甘い見積もりは誤算を招く
車窓の風景は、初めての町や村、そして領地からは見えない世界へと変わる。
ガタゴトと馬車の車輪から伝わる反動は大きくベーゼン達の表情は重い。
出発から10日程経ちの目的の鉱山町に到着すると、
皆の表情は憑き物が取れた様に晴れやかに変わった。
馬車を下りベーゼンは腕を上げ背を伸ばす。
「ん~ようやく着いたわ。思っていたより暖かいわね。
フフッ、なんだか太陽が近く感じるからかしら」
ベーゼンは厚手のコートを脱ぎ、街並みに視線を向ける。
そこは圧迫するように山々がそびえ立ち、鉱山町ならではの光景。
しかし、壮大さからくる感情よりもベーゼンには疑問が浮かぶ。
その口からは無意識に言葉が出る程。
「でもなんだろ・・・
鉄もミスリルもまだ採れるって聞いてたけど活気がないわね」
町には大きな煙突がいくつかあるが、煙を上げている数は少ない。
その上、鉱石の精錬や加工を行う音は、その数に従い寂しく思える程だ。
一行は、予定通り町長の家へと向かって進む。
目に映る街並みは、活気とは程遠く悲壮感が漂う。
何件かの鉱夫向けの宿は休業の看板を上げ、
また幾つかの酒場では、昼間だというのに安酒で管を巻く者達の姿。
さらには、到着した町長宅がそれを強める。
以前の栄光からだろうか領主の館の様に立派だった。
一行は気を取り直し町長の家へと入る。
中には既にモーガンの姿があり、数名と共にベーゼン達を迎えた。
「お待ちしておりましたぞ、ベーゼン様。
こちらは、この領地の領主マイセン伯爵と町長。
マイセン伯爵、こちらは ──────── 」
モーガンは、よくある両者の紹介を行う。
手慣れている為か、さすがは豪商というべき話術で、
町の重い空気は、この空間では概ね和らいでいる。
しかし、進む話の中で状況の深刻さをベーゼンは初めて感じた。
正面お席で話をする町長は、表情こそ接客向けだが不安は隠しきれていない。
共に同席する伯爵は、町長の話に終始ため息。
しかし、町長を叱責することは無く、他領への協力依頼に自責すら感じさせる程。
そんな中、パトリックは口を開いた。
「マイセン郷、状況は大体掴めたのじゃが、ツォーナはどうしておるんじゃ?
アヤツなら、どうにかなりそうなもんじゃがのう。
ほれ、ここからじゃと2つ隣の町・・チェーゼじゃたかな?」
「ツォーナですか? ・・・・おぉ、チェーゼのツォーネ殿か。
それが、留守の様で孫しかおりませんでした」
「そうじゃ、ツォーネじゃわい。年は取りたくないモノじゃな。
まぁ、名前の事はすまなんだが・・・ふむ、孫かのぉ・・・
それでワシなんじゃな・・・・フム、それならばわかった。
わかりはしたが、孫が居るなら何故それに相談せん?」
パトリックの言葉に、マイセンはため息をつく。
町長と視線を交わすが、そこには苦悩以外には何もない。
町長は伯爵の意に応え、ため息と共に状況を思い出す。
「ハァ・・・確かに、かのツォーネ殿の孫。しかし、まだ若すぎる。
あれでよく留守番をさせていると思えたほどだ・・・
パトリック殿は、ツォーネ殿の孫にはお会いに?」
パトリックは、髭を撫でながら悩む。
疎遠の知人家族の事など大して興味がない。
それが孫となれば他人でしかなかった。
「いや・・・幾年か前に文を貰った程度じゃ。
娘夫婦が事故に遭ったから引き取ったとかじゃったかな。
うろ覚えじゃが、利発な子だと書いてあったと記憶しているんじゃが・・・」
パトリックの横でアイネスとベーゼンはため息。
日頃の慣れからだろうかベーゼンは、苦笑交じりにパトリックへ視線を送る。
「パトリックさん、きっとまだ小さい子なんじゃないかな?
それじゃあ、いくらツォーネ様が優秀でもダメなんじゃない?
そうですよね、マイセン様」
ベーゼンに返るのはマイセンの苦笑。
パトリックは、納得するように頷くしかなかった。
パトリックの疑問は一旦区切りを迎え、話は本題へ。
一刻ほど過ぎると話は纏まり、正式なベーゼンへの依頼に決まる。
ベーゼン達は、伯爵と町長に残し、現場へと向かうことに。
途中、モーガンは ” 荷物の整理はお任せを ” と列を離れる。
3人となった一行だが、それも予定通り。
問題の鉱山へと近づくにつれ、その異常さにベーゼンとパトリックは驚いた。
「パトリックさん、これダメじゃない?
魔力が発散されてるのかな・・・なんか力が抜ける感じだよ」
「さすがに、他領の隠居に頭を下げるだけの事じゃな・・・
こりゃ、大事じゃなベーゼン、フォッフォッフォッ」
どこか楽し気なパトリックに視線を送るベーゼンはため息を返すのみ。
気を取り直しつつ、3人は坑道へと入る。
先頭はアイネスが受け持ち奥へと進む。
鉄鉱石の坑道を抜け、ミスリス鉱石の坑道へ。
更に魔封石の影響は大きくなり、ベーゼン達の倦怠感は増す。
多少なりとも魔力のあるアイネスですら場の異常さに気付く程だ。
アイネスは、坑道の先に何も気配がない事を確認し、後方に気を配る。
「ベーゼン、大丈夫か・・・僕でも嫌な感じだ。
この先の横穴が目的地だよ。もう少しだけど、どうする?」
「お兄様大丈夫です・・・キツイですけどコレもお仕事。
せめて、現場を見るまではしませんと・・・何も対策できませんわ」
魔力切れ特有の倦怠感に、肩で息をするベーゼン。
その後方では、老師が杖に全身を預けている。
しかし、二人の瞳には光があった。
アイネスは、二人の意を確認し頷き返す。
そして辿り着いた魔封石の大鉱床に3人は息を飲む。
地面、壁と言わず天井も含め、全てを淡い青く輝く鉱石が埋め尽くす。
所々に巨大な鉱石柱もあり、魔封効果はモーガンに借りた石とは比較にならない。
それでもとベーゼンは二人に声を掛ける。
「お兄様・・・・ハァ・・下がってください。ここからは私の領分です。
パトリックさん、魔鉱石をお願いします」
「うむ、これじゃな。
ベーゼン、気持ちが悪いと思ったら・・・ハァ・・・即中止じゃぞ。
この依頼がダメになっても・・・・・お主を責める者などおらんからな。
いつもの勉強だと思ってやればええ・・・・
くれぐれも・・・ハァ・・無理はするでないぞ」
二人は、息も絶え絶えに準備を進める。
手法は、魔力を魔鉱石から吸収しつつ、複合魔法でミスリル鉱石を打ち出す。
その威力をもって魔封石を破壊し、採取するといったものだ。
準備を終え、魔力を高めるベーゼン。
片手には魔鉱石に蓄積された魔力を効率よく吸収する為の魔導具。
残る手を魔封石の大結晶に向ける。
「お兄様、お願い!」
頷くアイネスは、親指程のミスリル鉱石をベーゼンの手元へフワッと投げる。
次の瞬間、ベーゼンの魔力は最大になるも魔力だけが消失。
地面には、ミスリス鉱石が転がる。
ベーゼンの目の前は傾き、地面は近づく。
(えっ・・・何これ)
やけにゆっくり動く光景は、少しづつ闇に包まれていく。
耳に入るのは、兄アイネスとパトリックのかすかな声。
全身から力が抜けく崩れ落ちるベーゼンの元へアイネスは走る。
滑り込む様にベーゼンを受け止めるアイネス。
ベーゼンを包み込む様に抱きしめ、アイネスは声を掛けた。
「ふぅ・・・危なかった。
ベーゼン、意識はあるかい」
「…お兄様・・・・・ダメ・・でしたわ・・・・・」
声を残したベーゼンの体から力は抜ける。
もう一度意識を確認する様に、アイネスはベーゼンの肩を揺する。
「ベーゼン? ・・・ベーゼン!? しっかりしろベーゼン!」
坑道からは現れた2つの影に、駆け寄るモーガンは気が気ではない。
1人は息も絶え絶えに2人分の荷物を抱える老人。
そしてもう1人は、その腕にベーゼンを抱えたアイネス。
呆然と立ち尽くすモーガンにアイネスは苦笑い。
「ベーゼンは大丈夫だよ。 今は寝ているだけだ」
翌日、宿の食堂はいつぶりかわらない程にある意味活気に満ちていた。




