパトリック。

ベーゼンはほっと胸を撫で降ろし、老師に視線を送くり口を開いた。



「パトリックさん、魔封鉱床ってあれほどなんですね。

 少し甘く考えていましたわ」


「儂も耄碌しておったよ・・・フォッフォッフォッ。

 しかし、どうしたもんかのう。

 想定では、あれで現象を発現させられると踏んだのじゃがの・・・

 あの規模の魔封石があっては、発動すらダメじゃったか」



コップを置き腕を組み悩むパトリック。

一方では、またスープを啜り、呆けた様な表情で悩むベーゼン。

アイネスはというと、変化に富むベーゼンの表情を楽しんでいる。

しかし、兄も何も考えていない訳ではない。

優しく息を吐く様に笑い、二人に疑問を投げかける。



「町中では魔導具が動いているみたいだけど、

 どこまで鉱床に近づけば動かなくなるんだろうね?」



アイネスの言葉にハッとした表情で笑いだす老人。

そして、思考の海から上がって来た妹も同様だ。



「お兄様、それよ! 基本的な事を忘れていたのよね・・・

 魔封鉱床の採掘・・・どう割るかだけを考えてしまっていたわ・・・

 そうよ、効果範囲を考えていなかったのよ」


「フフッ、いつものベーゼンらしくないね。

 で、どうなのかな? 魔封鉱床の見える範囲で魔法が使えればいいんだろうけど、

 魔封鉱床の見えない鉱山入り口とかだったらお手上げだよね」



アイネスの表情は言葉を重ねる毎に暗くなる。

兄の言葉にベーゼンの表情も苦虫を噛み潰した様に渋い。

だが、パトリックは違った。

二人が其々腕を組み悩む姿は、やはり兄妹。

狙っているかのように一致する動きに老人は微笑む。



「フォッフォッ、よき兄妹じゃの。悩むことは良い事じゃ。

 しかし、依頼じゃから猶予が無い事が悔やまれるのぉ・・・

 のぉベーゼンや、手段はあるかも知れんぞ」

 


パトリックは、含みを持った笑みを浮かべる。

その表情は、可能性はあるが確定はしていない時のそれ。

しかし、ベーゼンは知っている。その時の老師には焦らしすらあるのだ。

ベーゼンは腕を解きため息をつく。



「ハァ・・・パトリックさん。何かあるんでしょ、その表情。

 碌な事じゃないと思うんだけど・・・・そうね、ツォーネさん絡みかしら」



眉を顰め目を細めるベーゼン。

目の前の老師は、相変わらずの表情のままだがどこか違和感がある。



「そうじゃな、奴なら考えがあるかのぉ。

 しかし、家には居らんらしいからな・・・

 まぁ、ここに居ても始まらんし、行ってみるかの・・・

 のぅベーゼンや、儂はここに居ても良いかの?」


「えっ、パトリックさんは行かないの?

 久しぶりの再会でしょ? 会えばいいじゃん、居たらだけど」


「そうだよ。実際、僕とベーゼンだけで行くより・・・

(いや、二人でもいいか・・・・いや、そうじゃないぞアイネス)

 パトリックさんがいた方が話は早いんじゃないかな?」



概ね同じ意見の兄妹だが、兄には一瞬の迷いの様な間が。

とはいえ、ベーゼンは魔封鉱問題とライ麦パンの硬さで気にならなかった。

そこにパトリックは、少しだけ嫌そうな表情を浮かべ言葉を返す。



「うむ、アイネスの言葉は正しいのぉ・・・

 じゃがの、若人たち・・・

 人という者は、嫌な事や身に危険を感じた事を覚えているのじゃよ。

 良い事や嬉しい事など・・・時間が経てば忘れてしまう。

 長く生きるというのは ──── 」



パトリックの語りは、それなりに続いた。

いつものアレかとベーゼンは感じ取り、意識を食事に向ける。

一方アイネスは真面目だ。真剣に老人の昔話を聞く。

老人は満足そうに話を続ける。

それして、どこで入ったか判らない巧妙な話のリピート。

その事に気が付きアイネスは思う。


(えっ・・・このくだりってさっき話した内容じゃないか・・・)


アイネスは視線をベーゼンへ向ける。そこには助け船の要求があった。

しかし返るのは、横に振るわれる悲しそうな表情を浮かべた妹の顔。

全てを察した表情のアイネスは苦笑い。

視線の先では、過去の思い出に浸る老人。

どこか活き活きとしている事に苦笑い以外はやはりない。

しかし、始まった悪夢にアイネスは楔をうつ。



「パトリックさん、話は概ね分かりました。

 ツォーネさんは優秀な方で、研究の良きライバルなのも。

 でもどこか苦手そうですね・・・それで、同行はしてくれるんすか?」



パトリックは、若者の言葉で過去から現実に引き戻される。

目を大きく見開きハッと驚いている様だが、次第に苦いものに変わった。



「ダメかのぉ・・・行かなきゃ・・・

 じゃからの ─────── 」



壊れたラジオの様に話を繰り返そうとする老人。

そこに返るのは、食事を終たベーゼンの声。

兄アイネスは、ようやくの助け舟にホッと胸を撫で降ろす。



「パトリックさん、行きますわよ、チェーゼに。

 お兄様、旅の準備をしましょ」



ベーゼンの言葉に笑みを返すアイネス。

席を立つ二人を見送る老人は、何処か残念そうな表情だった。





町中を歩く兄妹は少し浮いている。

活気のない商店街は、一部を除きその扉を閉めていた。

ベーゼンの表情は渋い。

本来であれば、産出された鉱物を加工した製品で溢れていただろう。

開いているのは、雑貨店や食材を売る店だ。

アイネスの少し前を歩くベーゼンは、視線だけ彼に向け話す。



「お兄様、何が必要かしら・・・

 町二つ分、町長さんは馬車で3日と言っていたわよね。

 三人で30食分の食料があればいいのかな?」



兄アイネスは一瞬考えるが、相変わらず優しい笑みを返す。



「ベーゼンは、よく覚えていたね。

 3日なら・・・うん、そうだね、30もあれば足りると思うよ。

 モーガンさんの店もあるはずだから探してみようか」



アイネスは、空いている店をベーゼンの歩みに従いまわる。

幼少期は目的地を目指し進む子供だったが、歳を重ねる毎に母に似てきていた。

目に入った店を覗き、興味があれば入る。

商品を眺め、他愛も無い会話。よくあることだ。

そしてベーゼンのそれは、アイネスにとって心地よい。



「お兄様、この棒は何ですの? ん~使い道がわかりませんわ。

 あっ、こうすると背中がかけますわね・・・う~ん違うのかしら」

 フフッ、でもかわいらしいですわね。」


「ハハッ、ベーゼンのそういう考え方好きだよ。

 どれどれ・・・確かに丁度いいね。

 ん~、先が丸くなっているからか・・・ただ撫でている感じ。

 猫の手みたいだ。フフッ、何に使うのかわからないね」



町民には、二人の周りが明るく華やかに映る。

それは服装だけではなく、二人のの放つ空気感も含めてだ。

それ故、重い空気でため息をつく店主もその空気で癒される。

ふて寝していた商人魂は、閉じられた殻から顔を出す。

それは、二人の空気感を多少保ちつつもお節介だが丁寧なもの。

カウンターの横に置かれた装飾品を眺めている二人へ呼び込みを始めた。



「お嬢さん、どうだい?着けてみるかい?

 ほら、お兄さんもぼーっとしなさんな。

 こういうモンは、男がつけてあげるのがいいんだよ。

 さぁ、どうぞ・・・ほら、待っているじゃないか。ねぇお嬢さん」



女性の店主は、アイネスにペンダントを手渡す。

いつの間にか空気に入り込んだ女店主は少し強引。

たじたじのアイネスだが、そこは慣れていた。



「ハハッ、強引だねお姉さん。じゃあ、少し試させてもらうよ。

 おいで、ベーゼン。試着してみようよ。この色好きだよね」



ベーゼンの脚は意志とは関係なく興味本位でアイネスに歩み寄る。

正面で待つアイネスは笑みを返し腕を伸ばす。

ベーゼンの返答有無を待つことなく、伸びた腕はベーゼンの首を優しく包む。

うなじ付近で優しく静かに動く指先は、金属の留め具を器用に合わせる。

ペンダントトップの位置を調整し、アイネスは優しく笑顔を向けた。



「フフッ、似合っているよベーゼン」


「もう、勝手なんだから・・・でも素敵」



その光景に女店主は、満足そうに頷き勝機を見い出す。

活気が無かったのが嘘のように始まる説明。



「いいじゃないか、素敵だよ。

 その宝石はね、ゲニウス奇石に分類される宝石だ。

 詳しい事は知らないけど、魔鉱石にも似た性質もあったかしら。

 名前を・・・・そう、ハティファスと言ったかね。

 独特な輝きは、ルーンストーンよりも深みがあるだろ。

 小さいのは時々見つかるんだけど・・・まぁ希少だね。

 どうだい、お兄さん。お嬢さんも気に入ったみたいだし・・・ね」



アイネスの表情には悩みがある。

しかし組まれた腕は容易に解かれ、その一つは懐に。

その姿に笑みを溢す女店主。

一方ベーゼンは、ペンダントトップに輝く奇石を笑顔で眺める。

女店主はその笑みを見逃さない。



「お嬢さん、ハティファスはね愛を司る石なんて言われてるんだ。

 慈愛、友愛、恋愛、まぁ愛って付くやつに効果が有るってんだから素敵だろ」


「愛・・・か。ん~・・・兄妹愛ね。

 フフッ、お姉さん見当はずれよ。ねぇお兄様」



アイネスは笑みを浮かべ、女店主に支払いを済ませる。

そしてベーゼンに視線を向けた。



「フフッ、カワイイベーゼンだからね。いつまでも慕われていたいものだよ。

 面白い話、ありがと、お姉さん。

 じゃあ、買い物の続きをしようかベーゼン」



アイネスは、ベーゼンの頭をポンポンと優しく叩く。

その行為にベーゼンの顔は少し赤らむ。

幼少期は煩わしく思ったその行動も、今ではどこか嬉しく思えた。


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